08話.[結構あれだった]
付き合い始めてから既に一ヶ月が経過した。
もう少しで今年も終わるというところまできている。
満里といるのもそうだけど、健太と過ごす毎日も続いていた。
「未羽はクリスマス、どうするの?」
「多分、満里と過ごすんじゃないかな」
「それなら片方だけでもいいかな……?」
「うん、大丈夫だよ」
隆介君は実家に行くみたいだからひとりになるし。
本番は満里と過ごすとして、イブだったら余裕がある。
お菓子とか軽い感じで揃えればそれなりに楽しい時間を過ごせることだろう。
「あ、このことは僕から堤さんに言っておくから大丈夫だよ」
「ん? 別に悪いことじゃないんだから大丈夫だよ」
こっちからだってちゃんと言うし。
最近はぶつけてくることはなくなってきているから満里もすぐに受け入れてくれるはず。
「嫌よ、クリスマスイブに誘うとかどうかしているんじゃないの?」
のはずだったんだけど、結果はこれだった。
「す、少しぐらいは……」
「もしそれなら私も一緒に過ごすわ」
「あ、それでいいからさ、僕も未羽と過ごしたいんだよ」
健太もまた不思議な人だと思う。
なんで私相手にそこまで行動できるのかという話だ。
……もしかしたら好きだった、とかあるのかな?
「あんたって本当に怪しいわよね、ひょっとして未羽が好きだったとか?」
「それはもう意味がない話だよ、未羽は堤さんの彼女さんなんだし」
「そ、まあそれが分かっているならそれでいいわ」
そうか、いまさら持ち出しても意味のない話か。
仮に告白されていたとしても変わっていなかっただろうし。
それに気持ちがあったのだとしたらそういう問いは苦しませることになる。
ない方がいいに決まっているけど、一応気をつけなければならないことだった。
「堤さんは僕に厳しいけど未羽はとにかく優しいからね」
「余計なお世話、それに未羽を守ろうとするのも当然でしょうが」
「未羽に対して変なことをしようとしたことはないよ」
そう、寧ろそれどころか助けてもらってばかりだった。
だから前回のあれで少しだけでも力になれたのは嬉しく感じる。
……まあ、無理やり留まったようなものなんだけど。
「ん? ということは他の女子に対してはしたことがあんの?」
「変なことというか、過剰に踏み込んで嫌われたことはあるよ」
「へえ、あんたが?」
確かにそう聞きたくなる気持ちも分かる。
基本的に相手に合わせますよ~系の人だから余計にそう思う。
「うん、だからそれからどうしたらいいのかがよく分かっていなくてね」
「いや、あんた未羽に対してぐいぐい行きすぎだから」
「そ、そうかな?」
「うわあ、自覚なしで異性に踏み込みまくるとかやばいやつじゃない」
「み、未羽……」
涙目になっているところが最高に可愛かった。
なんかぞくぞくしている自分もいるからもしかしたらSな面もあるのかもしれない。
それでもここで揶揄するような嫌な人間ではないから満里を止めておく。
「本当の友達はやっぱり未羽だけだよ……」
「よかったわ、勝手に私のことを友達認定していなくて」
「できないよ、堤さんは僕には冷たいからね」
決して満里の性格が悪いとかそういうことではない。
彼女はただただ私のことを考えて行動してくれているだけだ。
そのせいで健太からは微妙な評価になってしまっている状態で。
「満里は私を守ろうと厳しくなっているだけで健太を敵視しているわけではないだろうから許してあげてね」
「……未羽がそう言うなら」
「うん、ありがとう」
少しだけ調子に乗っているところがあるから気をつけないと。
これだけ味方をしてくれるということは、こちらに不満を見つけて離れる準備をしてからはその反動が一気にやってくるということだ。
まだ私といるところ以外を見たことはないけど本当に友達がいないとは思えないからね。
一対一ならなんとかなっても対複数になると絶対に勝てなくなる。
中学時代のようになんだかんだで通えて卒業~みたいな風にはいかなくなるかもしれないからよく考えて行動しなければならない。
「というか、なんでこんな話になったんだっけ?」
「はあ? それはあんたがこそこそとイブに一緒に過ごそうと誘ったからじゃない」
「あ、そこからか、それで堤さんが僕を否定してきたんだよね」
「普通よ普通、だって未羽に対してだけおかしすぎるし」
それでも健太も私のことを考えて行動してくれたことばかりだから責められるようなことではないだろう。
意味のない話だけど仮に好きだったとしたら近づきたいと考えるのはおかしくないし、単純に人として好きであっても一緒にいたいと思うのはおかしくない。
というか、もしそれを否定されてしまったらみんな自由ではなくなってしまうから。
「私は嬉しいよ? これまで悪く言うために近づかれることはあっても、興味を抱かれて近づかれることはなかったから」
「は? あんた嫌われてたの?」
「うん、能力が足りてなかったからさ」
運動面では期待できないから勉強面では頑張っていた。
だからこそこの高校に通えているわけだし、こうして満里と健太のふたりと出会えたわけだ。
隆介君だって在学中のいまはいてくれているわけだから本当に心強い状態で。
「中学時代の私を見ていたら満里はイライラするかもね」
「初めてあんたに話しかけたときみたいの感じ?」
「ううん、もっとうじうじしてたっていうか……」
ほとんど下を向いて過ごしていたと言ってもいい。
反応速度とかも悪かったから不満が爆発してしまうのも無理はない気がする。
それでもやっぱり堪えたから思っていても聞こえるところでは言わないでほしかった。
「それだったら確かにぶっ飛ばしていたかもしれないわ」
「そうしたら完全に引きこもっていたかもしれないね」
ただ、意地を張って絶対に休んでやらないからなっ、って状態で通えていたから案外強いのかもしれなかった。
まあ、途中から隆介君がこっちに越してきて精神的支えができたのが大きいだろうけど。
「堤さんは未羽に甘々だから無理だよ、厳しく言いつつもサポートも絶対にするよ」
「当然でしょうが、悪く言われて当たり前なんて考えの方がおかしいのよ」
「あれ? じゃあ僕は……」
「あんたは例外、だってすぐに手を出しそうな雰囲気があるしね」
「えぇ……」
そのちょっと素直じゃないところも健太とお似合いだと思ったんだけどな。
所詮私が考えた通りにはならないということか。
それに健太に取られてしまっていたら満里と仲良くできていなかったわけだから……いまとなってはこれでよかったとしか言いようがないんだよね。
「安心して、満里はツンデレなだけだから」
「あんたに対してはね」
「私に対してはデレデレでしょ?」
あ、……ちょっと上手いことを言い過ぎてしまった。
その結果、満里と健太が固まるということになってしまったし不味いなこれは。
「あんた覚えておきなさいよ」
「うん、また後でね」
「って、普通に流すんじゃないわよ」
「いやほら、もう授業が始まるから」
「……ま、後でまた来るわ」
寧ろ来てくれないと困る。
付き合い始めた以上、一緒にいられない時間は不安になるし。
前もそうだけど私達といないときはひとりとか信じていないから。
校内ではそうでも私と違って中学時代のお友達とかがいるだろうから会っていそうだった。
駄目だ、また不安ばかりの生活が戻ってきそうだ。
だからそれに染まってしまう前にその都度満里にはそれをリセットしてほしかった。
「焼き肉でも食べに行くか」
「おお、珍しいね」
なんでも「冷蔵庫に食材があるんだからそれでなにか作ればいい」派の人だったから本当に意外な発言だった。
隆介君は意見を変えることをせず「なんか沢山肉を食べたい気分になってな」と言う。
スーパーで買って家で~という提案をしてみたものの、プレートがないということでお店に行くことになった。
「そういえばお母さんのお兄ちゃんと行動しているわけだけど、これって大丈夫なのかな?」
「ああ、俺が教師だからってことか? まあ、問題ないだろ」
「変な噂が出ると困るのは隆介君だからなあ……」
「ご飯ぐらい一緒に自由に食べさせてくれってそのときは言うよ」
教師じゃなかったら普通の兄妹ぐらいに見えると思うんだけどなあ。
まあ全ての人が教師だと知っているわけではないからそこまで不安視する必要はない……か?
「よし、今日はどんどん食べてくれよ?」
「うん」
「気にしなくていいからな」
お店に入店。
少しだけ入り口のところで待つことになったけど予約せずにすぐに席に着くことができた。
こちらに聞きつつも、隆介君自らが考えて注文してくれるから普通に助かる。
焼いてくれるのも隆介君だからちょっと問題かもしれないけど……。
「あ、最近堤や原田とはどうだ?」
「普通に仲良くできてるよ?」
「そうか、いい相手を見つけられてよかったな」
「うん、ひとりぼっちにならなくて済んでいるのもふたりのおかげだからね」
実は付き合っていることは言っていなかった。
否定されるとは思っていないけど、言わなくてもいいかなって考えている自分がいる。
あーでも、隠しておく必要もないか。
だって私からすれば恥ずかしいことではないんだから。
「実はね」
「あ、肉が焼けたぞ」
「ありがとう。それでなんだけど」
「おう」
私にとっては普通のことだから真っ直ぐに吐いた。
彼は掴んでいた生肉をテーブルに落として慌てて掴み直していた。
「……それは本当なのか?」
「うん、満里と付き合ってるよ」
「そ、そうなんだな」
ああ、お肉がかなり美味しい。
タレが美味しいのも影響している。
彼はぎこちない動きながらもまた焼き始めてくれたからよかった。
私の気持ちはともかくとして、確かに同性と付き合い始めたら保護者的立場にいる人からしたら驚くところではあるのかもしれない。
「やたら距離が近かったのはそういうことだったのか」
「変わったのは最近だけどね」
もう目の前にクリスマスイブとクリスマスがある。
彼はそれを利用して一旦実家に帰るらしいから本当にあのふたりがいてくれてよかった。
もうひとりぼっちのクリスマスは嫌なのだ。
「……娘みたいな未羽に負けるとはな」
「私もこうなるとは思っていなかったよ? 友達としてはいてくれると思っていたけど」
「……少し真剣に探してみるかなあ」
そうした方がいい。
私はともかく彼なら動かなければ損だ。
教師というお仕事が既にもう格好いいし、私からすれば彼は単純に見た目もいい。
小言を言われる機会が増える可能性はあるものの、それも全てこちらを考えて言ってくれているんだから、ありがたいことだから悪くしか言ってこない人よりも遥かにいい。
ただまあ、やっぱり身内贔屓的なところもあるから難しいかなと。
彼が求める理想の存在も確実に影響してくるし、すぐに変わるようなことにはならないんじゃないかって考えていた。
「食べ過ぎた……」
「お疲れさま、焼いてくれてありがとね」
「これぐらいはな、寧ろここで未羽に焼かせていたら嫌な奴だろ」
出ていていいということだったから外に出た。
冷気によって火照った体が丁度いい感じに戻してくれた。
「そこのお嬢さん」
「ひっ、あ!」
「ふふふ、珍しいじゃない」
……声をかけつついきなり体に触れてくるのはやめてほしかった。
もし私がなにかを習っていたらいまので満里をひっくり返していたところだ。
「ああ、お兄ちゃんと来ていたのね」
「うん、隆介君が食べたくなったみたいでね」
いやでもひとりでなにをしていたんだろう?
ただ、彼女のご両親がいなくてよかったと心の底からそう思った。
だって隆介君はあくまで
在学中の私と一緒にいるのを快く思わないかもしれないから。
「未羽――あ、堤もいたのか」
「はい、ちょっと散歩をしていまして」
「危ないだろ、もう帰った方がいい」
完全に同意見だ。
何故こんな遅い時間にお散歩なんてしてしまうのか。
彼女の場合だと変な人が現れても自分ならなんとかなるとか思っていそうだなあ……。
「はい、未羽は私のなので持ち帰りますね」
「いやいや、家に帰った方がいいって言ってるんだぞ?」
彼女は私のことになると少しだけ暴走してしまうのが常だ。
そのせいで愛想を尽かされたときのことを考えて不安になる。
いや、もちろんこれは間違いなく幸せなことだと言える。
この前ふたりに言ったように悪く言われることはあってもよく思われることはなかったから。
で、それが影響していてついつい悪く考えてしまうという状態だった。
「私が満里のものなんじゃなくて満里が私のものなんだよ?」
「お、おう……、なんかいきなり大胆にきたわね」
「離れられたくないからだよ、去られたくないから私は満里ともっと一緒にいるの」
それでもさすがに家に連れて行くことは頻度的にできなかった。
ふらふらしないようにちゃんとお家まで送り届けてから自宅に戻る。
「……臭いが強いときに一緒にいるのも恥ずかしいし……」
と、お風呂に入る前にひとり言い訳をしたのだった。
「何点だった?」
「平均八十六点かな」
「へえ、やるじゃない」
九十点を超えると思っていたから少し不満だった。
付き合えたのは嬉しいけど会う度に甘々な雰囲気になるせいで少しだけ甘く見ていたのかもしれない。
期末考査だからこその難しさだと言われたらそれまでなのかもしれないけど……。
「それなら八十六分未羽にくっつくわ」
「はは、それはまた大変な行為だね」
健太もそう時間が経たない内にやってきてくれて結果を教えてくれた。
くっ、九十三点とか私にとっての理想だったのに悔しいな。
満里に甘えてばかりだったのもよくなかった……。
まあでもいいか、無事に終わったことだし今度は真っ直ぐに甘えよう。
「ははは、ふたりはいつもくっついてるね」
「あんたも混ざりたい? ま、絶対にさせないけど」
「僕は未羽と話せればそれでいいかな、堤さんに触れたりしたらそれこそ殺されそうだし」
「賢明な判断ね、あんたは話す程度に留めておけばいいのよ」
お昼に終わったからゆっくり帰ることにした。
夕方頃と違って暖かいから内までぽかぽかしてよかった。
大切なふたりが近くにいてくれているからというのもある。
しかもそのうえで満里は私の大切な恋人ということでもあるし。
「ふたりとも」
「うん?」「なによ?」
「ありがとね、ふたりのおかげで楽しく通えているからさ」
ふたりが話しかけてくれるまでは隆介君だけが味方だったから結構あれだった。
教室では輪に加われなくて寂しかった。
だけどいまなら違う。
「いちいちそんなこと言わなくていいのよ」
「そうだよ、こっちからしたら未羽にありがとうって言わなければならないんだから」
「ふふ、そっかっ」
「そうよ」
「うん、そうだよ」
なんかテンションが上ったからふたりの手を握って歩き始めた。
ふたりは困惑していたものの、それすらも楽しく感じたのだった。
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