04話.[効果がある口撃]

「ほへー」


 やることを終えて久しぶりに暇だった。

 実は昨日もこのような感じで過ごしたからなんかね……。


「あ、満里かなっ?」


 急いで出てみた結果、


「よう」

「どうして……」


 扉の前にいたのは隆介君だった。

 別にそれは問題ないけど、日曜日は疲れてずっと寝ていることが多かったから予想外の行動で少しだけ固まった。


「……敬語はやめてくれよ」

「あ……学校じゃないしね」

「ああ、あと名前呼びでいいから」


 何度もこの問答を繰り返す方がアホらしいからと言うことを聞くことにした。

 ……それにやっぱり隆介君とは普通に話せていた方がいいというか……。


祥子しょうことは全く会えてないのか?」

「うん、帰宅時間がランダムすぎてね」

「そうか、まああいつも頑張ってくれているわけだからなあ」


 もう一層のこと隆介君もこっちに住まないかと誘ってみた。

 ご飯を作ったり作ってもらったりと、同居していることと変わらない気がしたから。


「なるほどな」

「無理だろうけどさ……」

「相談してみるわ」

「うん」


 そもそもこっちに越してきたときには母はもうシングルマザーだった。

 あっちの学校からこっちの学校で教えることになった際に母が一生懸命頼み込んでいた姿をいまでも鮮明に思い出せる。

 教師歴というのは結構長いからいまのそれとは関係ないけどすごかった。


「半分以上出せばもう少しぐらい祥子を楽にさせてやれるからな」

「うん、働きすぎてて心配になるんだよ」

「そう考えると許せねえな」


 会社に勤めている若い女生と不倫……らしかった。

 こっちにはあまり説明してくれなかったから、私からしたら気づいたら離婚することになっていたぐらいで。


「それに未羽のことも見てやれるし滅茶苦茶いいな」

「最初はそういう風に考えたことはなかったの?」

「なかったな、あくまで兄妹ってだけだったからな」


 妹は妹でいい人生を歩めているはずだった、というところなのかな?

 でも、さっきも考えたようにこっちに来たときには離婚していたんだけどな……。


「……薄情だったのかもしれないな」

「でも、お母さんはお母さんでこれだと決めた人と結婚して私を生んでくれたわけだから……」


 責任を取らなければならないのはあくまで私の両親ということになる。

 母の兄である隆介君まで責任を感じる必要はないのだ。


「……祥子のことを考えるとあれだけど、結婚してくれてなかったら未羽とも出会えなかったわけだからな」

「私も隆介君と会えてよかった」

「はは、ありがとな」

「……違うよ」


 私と違って大きな手を握る。

 ありがとうって言わなければならないのはこちらなんだ。

 お母さんにも、隆介君にも、どちらにも忘れてはならない。

 最近で言えば満里や原田君もそう。

 私の近くにいてくれる人間はとても優しくてたまに涙が出そうになる。

 これまでは一週間も続いたことがなかったから余計にそう感じるのだ。


「あ、たまにはご飯でも作ってやるよ」

「ありがとう」

「この前作ってもらったからな」


  掃除などは終えているタイミングだったからありがたい……かな?

 朝ご飯を食べてからもう三時間は経過しているわけだから大丈夫だろう。

 早めにお腹が空いても早めに夜ご飯を食べてお風呂に入って寝ればいい。


「ほら、冷蔵庫の中にあった物を適当に使わせてもらったぞ」

「うん、ありがとう」


 いただきますと口にして食べさせてもらう。


「やっぱり隆介君が作ってくれた方が美味しいね」

「そんなことないだろ、未羽が作ってくれたのも美味しかったぞ?」

「お世辞はいいよ」


 なんか幸せな感じがした。

 自分が勝手に離れようとしただけだけどこうして隆介君といられることがね。


「泣くなよ」

「……これは悲しくて泣いているわけじゃないよ」


 涙を流したのなんていつぶりだろうか。

 でも、冷たい感情からくるものではないから心配していない。

 とりあえずぐしぐしと拭って残りを食べ終えた。


「あれ、まだいてくれるの?」

「ああ、家にいても暇だからな」

「じゃあゆっくりしていってよ」


 床に転んでしまったからこちらは洗い物をしてしまうことにする。

 なんか同棲しているみたいなんて馬鹿なことを考えたけどすぐに捨てる。


「終わったのか?」

「うん」

「じゃあ横に転べよ」

「分かった」


 横に転ぶだけではなく隆介君のお腹に頭を預けさせてもらった。

 これは昔によくしてもらっていたことだ。

 というか、あっちに行ったら隆介君にずっと引っ付いていたしね。

 そう考えると毎日会えるいま、その時点で幸せだということになる。


「学校は楽しいか?」

「うん、満里や原田君がいてくれているから」

「堤もまた急だな」

「それは仕方がないよ、誰かがいてくれている時点で奇跡みたいなものだし」

「未羽はひとりでいるからなあ……」


 勇気が出なかったうえに離れられるぐらいならって考えがあった。

 そのせいで一週間も続かない人間関係の前に悩むことになったわけだけど……。


「それにしても原田か、それもまた急だな」

「なんか興味を抱いてくれたみたい」

「へえ、仲良くなれるといいな」

「うん、嫌われるよりずっといいからね」


 私としては満里に興味があると思っているけど。

 ここにいる隆介君と付き合うのはほぼ不可能に近いから原田君、または他の男の子と仲良くした方がいいに決まっている。

 それに仮に仲を深められても二十歳以上の差がある状態では隆介君が冷たい目で見られてしまうわけだし、そもそも教職員として許されることではないし。


「でも、俺に引っ付いてばっかりだった未羽がちゃんとひとりでしっかりできてるわけだから俺はそれだけで満足できるよ」

「うん、もう高校生だからね」


 あと、学校が変わるということもありえるからそこも考えなければならない。

 あ、いや、大人らしい女性が好みなんだから別にいいのか。


「隆介君は好きな人とかいないの?」

「いないよ、出会いなんて生まれないしな」

「格好いいんだから余裕そうだけど……」

「休みの日は休んでおきたいからな」


 そうか、どの職種もそうだけど休日ぐらいは休みたいよね。

 私だってやっぱり家にいるのが一番落ち着くわけだし……。

 授業中と同じで静かなのに何故か家は苦手ではないという不思議――でもないか。

 家が落ち着かない人なんてよほど外に行きたい人か、家族と仲が悪くて~みたいな人ぐらいでしかないだろう。


「それに俺ももう四十になるからな、いまさら選ばれないだろ」

「……そんなことないよ、歳を重ねても渋くて格好いいおじさんになるだけでしょ」

「ないない、格好いいとか言われたことないからな」

「格好いいよっ」

「それは身内贔屓みたいなものだろ。それに教師をというか、仕事を続けられればそれで十分だからな」


 いや絶対にそういう謙虚なところを見てくれる人がいるはずだ。

 現に彼のことを気にしている子がいるんだし。

 絶対に満里だけじゃなくてもっとたくさんいるはずなんだ。

 多分近づいていない理由は教師だからだと思う。

 大人の人だって相手の仕事が理由で難しくなることもあるはずで。


「未羽が学校生活を楽しんでくれればそれでいいよ、少なくとも未羽が卒業するまではあそこにいられると思うからな」

「……隆介君のばか」

「なんでだよ、別に恋をすることだけがいいことってわけでもないだろ?」

「……学生時代になにか嫌なことでもあったの?」

「ないよ、学生時代は辛いけど楽しい部活ばっかりの毎日だったからな」


 部活か、私にとっては嫌な時間だった。

 下手くそだったから普通に下手くそって言われてたし、足手まといとか遠慮なくぶつけられていたし。

 だから辛いけど楽しい部活生活というのは想像できない。

 キャプテンでエース、みたいなことをやっていたのかな?


「今度どこかに行くか」

「え、大丈夫なの?」

「妹の娘と行動しても別に問題ないだろ」

「あ、満里とかと比べればいいか」

「ああ、それに祥子にこれから話をするわけだからな」


 それ次第で寂しくない生活になるのかもしれないのか。

 いまから少しだけ期待し始めてしまっていた。

 仮に無理だった場合のことを考えて頑張って抑えようとしたのだった。




「ごめん、少し遅れた」

「大丈夫ですよ、いま来たところですから」


 定番のセリフを言ってみたわけではなく事実そうだった。

 あと、この件は満里も知っているから怒られることはない。

 満里の目の前で私を誘ってきたわけだからね。


「それで今日はどうするんでしたっけ?」

「普通に橘さんと仲良くしたかっただけだから飲食店とかに行ってゆっくりするだけかな」

「あ、そうでしたね」


 彼は一体私のどこを気に入ってくれているのだろうか?

 とりあえずは寒いからお店に行くことにした。

 幸い自宅からそう離れていない場所にファミリーレストランなどはあるから問題ない。

 問題があるとすれば私がこういう場所を全く利用しないことだろうか。

 なにをどうすればいいのかが分からないから彼にくっついているしかない。

 あ、もちろん物理的接触はしていないけどね。


「堤さんがいてくれた方がよかった?」

「満里のことは信用していますけど、原田君のことを危険視したことはありませんよ?」

「そっか、ありがとう」


 彼が注文を済ませてくれたから飲み物を注ぎに行くことになった。

 先にやってくれたことでやり方も分かったから他のお客さんが来て恥をかく、みたいなことにはならずに一杯目を注ぎ終える。


「店内は暖かくていいね」

「はい、そうですね」


 外でずっと居続けることになるよりはよかった。

 ただ、これだけの注文で長い間ここにいるのはちょっと微妙かもしれないけど。


「敬語、やめてくれないかな」

「あ……」

「無理なら無理でいいんだけど、さ」


 満里相手にも隆介君相手にももう解禁しているからいいか。

 なんか寂しそうな顔をしているし、このままでいられる方が気になるし。


「わ、分かった」

「うん、ありがとう」


 結局、甘えてしまうところは変わっていないらしい。

 多分ではなく絶対ふたりには迷惑をかけることになってしまう。

 それでももしいてくれるのなら……。


「そういえば堤さんは橘さんの家を知っているの?」

「うん、出会ったその日に家に来たから」

「そうなんだ?」

「うん、さすがに驚いたけどね」


 敵視されるものだと思っていたから予想外すぎた。

 丁寧に一週間を使って付き合ってくれたし、まるで友達みたいに優しくしてくれたから。


「あ、もしかして原田君は満里のお家が知りたいの?」

「え? ううん、そんなことはないよ」

「じゃあ私の家?」


 口にしてからなにを言っているんだと後悔した。

 彼から「橘さんと会えればいいからそれも別に後回しでいいかなあ」と言われて熱くなった。


「な、なんでそんなに興味を抱いてくれてるの?」

「単純に僕にとって貴重な友達だからだよ、そういう点で言えば堤さんもそうだけどさ」


 よし、これは満里と仲良くしたいためにしていることだと判断しておこう。

 だって私と仲良くしておけば間違いなく満里は来るからだ。

 私が彼のことを信用すれば満里が彼のことを悪く言うことはなくなる。


「そ、そうなんだ」

「うん、その貴重な友達と仲良くしたいと思うのは悪いことじゃないでしょ?」

「うん、卑屈になって私みたいに自ら離れようとするよりいいと思う」


 そんなもったいないことをしてはならない。

 彼はコミュニケーション能力が高いみたいだから問題もないだろうけどね。


「って、自ら離れようとしてたんだ」

「うん、どうせ切り捨てられるぐらいならって考えて行くのをやめていたときもあるよ」


 満里に対してのあれも彼が来てくれていなかったらそうなっていた。

 彼が来てくれていなければ満里も来てくれていなかっただろうから本当に感謝するしかない。


「横、いいですか?」

「え? え゛」


 真横に座ってきたのは満里だった。

 それからこちらを睨みつけてきているのは何故だろうか?


「それって高校以前の話?」

「いや……実は最近も――」

「なるほどね、敬語に戻したりしたのはそこに繋がっているのね」


 怖い怖い怖い、怖い!

 彼女みたいなタイプは初めてだった。

 不満などをぶつけてくるのに愛想を尽かさずにいてくれるような存在は特に。


「まあいいわ、それより問題なのが原田だしね」

「なんで僕?」

「あんたどんだけ未羽にこだわってんのよ、いきなり近づいて来た理由が分からなくて怖いわ」

「いきなり近づいたのは堤さんもそうでしょ?」

「それでも私は同性なんだからそれも半減するじゃない」


 確かにそれはある。

 女の子というだけでそこまで警戒しなかった自分もいたから。

 でも、男の子が声をかけてくることなんてほとんどと言っていいほどなかったから困惑することになるんだ。


「なにが目的なわけ? もしかしてこの体っ?」

「ちょちょちょ、変なこと言わないでよ……」


 本当にそうだ、そんなことがあるわけがない。

 そもそも私の友達である満里の体の方が素晴らしいのに貧相なこちらに興味を示す人間はいないだろう。

 私達はふたりでいることが多いから余計にその差というのはリアルに感じるわけで。


「じゃあこの見た目? 確かに庇護欲をかきたてられる感じよね」

「さっき橘さんにも言ったけど貴重な友達だからだよ」

「なるほどね、ま、それで納得してあげるわ」


 元から敵視はしていないみたいだからやはり相性はよさそうだ。

 にこにこ笑顔で上手く流せる彼と、愚痴を吐きつつも嫌な感じはしない彼女。

 私にはどちらもできないことだから少し羨ましくも感じる。


「でも、これからは私も呼びなさい」

「分かった、その方が橘さんも安心できるだろうからね」

「そうよ、今日のことは聞いていたから余計に落ち着かなかったわ」


 大人らしく笑みを浮かべて「楽しんできなさい」と言ってくれた。

 だから私も誘うことはせずにありがとうと言ってその会話を終えたわけだけど、結局のところは彼女が我慢していただけだったということになる。


「なんでここが分かったの?」

「そんなの尾行していたからに決まっているじゃない」

「じゃあ普通に来てよ」

「ふっ、これぐらいでいいのよ」


 確かに彼女はそれぐらい大胆なぐらいがいいのかもしれない。

 いまでも隆介君相手にだけではなく大人などを相手にした際に敬語を使っていると違和感を抱くし。


「未羽、ジュースを注ぎに行くわよ」

「え、注文は?」

「もうしてあるわ」


 お金を払っているのであれば飲まなければ損か。

 システムにも対応できているわけだからたくさん飲んでおこう。

 とはいえ、冬だから冷たい飲み物はできるだけ控えめにすると決めて。


「うぷ」

「飲みすぎよ」


 とにかく飲もうと決めて頑張った結果、六杯という感じに終わった。

 少しだけお腹が苦しいけど達成感はある。


「さて、そろそろ退店しようか、これ以上は迷惑になっちゃうから」

「そうね」

「うん」


 まとめてお会計を済ませてくれたから助かった。

 慣れない人と話すのは苦手だし、慌ててお金を出していたら落としてしまったりしそうだったからなおさらだ。


「原田君、これ」

「いいよ、今日付き合ってくれたお礼ってことで」

「そういうわけには……」

「いいよ、堤さんも気にしなくて、わあ!?」

「無理よ、受けとりなさい」


 よかった、私の代わりに満里が渡してくれた。

 私としてもお金の大切さを知っているからこういうときはしっかりしなければならない。

 奢ってもらって当たり前になってはいけないのだ。

 出すと言っておきながらすぐに意見を変えるのも駄目。


「未羽、あんたの家に行くわよ」

「うん」


 外にいるよりはその方がいい。

 それに満里といられるのは嬉しいとしか言いようがない。


「あ、僕も行っていい?」

「は?」

「……堤さんって僕のこと嫌いだよね」

「嫌いじゃないけど異性の家に簡単に上がろうとしてんじゃないわよ」

「「うっ」」


 ……隆介君がこっちに住むことになってから何回もお家にお邪魔したことを思い出す。

 私にはかなり効果がある口撃だった。

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