第十六話 穴兎と見知らぬ少女
「それで、これから依頼を受けるの?」
「その方が良くないか?」
俺は掲示板を眺めながらリルの問いに答える。
掲示板には無数の依頼者が張り出されており、どれをとればいいか迷う。だが、そのどれもに共通して言えることは、報酬と内容が釣り合っていないということだ。簡単に言えば難しい依頼に対して報酬が少なすぎる。用は売れ残りというやつだ。
「これ、正直どれも微妙なんだけど」
「それは同感だな。でも依頼を受けるためにここに来たんだろ?それなら受けなきゃいけなくないか?」
「そんなことはわかってるのよ。あーあ、魔王もランクの例外に入ってれば今頃大金をガッポリ稼いでウハウハ生活まっしぐらだったのに」
リルは両手をにぎにぎしている。そして表情はだらしなく蕩けきっていた。おそらくさっき言ったことでも想像しているのだろう。それは置いといて。
「早く決めないと周りの人に迷惑かかりそうだな」
リルはハッとして妄想世界から帰ってきた。
「そうね、早く依頼を決めましょう」
リルは人差し指を立てて一枚一枚高速で目を通していく。だが、その指は依頼書を通過するばかりで止まる気配はない。
それから数秒後、リルは『あぁ、もう!』と言って適当な依頼を引ったくった。
「これでいいわ。こんなゴミしかない依頼書からバカ真面目に選ぶのがバカらしくなってきたわ!」
「おいおい、ぶっちゃけすぎだろ。てかランクの方は大丈夫なのか?」
「そこはちゃんと見て決めたわよ。依頼内容は見てないけど」
そう言ってリルは依頼書に書いてある推定受注ランクのところを指さしてくる。
『 依頼書 』
《推定受注ランク》 Eランク以上
報酬 1000ゴールド
失敗の際のペナルティ なし
「穴兎ってなんだ?俺よく知らないんだけど」
リルは顎に人差し指と親指を当てて考え始める。
「うーん、確かその名の通りだったと思うわ。自分で穴を掘ってそこに生息している魔物で、主に虫を食べているんだとか。確かそんな感じ」
「なるほど、それなら簡単そうだよな」
「そうね、適当に取ったにしてはなかなかいい依頼を手にしたわ。さすが私!」
そう思っている時期もありました。
☆
俺たちは依頼を受注して、街の外へと出ていたのだが...。
「おいおい、これやばくないか?これが最低ランクの依頼?バカ言え、最高ランクの間違いじゃないか?」
「えぇ、これは当たりなんかじゃないわ。ハズレの依頼を引いたようね。それも大ハズレ。てか、なんで受付嬢はこのことを教えなかったのよ!」
「いや、受付嬢も俺たちがこの依頼を持っていった時、なんか表情が暗かったような気がしたんだが。もしかすると俺たちを憐んでいたのかもしれないな」
「そんな暇あったらこのことを教えなさいよ!」
そう言ってリルは当たり一面を指さす。そこには無数の穴が空いていた。街道の脇には数個の穴があり、そして至る所の木の根の部分にも穴が空いていた。そして終いには草が生い茂る野原にも無数に穴があった。一体どれだけの穴兎がいるというのだろうか。そもそも穴兎の討伐方法を知らない俺たちからしてみれば、この光景はただの地獄でしかなかった。
「とりあえず一体討伐することを目標にしてみないか?」
「そうね、そうしましょう。それで、何か案はあるかしら?ちなみに私はあるのだけれど」
俺は感心して『ほぉ』と声を漏らしてしまった。
「それで、その作戦とは?」
リルは不敵な笑みを浮かべる。
「穴の前に餌である虫を置くことよ!」
「...。え?それだけ?」
「そうよ!」
自信満々に言ったその作戦だが、あまりにも無理がある。
「おいおい、この穴の数見てから言えよな。2人係で穴の前に虫を設置したとしても日が暮れるのは確定だぞ?」
「あら?やるのはリアム1人よ。だって私虫触れないもん」
「じゃあそんな提案するんじゃねぇよ!」
俺は呆れて深いため息を吐いた。それから俺たちは足りない頭を必死に悩ませて作戦を考える。一つ作戦が上がると、結局それはダメだという話になる。それを繰り返しているうちにどんどん日が傾いていってしまっている。
「ねぇ、リアム。この辺を焼け野原にしない?そうすれば簡単に討伐できるでしょ?」
「流石にそれはないだろ。てか他国の領土ならお構いなしかよ」
俺はまたため息を吐いた。リルはもはや考えるのが嫌になったのか、さっきからこんなことしか言っていない。いや、待てよ。焼け野原か。それは確かにありかもしれない。
「リル、焼け野原で思ったんだけどさ。穴兎の特徴っていうか、習性をもう一度聞いてもいいか?」
「えぇ、いいけど」
リルはゴホンと咳払いしてから話し始める。
「穴兎は主に虫を食べて生活しているの、そして魔物では珍しいのだけど集団で生活しているわ。だから一つ穴があれば最低でも数十個は他にも穴があるとみた方がいいとさえ言われているわね。あとは各穴が実は地中で繋がっているっていう点かしら。多分それくらいよ」
ふむ、やはりな。最後の地中で各穴が繋がっているというところが今回重要だと思った。最初にリルの提案した虫を穴の前に置くという作戦だが、それはあまりにも時間がかかるし、奴らは穴の中で暮らしている。地中で生活していれば、ミミズの一匹や二匹いてもおかしくない。それだとそもそもこちらの誘いにはのならないだろう。だが、その地中に生息しているという特性と各穴が繋がっているというところに着目して作戦を立てれば今回は案外楽に決着がつくかもしれない。
俺は人差し指を立てて自分の作戦を説明する。
「今回の作戦だが、さっきのリルの焼け野原にすればいいという発言からいいことを思いついた」
「なに?また変なことじゃないでしょうね。もう私疲れたから早く終わらせて」
リルはぐったりした表情で俺の方を見ている。もはや俺の話は右耳から入って左耳から抜けているかもしれないが、それでも俺は話を続ける。
「穴兎は集団で生活していて、尚且つその全ての穴が繋がっているんだろ?」
「えぇ、そうね。それで?」
俺は地面をトントンとつま先で踏む。
「用はその穴から大量の炎を入れてしまえば一気に討伐可能ってわけだ。どうだ?いい作戦じゃないか?」
俺の作戦を聞いたリルは表情をパァッと輝かせる。
「いいわね、それで行きましょう!」
俺は一つ頷くと、近場の穴の中に右手を入れる。そして、その手に魔力を集中させる。
「『紅炎展開:
俺の手から夥しい量の炎が穴の中へと注がれていく。耳をすませば至る所の穴から動物の鳴き声のようなものが聞こえて来る。どうやら作戦はうまくいっているようだ。
それから数秒すると、辺りはシーンッと静まり返った。微かにパチパチと炎が燃え盛る音がするが、まあ気にしなくていいだろう。
「これで討伐完了だな!」
「えぇ、そうね!それで、討伐証明部位はどうやって取り出すのかしら?」
「あ?」
「え?」
俺とリルの間を沈黙が支配する。お互い顔を見合わせたまま動くことはなかった。そして、リルは段々と涙目になりながら肩をプルプルと震わせ始めた。
あ、これやばいやつじゃん。
「これじゃあ依頼失敗になっちゃうじゃない!どうするのよ!」
「そんなこと言われても、この作戦でいいって言ったのはリルじゃん」
「まさか討伐部位の確保を考えてないだなんて思わないじゃない!」
「俺はリルが疲れたような顔してたから早く依頼を終わらせてあげようっていう善意で提案したんだぞ?それなのに文句しか言わないのかよ!じゃあ自分でやればよかったじゃん!」
「なによ!後先考えないで行動するリアムが悪いんじゃない!あーあ、炎帝と魔王が揃って最低ランクの依頼失敗とか笑い話にもならないわよ」
俺とリルはその後もあーだこーだと言い合いをしていたが、疲れてお互い言い合いをやめた。
「はぁ、馬鹿らしい。とりあえず受付嬢に相談するか」
「そうね。もしかしたら話を聞いてくれるかもしれないし」
俺たちは重い足取りで街へと戻っていった。だが、その途中であるものを発見する。
「なぁ、あれ人じゃないか?」
「は?なにが?」
「いや、だからあそこに倒れてるのだって」
俺は約二十メートル先に倒れているものを指さす。それをリルは目を細めて見ている。
「確かに、人っぽいわね。それも女性かしら?とりあえずそこまで行きましょうか」
「あぁ、そうだな」
俺とリルは女性が倒れているであろう場所まで少し早歩き気味で向かっていったのだった。
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