第三話 知らぬ間に引き継がれている常識(師匠流)
「ふーむ、やはりここの宿屋は他とはひと味違うのぉ」
「とうとうボケたか、この爺さん」
漆黒の城が俺たちの前に
「ほっほっほ、検問とはなんじゃ?そんなものこの国にはないのじゃよ」
「あんたほんと大丈夫か?さっき並んでただろ?魔族の人たちが。てか本当に大丈夫なのかよ」
爺さんはうんうんと頷く。
「わしの記憶が正しければここの国で検問とやらをされた覚えはないのぉ」
「されたことに気がついてないだけじゃないの?」
爺さんはほっほっほと、独特の笑い方をして俺の言葉をスルーした。
「そんなことよりも早く宿へ行こう。野宿続きでもう足腰がバッキバキじゃよ」
「この一瞬で俺の中の常識もバッキバキだよ」
爺さんはそれを聞くと、『新しいギャグかね?』なんて呟いていた。
俺もうこの人のこと修行の時以外信用できないんだけど。
「ほら、そんなところで立ってないで早くいくぞ」
「あぁ、もう!俺は知らないからな!」
俺は小走りでその背を追いかけた。
★
城門にいた門兵に挨拶をすると、あっさりと通してくれた。みんなこの爺さんにペコペコと頭を下げていた。いったいこの爺さんは何者なんだ?
ていうか今どこへ向かっているのだろうか。廊下は赤い絨毯が引かれており、埃一つ落ちていない。壁には高そうな絵画が等間隔で飾られている。また、花瓶を置いているからだろうか。歩いていると花の香りがする。つまり何が言いたいかって?めちゃくちゃやばいってことが言いたいんだよ。
そんな中、爺さんは鼻歌を歌いながら迷いのない足取りでどんどん進んでしまう。こっちはうっかり花瓶を倒したり、絵画を汚さないかで心配だっていうのに。
「ほら、ついたぞ。ここに今日泊まる宿屋の店主がおる。挨拶はしとかなきゃいかんからな」
そう言って爺さんが足を止めたところは真っ赤に染まった重厚な扉の前だった。高さは三メートルは軽くあると思われる。
「てか、え?ちょっと待って?ここに店主がいるの?国王の間違いじゃない?」
「ほれ、早くいくぞ」
「え、あ、ちょ、待って!」
俺の言葉を軽く無視して扉を開ける。ギギギと鈍い音をしながらゆっくりと扉が開けられる。数秒すると、両開きのその扉は左右に大きく開け放たれた。
「うわぁ、すご。これが宿屋の店主がいる部屋なのかぁ」
少し現実逃避がしたくなった。だってそうだろう。扉からまっすぐ続く赤い絨毯を追っていくと、少し長めの階段がある。その上には一際豪華な椅子に腰掛ける魔族の少女の姿があったのだから。
少女は俺たちが部屋に入ると、ムッとした表情になり、玉座と思われるところからこちらに向かって歩いてきた。
「なによ、ボケ老人。ボケてまた魔王城に入ってきたのかしら?」
少女は腰に手を当てながらこちらに向かってくる。
改めて見てもすごい綺麗な人だと思う。見た
その少女は少し小柄だが、闇を全て飲み込んだような漆黒の髪を腰ほどまで伸ばしている。全体的に黒色の露出の多い服を着ているが、上にはこれまた黒色のローブを羽織っている。瞳は燃えるような赤い瞳で、見ているだけで吸い込まれそうになるような錯覚を覚える。
少女は爺さんを見た後、こちらを見てきた。
「あんた、見ない顔ね。このボケ老人とはどんな関係なの?」
少女は険しい表情のまま、俺へと問いかけてくる。ここで選択を間違えれば殺されるかもしれない。そう思ってしまうほどに少女から圧が発せられていた。
「俺はこの爺さんの弟子のリアム・ラストリアだ。世界一強くなる男だ」
少女は「ふーん」と言いながら俺の体を下から上へと見る。
「うん、あなたもそこそこ強いわね。流石ボケ老人が選んだだけはあるわ」
少女は再び爺さんへと視線を戻す。
「それで、今回はどういった要件でここに立ち寄ったの?」
爺さんは軽く笑いながら今回の経緯を話し始める。
「リアムをより強くするためにこの地を選んだのじゃよ。ここなら魔物も多いしな。特訓には打って付けなんじゃよ」
「そ、まあそれなら別にいいわ。たまにこちらから依頼を出すからそれさえこなしてくれればこの魔王城に泊まることを許可するわ」
「ほっほっほ、それは助かるわい。拒否されたらどうしようかと思ったのじゃ」
「こちらが拒否してもどうせききやしないくせに。この難聴ボケ老人が」
二人の雰囲気は険悪なものではないが、別に仲が良さそうというわけでもなさそうだ。爺さんはニコニコと笑みを浮かべているが、少女は鬱陶しそうにしている。
「てか俺爺さんのことも君のことも何も知らないんだけど。説明してくれない?てか弟子が師匠の名前とか素性知らないのはだいぶやばくない?」
俺は痺れを切らして二人に問いかける。とりあえず少女の素性だけでも知っておきたい。まあ爺さんは別にいいか。
そんなことを思っていると、爺さんがハッとして口を開いた。
「そうじゃった、そうじゃった。うっかりわしのことについて教えるのを忘れとったわい」
「それうっかりってレベルじゃないでしょーに。まあいいわ、とりあえずわたしから説明するわね。わたしの名前はリルリラ・ドゥルラム。この魔族の国の国王にして魔王城の主人よ!」
背後からバンッと効果音がしてきそうなほど胸を張るリルリラ。長いからリルでいいや。
「へぇ、リルはこの
「随分とフレンドリーなのね、リアムは。よろしくね。なんか私の言ったことを別の意味で理解していそうだけどまあいいわ。あなたがまともなことを願うわ」
俺とリルはがっしりと握手を交わす。
「それで、リアム。確かここにくるまでに結構強力な魔物とかいたと思うんだけど、大丈夫だったの?まあそこの爺さんがいるなら大丈夫だったと思うけどね」
俺は首を捻る。そこまでいうほどの強力な魔物なんていたかなぁ。いや、いなかった気がするな。
俺は素直にそんな魔物はいなかったと伝えた。すると、リルは信じられないといった表情をする。
「ねぇ、この国付近の森にはケルベロスがいたはずよ。確か大きくて黒い三つ首の狼だったような気がするわ」
「あぁ、それならいた気がするけどケルベロスではなかったぞ?」
「え、いや、そんなことはないはずよ。この付近の私が言った特徴の魔物はケルベロスしかいないもの」
あれ?おかしいな。俺が昔に聞いたことあるケルベロスはもっと凶悪だったと思うんだが。
「ねぇ、少し聞きたいのだけどいいかしら?」
「いいぞ、俺に答えられる範囲ならな」
リルはコホンッと咳払いをする。
「私の言った特徴と同じなのよね?」
「あぁ、そうだな」
「それで、攻撃とかされなかったの?」
俺はその時のことを思い出しながら話し始める。
「いや、攻撃ってよりも
俺がその時のことを思い出しながら話していると、リルがプルプルと震え始めた。
「やっぱり弟子のあんたもあんたでおかしいわよ!!」
リルは声を張り上げてそんなことを言っていたが、当の俺はというと全く心当たりがなかったのだった。
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