第十七話 食いしん坊の氷帝
「おい、大丈夫か?」
俺は地面にうつ伏せの状態で倒れている少女の頬をペチペチと叩きながら覚醒を促す。だが、いまだに返事はない。
「どうしたもんか、このまま運んで検問のところに届けるか?」
「うーん、それだと対応してくれないかもしれないわね。検問の場所ってあくまで検問だけやることになってるのよ。そういうトラブルとかは全部騎士団や魔法師団なんかに丸投げ状態。だからそこに預けても置いておくだけで何も対応されないかもしれないわ」
「それは流石に可哀想だな。せめて目を覚ましてくれれば」
俺は地面でうつ伏せになって倒れている少女を改めて見る。肩口で切り揃えられた粉雪のような白銀の髪。そして身に纏う黒色のローブがそれを一層際立たせている。体格はおそらく華奢なような気がする。ローブで体はすっぽり覆われており、手足はローブの袖によって隠されていた。だが足はローブで隠れておらず、細い足首が見え隠れしていた。
俺は困ってリルの方を見るが、リルもリルでお手上げといった感じで両手をあげて首を振っていた。
「ん...」
そうやってどうしようかと悩んでいると、不意に苦しそうな声が下から聞こえてきた。
「お?意識を取り戻したのか?」
俺は少女をうつ伏せの状態から仰向けにする。すると、少女はゆっくりと瞼を開いた。
「気が付いたか」
俺がそう声をかけると、少女は翡翠色の瞳をただじっとこちらに向けるだけだった。
「おい、気が付いたなら何か言ったらどうだ?それじゃあ何して欲しいかわからんぞ」
俺は少女の瞳を真っ直ぐ見つめて言う。少女の口は微かにピクリと動く。だが、喋ろうとしてもなかなか力が出ないようだ。
「た...い...た...」
「ん?なんだ?辛ければ地面に字を書いて伝えてくれてもいいぞ?」
俺がそう指示すると、また少女はうつ伏せの状態になり、指を地面に這わせ始めた。第三者が見れば殺人現場と見間違える可能性もあるような感じだった。
少女はゆっくりとだが、確実に一文字一文字地面に書いていく。
俺はそれを声に出して読んでいく。
「えーっと、お・な・か・す・い・た。腹減ってるだけじゃねぇか!」
俺は思わず大きな声を出してしまった。
「ちょっと、お腹が空いてるっていってもそれは辛いことよ?もうちょっと労ってやりなさいよ」
「あぁ、悪い。少し取り乱した」
俺は深呼吸してから心を落ち着かせる。
「それで、お腹が空いたんだな?」
俺がそう問いかけると、うつ伏せのままゆっくりと頷いた。
「はぁ、しょうがない。街まで俺が背負っ行くからそこでなんか食わせてやるよ」
「あんた、私たちの所持金もうなくなりそうなのよ?」
「見捨てるわけにもいかないだろ」
「それもそうね」
俺とリルは2人同時に頷き、俺は少女を背負って街に入っていった。
☆
現在時刻は夕方の五時を回ったところ。一般家庭ならそろそろ夕飯でもおかしくない時間だ。そんな時間帯に俺たちは冒険者ギルドの酒場へと来ていた。ここは量が多く、そして安いことで有名だ。味に関してはまあ普通といったところだろう。不味くはない。だからとりあえずコスパ目当てでここに来たのだが...。
「これ、私たちの財布
「はっはっは、空だったらいいよな。このままいけば最悪借金だぜ?」
俺とリルは目の前で勢いよく食べまくっている銀髪の少女を見る。目の前にはすでに食べ終えた皿が何十枚も重なっていた。その体のどこにそんなに入っているのだろうか?
リルは隣で財布の中身を確認して涙目になっていた。俺もそれを確認すると、天を仰ぐ。
「ん、ごちそうさま」
少女はぱちっと両手を合わせて食べ終えたことを合図した。
「あぁ、そんだけいい食いっぷりだと見てるこっちも気持ちいいよ。はっはっは!」
ダメだ、乾いた笑いしか出ないわ。
「ん、助かった。ありがと。あのままだと飢え死にしてた」
「それで、まず名前から聞いてもいいか?ちなみに俺はリアム、こっちの魔族の子がリルな」
「ん、よろしく」
少女は一口水を含んでから口を開いた。
「私はシルヴァ。よろしく」
「あぁ、よろしくな」
俺とシルヴァは固い握手を交わす。
「それで、どれだけの間飯食ってなかったんだ?身なりを見る限り、そこまでお金に困ってるようには見えないけど」
シルヴァは眠そうな表情で俺の体に答える。
「んー、昨日の夜に食べたのが最後だから。今日の朝と昼を抜いた感じ?」
「いや、俺に聞かれても困るし。てかそれしか抜いてないのに倒れてたのかよ!」
「ん、魔力を使いすぎた」
「ん?魔力を?」
「ん、そう」
そこで俺たちの会話は途切れた。どうやらシルヴァはあまり言葉数が多い人ではないらしい。
「なぁ、リル。魔力を使いすぎると腹が減るもんなのか?」
リルは水をちびちび飲みながら小さく頷いた。
「まぁそうね。人によるけどそういう人もいるみたいよ。でも基本は頭痛や吐き気、倦怠感、ひどい時は気絶なんてこともあるわね」
「うっわ、それはやばいな。戦闘中に気絶なんてしたら一巻の終わりじゃねぇか。だとすると空腹になるっていうのはいい方なのか?」
リルはすぐに首を横に振った。
「そうとも限らないわ。仮にだけど、魔力を使いすぎるたびに空腹で倒れてたらそれこそ気絶してるのと何ら変わらないわ」
「確かに」
「いや、なんでシルヴァが納得したような表情で頷いてるんだよ」
俺は深いため息を吐く。なんかシルヴァがいると話の調子が狂う気がする。
リルはそんな俺を見て、ぷぷっと笑いを漏らす。
「ねぇ、今どんな気持ち?いつも私はそんな気持ちになってたのよ?やっとわかった?」
うわ、うぜぇ。
俺は目を細めてリルを睨んだ後、またシルヴァに向き直った。
「それで、目的地はここでよかったのか?なんかあそこで倒れてたっぽいし」
シルヴァは微妙な表情で頷いた。
「確かに目的地はここ?だけど。んー、リアムとリルのところが目的地?」
「ん?どう言うことだ、それは」
「んー、難しい」
「そうか、まあそれはいいか」
俺は水を一口含む。
「あ、それじゃあ何かやることとかあるの?ないなら今日食べた分くらいの働きを私たちのパーティーでしてもらいたいんだけど」
リルは相当根に持っているのか、残り少なくなった財布の中身を見せながらシルヴァに迫っていた。
「ん、それは問題ない。私は借りは返す女。最初からそのつもりだった」
「そう!それなら決まりね!改めてよろしく」
「ん、よろしく」
シルヴァとリルはお互い握手する。
「それで、パーティーに入るのはいいけどシルヴァのランクは?」
俺は今1番気になっていることを聞いた。だがシルヴァは首を傾げるだけでランクを答えようとはしなかった。
「えーっと、もしかして冒険者じゃない?」
俺がそう問いかけると、コクリと頷いた。
「そっか、まあいいか。明日登録して、それから一緒に仕事って感じでもいいか?」
「ん、了解。あ、あと言い忘れてたけど私氷帝」
俺たちの間を沈黙が支配した。それも長い長い沈黙が。
「え?今なんて言ったのよ。私の聞き間違いじゃ「私氷帝」」
「人の話は最後まで聞きなさいよ!」
リルは机を思い切り叩いて立ち上がった。シルヴァは呑気に自分の腕についているブレスレットをツンツンと突いていた。
それは俺のつけているブレスレットの色違いで、俺が真っ赤に燃える赤ならば、シルヴァのは全てを凍てつかせる白といったところだろう。
「まぁいいや。今日は疲れたからもう休みたい。その件も含めて全部明日やろうか」
「賛成、ちょっと突っ込むのも疲れてきたからよかったわ」
俺たちは無言で席を立つと、酒場を後にしたのだった。
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ここまで読んでくださり、ありがとうございます。また、フォロー、応援、★をくださり、誠にありがとうございます!作者の励みになっております。
今回は一点お伝えすることがあります。簡単に言えば日曜日は投稿休みということです。もしかするとまたその辺の話をするかもしれませんが、今はとりあえず日曜日休みでそれ以外は投稿という感じで頑張っていきますので、引き続きこの作品をよろしくお願いします。
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