07話.[いっぱいいたい]

「あのー……」

「なに?」


 今日は朝から満里が昔の私みたいになっていた。

 休み時間になる度に引っ付いてくる。

 嫌ではないけど……、これなら怒られた方が不安にならなくてよかった。


「あんたは裏切り者だからね、こうでもしていないと勝手にいなくなるじゃない」

「もう新井先生とは仲直りしたから大丈夫……ぅう!?」

「やっぱり隠していたのね、ぶっ飛ばすって言ったわよね?」


 熱烈すぎるのもそれはそれで問題だ。

 それにここは思い切り教室だし、やるのなら廊下にしてほしい。

 私自身はよくても周りの子からすれば微妙かもしれないから。


「未羽、今日は堤さんと仲良くいられているんだね」

「うーん、仲良くいられてるかな?」

「そんなにくっついているんだからそうなんじゃない?」


 ……原田君は少しだけタイミングが悪い。

 恐る恐る確認してみると彼女は怖い顔で「なんでこいつが名前で呼んでんの?」とやっぱり聞いてきた。

 それは簡単に想像できることだったから驚きはしないものの、また逃げたい気持ちが強く出てくる。


「原田、答えなさいよ」

「この前未羽に頼んだんだ、そうしたらいいってことだったから呼ばせてもらっている形になるかな」

「未羽、あんたこいつのこと名前で呼んでんの?」

「ううん、まだ原田君呼びかな」


 同性の満里ならともかくとして、こちらもそれなら健太って呼ばせてもらうね! なんてできない。

 実は隆介君相手でもかなりの時間を要したからねえ……。


「別に呼べばいいんじゃない?」

「え、珍しいね?」

「別に、あんたさえいれば問題ないし」


 原田君は酷いことを言ってきたりしないし普通に信用している。

 それでもそれとこれとは別問題といいますか……。


「できれば呼んでくれた方が嬉しいかな、いまのままだと僕が無理やり未羽って呼んでいるみたいだから」

「そ、そっか、じゃあ……」


 君付けをするかどうかで真剣に悩んだ。

 が、多分いらないと言われるだけだから勢いで健太と呼んでみたら優しい笑みを浮かべてくれて嬉しかった。

 そのかわりに引っ付いてきている子のオーラが益々強くなったけど……。


「いい? 未羽は私のなんだから好きになったりしないでよ」

「それは大丈夫だよ」

「ふん、分かっているならそれでいいわ」


 最悪な状態にならなくて済んだことはいいことだ。

 好きな満里に触れられているというのも安心できる。

 ただ、彼女のこれは友達とかそういう域を超えているような、そうではないようなという感じだった。


「満里、ちょっと廊下に行って話そうよ」

「別にいいけど」


 とにかく経験がないからはっきりとしてもらうしかない。

 仮にここでボロクソに言われても友達としてやっていけるから大丈夫、だと信じたい。


「勘違いかもしれないんだけどさ、満里って私のことが好きなの?」

「好きよ、あ、ベタなあれになっても面倒くさいから言うけど、そういう意味で好きよ」

「どうして? 新井先生はお仕事的に無理だからっていうのは分かるけど……」

「なんかあんたのことを気に入ってしまっている私がいるのよ」


 頭を撫でてくれたことや、抱きしめてくれたこともそこに繋がっていると。

 いやでもまさかそういう意味で求めてくれるような子が出てくるとは思わなかった。

 これまでは何回も言っているように馬鹿にされることが多かったからだ。

 うじうじしていたから親戚のおばさんとかにも笑われていたし、母からは呆れたような顔で見られたこともある。

 それもまた人といないようにした原因だし、隆介君に甘えまくることになった理由でもあったわけだけど……。


「好きよ、キスしちゃいたいぐらいには」

「……する?」

「こ、ここでっ?」

「ここではあれかもだけど、放課後にどっちかのお家とかで……」


 満里になら構わなかった。

 怒られたりするよりは遥かにいい。

 それに色々な表情を見られるのであれば役得ではないだろうか。


「……ここでする」

「そ、それならあの柱の後ろとか……」

「そうね」


 そこに移動すると優しく押さえつけてきた。

 見ていられる余裕はなかったからすぐにぎゅっと目を閉じたら唇に柔らかい感触が……。


「……やばいわね」

「た、確かに……」


 学校でするべきことではない。

 いや、放課後もきていないのにするべきではない。

 これでは絶対に残りの授業に集中できなくなる。


「な、なんて顔をしてんのよっ」

「そ、それを言ったら満里だってっ」


 騒いでいると怪しまれるから教室に戻ることにした。

 健太と過ごしてリフレッシュする必要がある。

 ただ、健太は鋭いからバレる可能性も……。


「おかえり」

「た、ただいま」

「顔が赤いけど風邪かな?」

「ちょっと言い合いになってね、あはは……」


 追及されないように席に着く。

 幸い、すぐに先生が来てくれて授業が始まってくれたからよかった。

 でも、馬鹿な私は唇を指でなぞってかあっとひとり熱くなったのだった。




「未羽も意地が悪いよね」

「な、なにが?」


 放課後になっても当たり前のように落ち着いていなかった。

 だから教室に残って頭を冷やそうとしていたら斜め前の席に座っていた健太が急にそう言ってきて意識を向ける。


「堤さんと付き合い始めたこと、言ってくれてもいいよね?」

「あ、そういう……」

「うん、だって僕も同じぐらいいたんだからさ」


 好きだという気持ちをぶつけられて少しだけ高ぶったのもあったのかもしれない。

 キスの件は私から出したわけだから本当に信じられない。

 ちなみに満里は今日はあれだからという理由で既に帰っている。


「どっちから告白したの?」

「それは満里かな」

「そっか、堤さんは未羽のことをかなり気に入っていたからね」


 程度はどうであれそれは事実。

 はっきりしてくれていたから一緒にいやすかったのはある。

 よくも悪くも表裏の差というやつが恐らくないからいいんだ。

 もしどこかに行かれたとしても最後の最後に裏切られて離れられるよりは断然いい。


「いまさらだけどさ、健太は満里のことどう思っていたの?」

「未羽の友達って感じかな、僕にとって本当の友達はきみだけだったよ」

「でも、最近は他の人とも……」

「あれは頑張って合わせているだけなんだよ」


 その点、私のときは違うと言ってくれた。

 私的には私のときこそ合わせる必要が出てきて面倒くさい気がする、というのが本音で。


「だからこれからも相手をしてほしい」

「うん、健太も友達だから」


 なにかがあったときに健太の鋭さというのはきっといい方向に働く。

 逆も然りだけど、うん、私にとっては必要な存在だった。

 でも、それだと利用するみたいな形になってしまうから困るというところ。


「なにかしてほしいことってない?」

「頭を撫でてほしいかな」

「ふふ、甘えん坊なの?」

「うん」


 うぇ、こういうところは真似できないところだ。

 私だったら気恥ずかしさから真っ直ぐに言えなくなる。

 だからこそ午前中の私の私らしからぬ言動には驚いたというわけ。


「いい子ー」

「未羽の笑顔、優しくて好きだよ」

「そうかな? ありがとう」

「こっちこそいつもありがとう」


 ある程度のところで満足してくれたので帰ることにした。

 途中で健太と別れて満里のお家に向かう。

 インターホンを押したらご家族ではなくて本人が出てきてくれて助かった。


「……今日はやばいからやめてって言ったじゃない」

「だって私は満里の告白を受け入れたんだよ?」

「……まあ上がりなさい」


 いつもみたいにリビングではなく彼女のお部屋に入らせてもらう。

 実はこれ、初めてだったりもする。

 ドキドキとかよりも新鮮さの方が勝っていた。


「いままでなにをしていたの?」

「ベッドに寝転んでいたわ」


 私も部屋にいるときはよくベッドに寝転んでいるから気持ちは分かる。

 隆介君が住むようになってからソファで寝ていたりすると怒られるからというのもあった。

 誰かがいてくれるのは嬉しいけど先生だからなのか小言が多いのは少し微妙だ。

 母は隆介君が住むようになってからも顔を見せないからそこもね。


「ここに座ってもいい?」

「なんでよ、床でいいじゃない」

「満里がいつも寝ているところに座れたらなんかよさそうな気がして」


 許可が下りる前に勝手に座らせてもらった。

 私のベッドと違って柔らかいところはいいのかもしれない。


「ほら、満里も座ってよ」

「はぁ……」


 実は自分が結構大胆な人間だったんだと今日知った。

 こういう関係になってからなら大胆にいけるからいいのかもしれない。

 悪意百パーセントの言葉をぶつけられることはないからだ。

 彼女が指摘してくれることは直せばいい方に傾くことばかりなのも影響している。


「あんたこそ今日もまた残ってたの?」

「うん、健太の頭を撫でてきた」

「それは求めてきたってこと?」

「うん、健太も甘えん坊なんだよ」


 そういえば自分からしたことがなかったような気がするから満里を抱きしめた。

 あ、いや、したことがあったかな……?


「満里、求めてくれてありがとう」

「……求めておいて言うのもなんだけどあんた……新井先生はよかったの?」

「うん、そもそも隆介君の理想とは程遠いからね」


 なにかが間違って隆介君が本気で求めてきていたらどうなったのかは分からない。

 小さい頃は将来は隆介君と結婚するとか言ったことがあるぐらいだし。

 ただまあそれぐらいのいい人だったのだ。

 私のためになんでもしてくれたから全てを捧げてもいいと思ったぐらいで。

 でも、あちらからしたら違うわけだからこうなるのも不思議ではないと。


「おいでー」

「あんた覚悟しなさいよ」


 あらら、これはまた熱烈なアピールだ。

 後悔したりしないのかが唯一の不安点と言える。

 それで最後は怖い顔と怖い言葉を残して~的な展開だったら引きこもるかもしれない。


「はぁ、はぁ」


 すごい顔になっているのは満里の方だ。

 赤くなっているところが可愛いし、なんかえっちな感じもある。

 男の子が見たら間違いなくがばっといってしまいそうな感じだった。


「今日はもうこのまま泊まらせてもらおうかな」


 今日は満里といっぱいいたい。

 触れていたいし、温かさを感じたい。

 

「……別にいいけど新井先生が寂しがるでしょ、いまはあんたの保護者みたいなものだし」

「じゃあ来てくれる?」

「それなら行くわ」

「うん、ありがとう」


 すぐに移動するみたいだったから助かった。

 やはりご家族と遭遇するのは気まずいからだ。


「ただいま」

「お邪魔します」


 こういうときに丁寧なのも可愛い。

 可愛いから飲み物を用意したらすぐに抱きついておいた。


「……今日ね、全然集中できなかったわ」

「私は……いや、私もそうかな」

「まさかあんたからキスする? とか言ってくるとは思わなくて……」

「実は大胆だったんだって気づいたよ」


 ただ、隆介君に大胆なことを言っていた、思っていたことがあるからなあ。

 相手のことを信用すると全開になるだけなのかもしれない。

 それでも健太相手にはそこまでではないから事故っていなくてよかった。

 相手にその気持ちがなければ引かれてしまうことだから。


「……あんたが来ていなければ今日は徹夜する羽目になっていたわ」

「恋する乙女みたいでいいね」

「恋する乙女よ、相手は同性だけどね」


 理想も高そうなのによく私を選んでくれたものだ。

 私と付き合って隆介君に近づきたいわけではないだろうし、真っ直ぐに信じておけば間違いなく悪いことにはならない、はず。

 って、間違いなくって考えているくせにはずってなんだろう……。


「……って、なんかイケないことをしているみたいよね」

「確かに……」


 いまは放課後だからいいけど午前中にしたのは間違いなくイケないことだった。

 しかも自分から誘ったということでやばさが上昇……。


「と、とにかく、あんたの家に来られてよかったわ」

「うん、あのまま満里のお部屋にいたら間違いなくやばい雰囲気になっていただろうから」

「そうね、私は間違いなくあんたを襲っていただろうからね」

「もう襲ってきていたような……」


 本当に熱烈な感じだったから驚いたのもあった。

 あとはまだまだなんで私を選んでくれたんだろうというのもあるからいまでも引っかかったままでいる。

 それと同時に、満里の色々な面を見られて嬉しいのもあるから忙しい。


「あ……」

「ふふ、お腹が鳴ったね」

「……今日はお弁当を食べていられるような余裕はなかったから」


 これもまた珍しいというか、分かっていなかったというか。

 満里からすればあんなのは余裕な行為だと思っていたから。

 いや、自分が一番驚くと思っていたのにこれだからそれが一番の驚きかな。


「いまからご飯を作るね」

「わ、私も手伝うわ」

「ううん、私が作るから食べてほしいな」


 最近は少しサボりがちだったからたまには頑張らなければならない。

 これは隆介君のためでもあるし、私を求めてくれた満里のためでもある。

 ここで評価が大幅に変わるというわけではないものの、相手のためになにかをすることができるというのは普通に大きい。

 これまでは支えてもらってばかりだったからこれからは少しだけでも支えられる人間になりたいんだ。


「ただいま」

「おかえり」


 これまでは家に来てもようと言うだけだったのにただいまに変わったのが新鮮だった。

 いつかこれが当たり前になるか、隆介君がまた違う高校とかに変わってそれが消えるのかは分からない。


「お邪魔してます」

「おいおい、あんまり遅くまでいると危ないぞ」

「今日は泊まらせてもらうので大丈夫です」

「泊まってばっかりだけど大丈夫なのか?」


 もっとも質問だった。

 私としては一緒にいられた方がいいけどご両親に怒られたりしないのだろうか?

 仮に泊まることはしなくても夜遅くまでいることが多いから余計にそうだ。


「はい、あ、迷惑ですかね?」

「いや、そんなことは言わないから安心してくれ」


 隆介君はこちらの頭に手を置いて「未羽が楽しそうならそれでいいよ」と。


「未羽、風呂に入ってくる」

「うん、ご飯はもうちょっとしたらできるから」

「おう、いつもありがとな」


 お礼なんて言わなくていい。

 家に誰かがいてくれているというだけで十分だから。

 ひとりで寂しさを感じているぐらいなら例え小言を言われる機会が増えたとしてもこっちの方がいいと言える。


「あんたと同じ環境じゃなくてよかったわ、もし気になった状態のままその距離感でいたらいつまでも捨てられなさそうだし」

「確かに気になっている状態でこの近さにいたらあれかも」


 自分で無理だと考えているくせに捨てられない矛盾した状態になる。

 誰かといるのは無理だと考えているのに誰かといることを望んでいた昔の私がそれと似たような状態だったかもしれない。

 はっきりとどちらかに偏らせることができないその弱さにむかついたこともあった。

 甘えることしかできなかった自分にもそうだ。


「でも、あんたのおかげで抜け出せたのよ」

「そうなんだ」

「うん、だから感謝しているわ。それに……抜け出せただけじゃなくてあんたは私の要求を受け入れてくれたわけなんだから……」


 勢いだけで受け入れたわけじゃない。

 でも、他の人からすれば短慮に見えるかもしれない。

 多数の人と関わっている状態ならともかくとして、満里と健太としかいられてなかったから。


「満里から頭を撫でられたり、抱きしめられたりしてもらえるのは嬉しかったから」

「……それだけ?」

「そんなわけないでしょ、満里だからいいんだよ」


 先に話しかけてきてくれたのは健太だったけどね。

 健太には悪いけど男の人の理想は隆介君だったから……。

 その点、満里は私にはないいいところが多かった、正に理想の存在と言ってもいい。

 よくも悪くも真っ直ぐに言えるところがいまの私にとって真似したいところで。


「ありがとう」

「……それはこっちが言いたいことだから」

「ふふふ、たまにはいいんだよ」


 ご飯作りを終えてソファに座る。

 なんかこんな小さいことも幸せだなっていまさら気づけたのだった。

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