第五話 卒業試験は突然に

 あれから約二年が経過した。その間俺はひたすら師匠にしごかれ、鍛え上げられた。もともとそこそこ強かったが、例えるならただ単に大きな力でぶん殴っていただけだ。今は前とは違い、魔力を細かく調節し、敵を殲滅することができるようになった。無駄に魔力を消費すると長期戦になると後々魔法が使えなくなってしまうというデメリットがある。というか無駄に魔力を使ってメリットなんて一つもなかった。この二年間鍛え上げられたのが、なにも魔法だけではない。もちろん知識も師匠からしっかり譲り受けたし、体術に関しても前とは比べものにならないほど強くなったと言ってもいい。そんなこんなで気がつけば二年が経とうとしていた。俺が炎帝の称号を引き継ぐのももう時間の問題だろう。


 そしてある日、俺は店主魔王のいる大きな部屋へと呼び出されていた。まあこの二年でこの自称玉座の間に入るのも多かったといえる。といっても、その用事のほとんどがリルとの暇つぶしだった。チェスをやろうと言われたり、トランプをやろうなんて言われたりと本当にくだらないことばかりだった。だが、そのどれもがとても面白く、気がつけばそんな日々を楽しみにしている自分がいた。今回もどうせ遊びの誘いだろうと軽い気持ちで玉座の間に入ったが、どう見てもいつもと様子が違った。リルは玉座の肘当てに肘をついてこちらを見下ろしている。そしてその下にはこの国の重鎮と思われる者たちが左右に分かれて列を作っていた。どうやら俺はこの間を歩いてリルの前に行かなければならないらしい。


 俺は左右の重鎮たちに軽く会釈しながらリルの前に行く。


「よく来た、リアムよ!」


 リルはいつもの口調と違い、威厳のある口調で話し始めた。俺はただ黙って次の言葉を待つ。


「お主に直接依頼を出したい。そのため、この玉座の間へと呼んだのだ」


 俺はとりあえず依頼内容を聞いてみた。聞いてみなきゃ始まらないからな。


 すると、リルは玉座から勢いよく立ち上がり、手を前にバッと勢いよく出した。


「お主にはこの地に舞い降りた邪竜の討伐を依頼する!」


 リルがそう宣言すると、周りから「おぉ」という声が聞こえてきた。


「それで、その邪竜とかいうのはどこにいるんだ?まあなんとなくわかるんだけどさ」


 俺はとりあえず正確な位置を聞くことにする。なんだかんだ言ってこの地には似たような反応がいくつもある。だから誰が邪竜の反応なのかわからないのだ。


「ふーん、リアムなら邪竜の反応くらい掴めてると思ったんだけど。まあいいわ、とりあえず位置としてはここから西の方向の森の奥、そこの洞窟に邪竜がいると考えられてるわ。というかこの邪悪で強力な反応は邪竜以外考えられないわね」


 おいおいそれでいいのか、素が出てるぞ。大丈夫かよ、自称魔王様は。


 俺は首を振ってとりあえず気持ちを切り替える。


「わかった、それじゃあ今から行ってくる」


 俺はそれだけ言うと、玉座の間を後にしようと扉に向かって歩く。だが、そこで待ったの声がかかる。


「んだよ、爺さん。今から強力な敵と戦いに行くんだから気を削ぐようなことは言わないでくれよ」


 俺は扉の横から出て来た師匠を呆れた顔でみる。だが、爺さんはいつものふざけた顔ではなく、真面目な顔をしていた。俺はそれがわかると改めて気を引き締める。


「リアムよ。お主のことをこの二年間鍛え上げて来た。そして、お主はわしの想像をも超える力を手にした。じゃから今回のこの依頼はお主の卒業試験とする」


「卒業試験?」


 俺は眉間に皺を寄せて爺さんに聞き返す。


「そうじゃ、この邪竜と呼ばれてる魔物を見事討伐に成功したならば、わしからはもう教えることはない。そして、その時をもってお主に炎帝の称号を引き継ぐ」


 俺の喉がゴクリと音を鳴らす。


「わかった、師匠。今回の依頼、全力で受けさせてもらう」


「ほっほっほ、卒業試験でなくとも依頼は全力で挑んで欲しいものじゃが、まあいいじゃろう。お主の力、この地の者、いや、この世界に見せつけてやれ!」


「おう!」

 

 俺は強い足取りで師匠の横を通り過ぎていく。


「くれぐれもこの国を滅ぼさんでくれよ、リアムよ」


 俺が師匠からそこそこ距離が離れたあたりでそんな言葉が聞こえて来たが、きっと気のせいだろう。だって俺は今から邪竜を討伐するのであって、この国を滅ぼすのではないのだから。むしろ今からこの国を救うのだ。


 俺は窓枠に手をかけ、勢いよく外へと飛び出したのだった。




【玉座の間】


「はぁ、本当にリアムにこの件を任せて大丈夫だったかしら」


 私は深いため息を吐く。私の前ではボケ老人がゲラゲラと笑っている。他の家臣たちはみんな慌てて動き回っている。おそらく邪竜とリアムの戦いの後の処理へと動いているのだろう。


「なんじゃ、リアムが負けると思っているのか?あんな喋るトカゲ如きに」


 ボケ老人は私をニヤニヤとした表情で見てくる。あぁ、もう!その顔すごいイラつく!


「そんなわけないじゃない!あんたも最後に言っていたでしょ!それについて危惧しているのよ」


「ん?この国を滅ぼすということにかね?」


「そうよ!他に何があるっていうのよ!」


 そう、私はこの国が滅ばされないか心配でならない。リアムの手によって。他の家臣たちもそうだ。リアムの実力を知る者しかここにらいないから焦って動いているのだ。あの化け物が本気を出すと言った。実際そんなことになればこの辺一体は炎の海となってしまうだろう。


「はぁ、もうやだ。どうして炎帝はいつもいつも頭のおかしい奴らがなるのよ。少しは他の七帝を見習ったらどうなのよ」


「ほっほっほ、わしはともかくあやつはまだ炎帝ではない。だから見習う相手が師匠であるわししかいないんじゃよ。それに、七帝になる奴らは大抵どっかのネジが外れとる奴らばかりじゃよ」


 ボケ老人は楽しそうに笑っている。こっちは気が気でないっていうのに。


「まあいいわ、後のことなんて後の自分に任せて仕舞えばいいのよ」


 私は諦めて玉座に深く腰をかけたのだった。


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