03話.[仲良くしたいわ]
どうしてこうなったのか。
私はあのときの発言を軽視しすぎていたのかもしれない。
家に連れて行くというのは本当のことだったようだと気づいたときにはもう遅いという……。
「はい、オレンジジュース」
「あ、ありがとうございます。でも、私の家に行くと言っていたはずなんですけど……」
「気が変わったの、敬語をやめてくれないからむかついてね」
彼女はこちらの腕を掴みつつ「敬語をやめればいまからでもあんたの家に行っていいよ」と。
「ほら」
「で、でも……」
「言うことを聞かないと抱きしめるわよ?」
「うぅ」
「なんでよ、なに変なこだわりを持ってんの」
タメ口にしてしまったら多分調子に乗ってしまう。
それをそのまま説明しても「別にいいでしょそれで」と言って聞いてくれない。
「満里さ――」
「満里でいいわ」
「……満里にメリットがないですから」
「はあもううざったいわねっ」
「きゃっ!?」
彼女はこちらを押し倒したまま睨んできた。
ずっと見ていられるメンタルなんてないからすぐに逸らしたけど……。
「未羽っ」
「……わ、分かったから」
「ならいいわ」
いつまでも寝転んでいるわけにはいかないから体を起こす。
約束を守ったからということで私の家に行くことになった。
「やっぱりこっちの方が落ち着くわね」
「な、なんで?」
「口うるさいお母さんと遭遇しなくていいからよ」
私の母は口うるさく言ってくるどころかなにも言ってこないぐらいだった。
最後に会話したときがいつなのかを真剣に思い出せない、なんてことも言ってしまえるレベルだったから。
「いつでも来てくれていいよ?」
「うん、逃げたくなったら行かせてもらうわ」
「あ、だけど無理して来なくていいからね? 他に優先したいことも多いだろうしさ」
「他に優先したいこととかな――あ、付き合うのは無理でも新井先生と仲良くしたいわ」
「うん、そっちを優先してくれればいいから」
放課後に少し話すぐらいの時間はきっとある。
数学の教科担任でもあるから教えてもらうというのもいいだろう。
そうすれば周りの先生からしてもさぼっているようには見えないし、彼女だけを贔屓しているようにも捉えられないから。
「よし、あんたがご飯を作るところでも見て休憩するわ」
「分かった」
元から全くできないという感じではなかった。
でも、隆介君に比べたらできない感じだった自分にとって、満里と出会ってからの一週間は本当にいい時間となった。
そのおかげでそれなりの料理を作れるようになったし、前にも言ったように食べることが好きな自分にとっていい影響を与えられている。
残念な点は自分のためだけに作ることが多いということか。
だからこういうときは量は違っても振る舞おうと決めていた。
「満里も食べて」
「いいの?」
「うん、量は少ないけど……」
「量はいいわよ、じゃあ食べさせてもらうわ」
少しお行儀が悪いかもしれないけどお喋りをしながら食べれるのもよかった。
「未羽っ、悪いけどいますぐご飯を作ってくれないかっ?」
「そ、それはいいですけど……」
だからこそいきなりこうなったのはちょっと驚いた。
まだ満里もいるから少し気恥ずかしくもあるけどいつもお世話になっているからささっと作ってしまうことに。
ちなみに薄情と言われるかもしれないものの、母の帰宅時間を考えてご飯を作って置いておくようなことはしていなかった。
……何気にそれも作る気が失せてしまった原因にもなっているからだ。
「お、というか堤もいたのか」
「いまさらですか? 本当に未羽しか意識してないんですね」
「まあそこは妹の娘だからな……」
隆介君は頭を掻きつつ「そうでもなければこんなこと頼んだら大事になるだろ?」と。
確かに全く関係のない女子生徒のお家に入っていたら大事になると思う。
「未羽と仲良くしてくれてありがとな」
「誰かに言われたからとしているわけではありませんから」
「それでもだよ」
「……まあそれは単純に未羽が魅力的だからですよ」
「未羽が魅力的か、そんなことを言う人間は初めて見たな」
そもそもの話、全く会話すらできていなかったんだからそんなの当たり前だよね。
寧ろ全く関わったことがないのに魅力的だとか言ってくる人がいたとしたら普通に怖い。
そういう点では原田君は怖い対象になるのかな……?
「はい、できました」
「ありがとなっ、いただきますっ」
ところで急にどうしたんだろうか?
私に頼むことが意外と言うよりも、誰かに作ってくれと頼むことが意外だった。
「で、どうして未羽に頼んだんです?」
「……なんかご飯を作る気にならなくてな……」
「それで女生徒の家に来るんですね」
「……許してくれ」
「ま、未羽が別に気にしていなさそうですからいいんじゃないですか」
それとは別に驚いたことがある。
「満里って敬語使えるんだ――」
「はあ!? あんた私のこと馬鹿にしてんのっ?」
「ち、違う違うっ」
口にしてからかなり反省した。
隆介君もうわあ……という目で見てきているし。
「大体ね、あんたがいる前で新井先生とか他の先生相手にも敬語だったでしょうがっ」
「そ、そうだったねっ、ごめん……」
「許さないっ」
「わあ!?」
それなりに重いはずなのに全く関係ないとばかりに持ち上げられてしまった。
彼女がいきなり手を離せば一気に落ちるから怖くて仕方がない。
「まあまあ、許してやってくれ」
「大体、新井先生が優しくしすぎたせいじゃないですか? それのせいで他者とも関わろうとしないでひとりぼっちになっていたんですから」
「「うっ」」
ひ、ひとりでいたのは隆介君云々ではなく勇気が出なかったからで……。
幼小中時代は隆介君のいない学校で過ごしてきたんだからそれは分かってもらえるはず。
「優しくできるのはいいことだと思います、妹さんの娘さんだということで心配になるのも当然のことだと思います。それでもですね、甘やかしてばかりでは駄目なんですよ」
「でもほら、最近は未羽本人が頑張ろうとしてくれているわけで――」
「もっと前からそう意識して動いていけないといけないんですよ」
き、厳しい……。
あと、そうでなくてもいまは遠い存在なんだからこれ以上はやめてほしかった。
それに隆介君はなにも悪くない。
甘えすぎてばっかりいたこちらが悪いのだ。
「満里、もうやめて」
「あんたもあんたよ」
「分かってるっ、……全部私が悪いだけなんだから」
だから責めるのはやめてあげてほしい。
責めたいならこちらを責めておけばいい。
私のことを考えて行動してくれていたのにこれではあんまりだろう。
「……分かったわ、今日はもう帰るから」
「送るよ」
「いいわよ、それじゃあまた明日ね」
彼女は出ていってしまったから仕方がなく鍵を閉めてリビングに戻ってきた。
なんか固まってしまっている隆介君がいたから気にしないでと言っておく。
「……美味しかったぜ」
「はい、食べてくれてありがとうございました」
「当たり前だろ。……それじゃあ」
「はい、気をつけてくださいね」
鍵を閉めたら玄関のところでしゃがみこんだ。
……さっきのあれで満里はもう二度と来てくれなくなるかもしれない。
そうなったらまたひとりぼっちの生活に戻る。
しかも隆介君といられない状態でのひとりぼっち状態だ。
「はぁ、憂鬱だ」
どうなるのかなんて分からないからとにかく洗い物をしてお風呂に入った。
初めて学校に行きたくないという気持ちになったのだった。
「未羽、おはよ」
「えっ、あ、……おはようございます」
「うん」
……それでもまた同じようなことにならないように敬語に戻した。
それだけで違うところに行ってしまったから多分これでいいんだ。
「橘さん」
「あ、原田君」
「今日はどうしたの? なんかいつものふたりらしくないけど」
私達をいつも監視――観察している彼ならそりゃ分かるかと納得するしかなかった。
さすがにまとっている空気があからさますぎる。
「ちょっと喧嘩みたいになってしまったかもしれません」
「そうなんだ? うーん、一緒にいる時間も短いから仕方がない面もあるのかもね」
それでも昨日のことを間違っているとは思えなかった。
もういまとなっては隆介君が責められなくて済んだということで満足できる。
これで嫌われてしまってもそれぐらいの仲だったということで片付けるしかない。
「偉そうかもしれないけどそれなら僕が行くよ」
「……来てくれるんですか?」
「うん。あ、ここだけの話なんだけどね?」
彼は顔を近づけてきて「残念ながら橘さん達といられないとひとりぼっちなんだよ」と教えてくれた。
確かに彼が他の誰かといるところは見たことがない。
ただ、私達といるときは常に柔らかい笑みを浮かべてくれているからひとりぼっちという感じがしないのも確かだった。
「ちょっと廊下に行こうか」
「はい、分かりました」
冬というのもあって廊下は普通に冷えていた。
それでも原田君がいてくれていることで授業中と同じような気持ちにならなくていいのはいいことだとしか言いようがない。
「仲直りした方がいいよ」
「……ですよね」
「うん、だって堤さんといるときの橘さんは楽しそうだったから」
確かに私は満里を信用して動いていた。
離れられたときのことを考えないときはなかったものの、満里がいてくれているときはきちんと優先して動けていたと思う。
「おい」
えっ、と後ろを振り向いてみたらそこに満里がいた。
足音とか全く聞こえていなかったからかなり驚いた。
私に怒っている……のかな?
「なに勝手に連れ出してんの?」
「気分転換をしてもらおうと思ってね、あのままだったらもしかしたら授業中のそれに耐えられなかったかもしれないし」
「ふーん、未羽のことを考えての行動なんだ」
「当たり前だよ」
私に怒っているのもあるし、原田君になにかを言いたい気持ちもあるというところか。
こうなったら昨日みたいにならないように黙っているのが一番だろう。
敬語に戻したからまた同じようになるとは思えないけど。
「変なことをしたら怒るからね? 新井先生からも頼まれているんだから」
「えっ」
「ん?」
「……それって本当なんですか?」
「いや? でも、私みたいな人間が必要だときっと思っているはずよ」
隆介君からしたら私が誰かといられた方がいいと考えてくれているはず。
満里はぐいぐいと引っ張ってくれる存在だから私に必要なのは確かに彼女みたいな存在だと言える。
「ということで原田、未羽は貰っていくから」
「うん、きみ達ふたりが仲良さそうにしていてくれればそれでいいよ」
「ふん」
意外と相性は悪くない気がする。
少しだけ素直じゃなさそうな満里と、素直で真っ直ぐな原田君。
悪く言われても笑って流せる余裕があるし、うん、女の子的には彼みたいな子はいいのではないだろうか。
「わっ、な、なんですかっ?」
壁に押さえつけたところでメリットなんかなにもない。
それどころか私に触れることになるわけだからデメリットだけだろう。
「敬語はやめなさいって言ったわよね?」
「……でも、昨日は嫌な気持ちにさせてしまったので」
「勝手に私のことを決めつけるな、嫌な気持ちになったのなら話しかけないわよ」
彼女はこちらを睨みつけつつ再度「敬語はやめろ」と。
「あとね、あんたは原田のことを簡単に信用しすぎ」
「……でも、私になにかをするとは思えないし……」
「甘い、あのままふたりきりだったらがばっといかれていたかもしれないのよ?」
本当にそうだろうか?
満里と仲直りした方がいいと言ってくれていたぐらいだった。
……満里は優しいけど少しだけ悪く考えすぎるところがあるのかもしれない。
「……私にも優しくしてくれる人を悪く言いたくないし、考えたくないよ」
「まあ……そうね、でも、気をつけないと……」
「うん、それは分かってるよ」
彼女はこちらを押さえつけるのをやめてひとつ息を吐いた。
こちらも少しだけほっとしたのもあったからこれでよかった……かな?
「新井先生はだらしない私のせいでああするしかなかっただけだから」
「……分かったわよ」
「原田君だって私がひとりだと潰れそうになっていたから話しかけてくれていただけだよ」
怖いけど悪く言うならこちらを悪く言っておけばいい。
学校に行きたくないとは思っても行かなかったことはないんだからそれでね。
「ねえ」
「なによ?」
「満里は原田君のことが気になっていたりとか……」
調子に乗るのはあれだけどこういうのは友達らしい会話だと思うんだ。
というか、これまで一度もこういう話をしてこられなかったから少しだけテンションが上っている自分がいる。
「気になっていたらもっと一緒にいようとするでしょ」
「でも、新井先生相手にはそうしていないからさ」
そこが少し意外だった。
でも、意外性の塊みたいな存在だからおかしくはないのかもしれない。
ただ、初対面の私にあそこまで自分の意見をぶつけられたんだから相手が教師だろうとお構いなしに行けると考えていたんだけどな。
「それは相手が教師だからよ、それに……」
「え?」
「……なんでもないわ」
彼女はつまらないといったような顔になって黙ってしまった。
「話は終わったかな?」
「あんたって本当にストーカーね」
「気になるんだよ、橘さんのことなら同じクラスだから特にね」
私がしっかりすれば原田君や満里の時間を無駄に消費させなくて済む。
隆介君だってこれまで以上に安心できるだろうし、私のことで時間を無駄にしなくて済むわけだから満足してくれるはず。
それでも離れるとか極端なことはせずに、静かにやっていこうと決めた。
とりあえずは授業中に慣れることから始めよう。
集中力がそれなりにあってもそれで引っかかっていたからね。
直せたら間違いなくいい方へ傾くから最初の努力として必要な行為だった。
「橘さん、嫌なことはちゃんと嫌だと言わなければ駄目だよ?」
「はい、それは大丈夫です」
だって昨日ちゃんと言えた。
あのときは後悔したけど、間違ってないっていまならそう思えているから。
「ならいいね、あとはもっと一緒にいるべきだと思う。そうすれば新井先生もきっと安心できるだろうからさ」
「はい、心配してくれてありがとうございます」
「ううん、寧ろ嫌がらず相手をしてくれてありがとう」
最初は少しだけそれに触れていたけど……。
ま、まあ、いまはそのように接していないんだから問題もないはずで。
「わぷっ」
「あんたに未羽はあげないわ」
満里は結構誰かに触れたい性格なのかもしれない。
本人曰くひとりぼっちらしいけど、……友達ができたら普通にするんだろうな。
「そういうつもりで近づいているわけじゃないよ、僕に橘さんはもったいなさすぎるし」
「ふーん、ちゃんと分かっているじゃない」
「当たり前だよ、近くに新井先生がいる時点で勝ち目がないしね」
私からすれば隆介君は魅力的な塊だった。
面倒くさいとか言っておきながらもちゃんと相手をしてくれるし、心配してくれるし、ご飯とかだって上手に作れるし、格好いい先生だし。
顔も普通に見惚れてしまえるぐらい……かなと。
「現実って残酷よねえ……」
「でも、なんでも叶ったらつまらないでしょ?」
「んー、それでも叶わないことが多すぎるよりいいじゃない?」
「僕は特に不満を抱いたことはないかな、けど、堤さんが悪いわけじゃないよ? そうやってなにかを求めて動けることは素晴らしいことだからね」
「ふっ、私は欲深い生き物だからね」
「それでいいんだよ」
私もそれでいいと思う。
なんにも求めずに生きているなんて生きているとは言えない気がするから。
その後もふたりが楽しそうに会話しているところを見ることに専念した。
やはりというか相性がいいようにしか見えなかったのだった。
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