05話.[同じ感じなんだ]

「むかつく」


 どれだけ口にしても言うことを聞いてくれない。

 無防備な状態で異性に付いていくなんて危険でしかないのに。


「そんなところでどうしたんだ?」

「誰よ――」


 なんでこんなところにと固まった。

 相手は未羽とよく似た雰囲気をまとっている。

 が、私が反応しないのが影響したのか「ど、どうした?」とこれまた未羽みたいに慌て始めてなんとか落ち着けた。


「……珍しいですね、こんなところで」

「ああ、少しだけ息抜きに歩いていたんだ。そうだ、飲み物でも飲むか?」

「え」


 またまた固まっている内にボトルを渡してくれた。


「さっき買ったんだ、飲んだわけじゃないから安心してくれ」

「はあ……あ、ありがとうございます」」

「おう、少しそこに座ろうぜ」


 こればかりは気にせずにベンチに座る。

 こんな外に近いところにいたのに随分と息抜きのために歩いてきたものだ。

 そもそももう放課後で部活組以外はほとんど帰っているという状況なのにね。


「ありがとな、堤のおかげで未羽が楽しそうだからさ」

「……別になにができているというわけではありませんから」

「いやいや、未羽からしたらいてくれているだけで力になってるよ」


 気になった人と話しているのに特に嬉しいとかそういうのはなかった。

 単純に原田に近づこうとする未羽が気に入らないだけかもしれないけど。


「未羽の母さんが苦労しているからさ、未羽には同じようになってほしくないんだよ」

「お父さんはいないんですか?」


 未羽の母自体にも会ったことがない。

 別に会ったところでなにができるってわけじゃないけど、母が家にいてくれればもう少しぐらいはあの子自体も明るくなるんじゃないかって思っている。

 ひとりの時間が多分長すぎたんだ。

 そのせいですぐに悪く考えてしまう悪いところがある。


「……出ていったからな」

「あ……」


 いやまあそんな感じだとは思っていたけど……。

 だって十九時を過ぎても母が帰ってこないっておかしいだろう。

 一日や二日連続したぐらいならおかしくはないけど、実際はほぼ五日連続だったわけだから。

 土日については分からないから、うん、あくまで平日は全部そうだったというわけで。


「だからなるべくご飯を作りに行ったりして様子を見ていたんだよ、家を近くにしたのもそれが影響しているんだよな」

「聞いておいてなんですけど、関係のない私にそこまでぺらぺら喋っていいんですか?」

「人を見る目はあるつもりだし、なによりも未羽が信用した存在だからな」


 やっぱりあまり似ていない気がした。

 新井先生はなんか一貫している気がする。

 その点、未羽はなにかがあったらすぐに殻に閉じこもってしまいそうな弱さがある。


「あ、この前はすみませんでした、私なんかが偉そうに言って」

「甘やかしていた面は確かにあったからな」

「そうですか」

「ああ」


 夫がいる状態ならともかく夫が出ていってしまった状態なら確かにそのようになってもおかしくはない。

 妹を支えようとできることは普通に素晴らしいことだと言える。


「さてと、話せてよかった、付き合ってくれてありがとう」

「いえ」

「もう暗いから帰った方がいいぞ」

「はい、失礼します」


 教室に戻って鞄を持って帰ろうとしたときのこと。


「あれ、あんたまだいたの?」

「うん、さっきまで図書室に行ってたんだ」

「へえ、読書とか好きなのね」

「好きだよ?」

「ま、早く帰りなさいよ?」


 新井先生が言っていたように暗いし、そのうえでどんどんと寒くなるだけだ。

 ……何故か付いてきているけど細かいことは気にしない。


「いま未羽はいないわよ、そろそろ本音を吐いたらどう?」

「何度言われても変わらないよ、あくまで友達だから仲良くしたいだけだよ」

「ふーん」


 まあこれから見ていれば分かるか。

 問題はこいつが裏でこそこそと誘うこと。

 もしそうなったら断ることをしない未羽なんかは……ぐぐぐ……。


「堤さんこそやけにこだわっているみたいだけどなんでなの?」

「ああいう子を放っておけないのよ」


 小学生時代の自分を見ているようで。

 それが影響していまでも未羽がいなければひとりだ。

 自分勝手に意見を押し付けたり、否定したりするところがよく思われていない。

 ……何度も繰り返していたら未羽にすら離れられてしまうかもしれないという恐怖がある。

 それでも気をつけなければならないんだ。

 近くにいる人間がみんな優しいわけじゃないということを知った方がいい。


「もしかして堤さんも似たような感じだったとか?」

「は? ……もしそうだと言ったら?」

「馬鹿にしたりなんかしないよ。でも、それがまた橘さんにとって力になるんじゃないかなって思っているんだ」

「……迷惑とか思われてないかな?」

「思っているわけないよ、前にも言ったけど堤さんといられているときは本当に楽しそうなんだから」


 ……思わず原田に聞いてしまうぐらい自分も余裕がなかったのかもしれない。

 情けない、こんなのでは未羽を守ることができない。

 いつの間にか守られる側になるぐらい弱くなってしまう可能性がある。


「ただ、過保護になりすぎるのもよくないよ。橘さんだって高校生だし、これまで頑張ってきたんだから。無理に守ろうとするとその努力を否定することになってしまうからね」

「……難しいわね」

「そうだね。けど、悪くは伝わらないから大丈夫だよ」


 確実に分かっていることは私が未羽といたいということだ。

 あの子と話していたいし、頭を撫でたりしたいし、抱きしめたりしたい。

 ……なんでこんなに気に入っているんだろうか?

 元々敵視するつもりなんかなかったけど、あくまで新井先生と仲良くできるよう協力してもらおうと近づいたはずだったのに……。


「あ、僕はこっちだから」

「あ、じゃあまた」

「うん、また明日ね」


 原田の背中が見えなくなってから横の壁に背を預けて上を見た。

 既に真っ暗に染まっていて、寒さも相まって寂しくなってくる感じがする。

 何気なくスマホをいじって無理やりインストールさせることで獲得した未羽のアカウントをタップする。


「わっ……」


 そんなときに未羽から電話がかかってきて応答ボタンを押した。

 色々慌てている感じの未羽を落ち着かせて彼女の家に向かう。

 横にいるわけじゃないのに……先程の寂しさなんかどこかへ飛んでいた。


「満里っ」

「どうしたのよ?」


 通話を終わらせてスマホをポケットへ。

 本人は涙目で落ち着きがなかったからとりあえず上がらせてもらう。


「卵焼きが焦げちゃったの……」

「この前は上手くできていたじゃない」

「……ちょっと考え事をしてて」


 ふーん、考え事ねえ。

 もし原田のことだったとしたら複雑さから叫びだしたくなりそうだ。

 って、だからなんでよ……。


「……なんでこんなに気になるの」

「やっぱり卵焼きを上手に焼けないのはあれだよね……」

「違うわ、それはこっちの話」


 仕方がないからささっと焼いて焦げたのはこちらが食べてしまうことに。

 苦い感じの胸中に苦さが加わって涙が出そうになったけど笑ってみせた。


「ごめんね……」

「別にいいわよ、それよりお味噌汁とかもできているんだし食べなさい」


 こっちは少しだけソファに寝転ばせてもらう。

 自宅と違ってエアコンを使用していないから寒く冷たい感じだった。

 それでも近くに未羽がいてくれるというだけで少しはよくなるというもの。


「満里」

「……もう食べ終えたの?」

「うん、それより満里のことが気になって」


 特になにがあったとかではない。

 原田を百パーセント信用する未羽にむかついたり、未羽に対する謎の感情に苛ついたりしただけだ。


「心配だからこのまま泊まっていって」

「は? 着替えはどうするのよ……」

「私のを着ればいいでしょ? 下着は……我慢してもらうしかないけど」


 ……こういうことになるから自分優位な立場でいたかったんだ。

 自分の弱さを直視することになる。

 押しつぶされそうだからと近づいた私よりも強いことが分かってしまう。


「嫌よ」

「……そっか」

「下着のことじゃなくてあんたの服を借りるのがよ」

「ちゃ、ちゃんと洗濯はしてるよっ?」


 そういうことじゃない。

 だってなんか気恥ずかしいから……。


「……着替えを取ってくるわ、私が来るまで鍵はちゃんと閉めておきなさい」


 頭を冷やすのに外の寒さはちょうどよかった。

 それでも長居したくなるような気温ではないから着替えを持ってさっさと橘家へ。


「あんたって母親といられていないみたいだけどそこはどうなの?」

「寂しいよ?」

「そうなのね」

「うん。でも、満里が来てくれるし、隆介君だってたまに来てくれるわけだからね」


 いや違う、そこはやっぱり新井先生の方が上だ。

 ……むかつく、時間が違うから仕方がないけどやっぱりね。


「い、痛いよ」

「……あんたの側にいさせなさい」

「そ、それでいいから」


 体を離してお風呂に入らせてもらうことにした。

 新井先生に負けても原田にだけは負けたくなかった。




「お疲れっ」

「おう」


 色々と荷物運びを手伝わせてもらった。

 そのおかげで三時間ぐらいで終えることができたかな? というところ。

 何気に隆介君は運転免許証も持っているから久々に車に乗れたのもよかったかな。


「ふぅ、疲れた……」

「肩を揉んであげるよ」

「あ、頼むわ」


 おお、単純に硬くてなんかすごい感じがした。

 疲労云々のそれよりも単純に筋肉がすごいというか……。


「なんか優しさを感じるよ」

「あんまり力がなくてごめん」

「いいんだよ、気持ちは十分伝わってくるからな」


 なんか抱きつきたくなったからそのまま抱きついてみた。

 隆介君は特に慌てることもなく「まだ甘えん坊なのか?」と聞いてくる。

 頷いたら雰囲気で伝わったのか変わらないとも言ってきた。


「身長とかも大して変わってないからなあ」

「胸も大きくなってない……」

「個人差があるからそれは仕方がないな」


 個人差なんてたくさんありすぎる。

 容姿とか能力とかそれこそ身長とか。

 たくさんあるから言っても悲しくなるだけだ。


「引っ付き虫だった未羽が頑張れているだけで十分だ」

「うん……」

「そんな顔をするなよ」


 いけない、最初からこんなのでは上手くいかない。

 隆介君は立ち上がって「ちょっとシャワー浴びてくるよ」と口にしリビングを出ていった。

 そういえば大変なはずなのに一軒家のままなのは私のことを考えてのことなのかな?

 って、それだと少し願望すぎるか……。


「隆介君――」

「ん? どうしたんだ?」


 ……いくら親戚とはいっても裸を見るようなことはなかった。

 いくら引っ付き虫だったとしても一緒にお風呂に入るようなことはなかった。

 別に全裸というわけではないものの、引き締まった上半身は……刺激が強かった。


「ご、ごめんっ」

「ん? 別にいいだろ」

「あっ、それよりこれっ、タオルを渡そうと思って……」

「お、ありがとな」


 慌ててリビングに逃げ帰る。

 もう四十歳になるところなのに普通にすごかった。

 

「ただいま」

「おかえり」


 なんかこれから隆介君と一緒に住むって考えると少しだけ不思議な気持ちになった。

 ただ、満里と一緒に住むよりかはおかしなことではないからそこまでではないけど。


「なにか作って食べるか」

「中途半端な時間だよ?」


 実はまだ午前十時だったりする。

 朝ご飯を食べてすぐに動き始めたから私はそんなに減ってはいなかった。

 隆介君は荷物をまとめてくれていたけど、そのうえで三時間もかかった。

 まあ……引っ越し屋さんに頼らなくて済んでよかったと片付けておけばいいだろう。


「少し腹が減ってな」

「あ、それなら私のお小遣いでなにか買ってあげるよ」

「いいよ、食材はあるわけなんだからな」


 これからは基本的に私が作ったものを食べてもらうことになるのか。

 もっともっと頑張らなければならない。

 食事は疲労回復に必要なことだからなのと、どうせなら美味しいって言ってほしいというのがあった。

 

「よし、できた」

「私はちょっと部屋の掃除をしてくるね」

「おう」


 今日から隆介君が家に住み始めるということは満里が会える可能性も高まるということだ。

 学校ではお仕事の関係でほとんど話せていないからきっと嬉しいと思う。

 

「あ、満里? いま大丈夫?」

「うん」

「それでなんだけどさ、いまから来れる?」

「あんたの家に? 別にいいけど――あ、寒いからあんたが迎えに来なさい」

「分かった、じゃあいまから行くね」


 切って家を出てから気づいた。

 私は何気に彼女のお家を知らないということに。

 これはもしかしたら試されているのかもしれない。


「あれっ」

「ふっ、驚いた?」

「まだ三分も経ってないよ?」

「暇すぎたからあんたの家に行こうとしていたところだったのよ」


 よかった、迷子になるようなことにはならなかったみたいだ。

 まだまだ自宅近くだから戻るのも楽でよかった。


「で? 来ておいてあれだけどなんで急に?」

「あ、ちょっと教えたいことがあって」

「へえ」


 まあ実際に見てもらった方が早いだろうからこれ以上は言わなかった。


「ただいま」

「おかえり――あれ、堤と会うために出ていたんだな」

「うん、そうしたらすぐ合流できたよ」


 満里の様子を確かめてみたらあくまで普通だった。

 ちょっと面白くないけど寒いからささっと中へ。


「なんで新井先生がいるんですか?」

「今日からこっちで住むんだ」

「そうなんですか」


 これで少しは満里のために動けるはずだ。

 結構遅くまでいるときがあるから自然と会話することができる。

 付き合うことは不可能でも仲良くすることはできるはずだからこれでいい。


「未羽、ちょっと」

「うん」


 彼女はこちらの腕を掴んで廊下へ移動した。

 どちらにしてもエアコンなどは使用していないから普通に寒い。

 そしてこの前みたいにこちらを優しく押し付けるとなんか中途半端な顔で見つめてきた。


「満里?」

「……あんまり距離を縮めすぎないようにしなさいよ」

「うん、それは大丈夫だよ」


 仮にこちらがその気になっても悲しい結果に終わるだけだ。

 そもそも私はそういうつもりで行動したことはない。

 とにかく笑わずに真っ直ぐ相手をしてくれたのが隆介君だったから引っ付いていただけ。


「新井先生はどこで寝るの?」

「多分客間かな」

「そうなのね」


 それ以外の部屋はないから仕方がない。

 母は帰宅時間こそ遅いけど帰ってこない日というのはないから寝室を利用するわけにもいかないし。


「今日はね、満里のために少しでも力になりたくて呼んだんだ」

「あ、もしかして新井先生と話せるようにって?」

「うん、学校だとお仕事があるからゆっくり話せないからさ」


 しかも特定の生徒とばかりいると問題視されかねない。

 勉強を教えているとかならともかくとして、異性だし、親しそうだったらん? ってなることだろう。

 

「ふーん」

「ほら、満里は……」

「ありがと」

「うんっ」


 先程とは違って優しい笑みを浮かべてくれたうえに頭を撫でてくれた。

 隆介君がしてくれるのもいいけど、満里がしてくれるのも柔らかい気持ちになるから好きだ。


「抱きしめてもいい?」

「うん、いいよ?」


 誰かに触れたい気持ちはよく分かる。

 それがどんな事情からなのかは分からないものの、いまこのときだけは少しだけでも満里のためになれていると考えるだけで満足できる。


「おいおい、廊下にずっと居続けたら寒い……だろ……」

「未羽がいるから寒くないですよ」

「そ、そうか」

「はい」


 隆介君が来ても別に気にならなかった。

 満里も離そうとしないから同じ感じなんだろう。

 それにしても満里は温かいなあ。

 私はすぐに手とか足が冷たくなるから少し羨ましくもある。


「……最近はそういうことも普通にするのか?」

「するんじゃないですか?」

「そ、そうなんだな」


 冷静に対応できるところも素晴らしいところだ。

 満里にもっと触れていたいし、もっと頭を撫でたりとかしてほしい。

 なんか一気に変わってきてしまっているけど、卑屈になって強がってひとりでいるよりはいいかと片付けたのだった。

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