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同じ日の昼下がり、見覚えのある小型トラックが店の前に停まった。
いつもの若い衆が降りてきて、閉ざされたままのシャッターと貼り紙に、首を傾げる。
「……あれ?」
静枝は思わず地声で話しかけた。
「暑いのにご苦労さん、石山君」
しかし、なんの反応もない。田沼君と違って、そっち方向の感受性に乏しいのだろう。思えば名前そのものが、若大将対青大将である。よく見れば顔も、どことなく青年時代の田中邦衛に似ている。役者さん本人はいざ知らず、映画の青大将はニブチンなのである。
静枝は、つい、内蔵の音声データを再生した。
「ありがとうございました」
「わ」
何も買っていないのに礼を言われ、石山君は首を竦めたが、まさか横の自動販売機が店のおばちゃん自身であるとは思いもしない。静枝だって、そこまでは期待していない。
石山君は、スマホでどこかに連絡し始めた。
「もしもし――あ、どうも。俺です。はいはい、西エリア担当の石山です。えーと、駅前の山田洋品店さん、もう開いてるはずですよね。――はいはい――ええ、俺も二三日休むってのは聞いてたんですけど、あの電話、もう一週間も前の話ですよね――はい――はい――了解です。いちおう確認してみます」
石山君は、店の横手の勝手口に回り、静枝からは見えなくなった。
呼び鈴を鳴らす音、ドアをノックする音。それからしばしの沈黙を経て、店の奥から微かに固定電話の音が響いてくる。主人夫婦の在不在をスマホで確認しているのだろう。
やがて戻ってきた石山君は、シャッターの貼り紙をもう一度ながめ、その下にあるポスト口を押し開けて、中を覗きこんだ。
新聞や郵便物はそのまま奥の床に落ちてしまうから、少々不在が長引いたくらいでは、溜まっていても外から見えない。
石山君は、悩ましげに考えこんだ後、思いきって蓋の隙間に鼻を寄せた。
近頃は、こんな田舎でも孤独死が珍しくない。高齢者夫婦が二人揃って倒れてしまうこともある。冬場だと何ヶ月も放置されがちだが、
静枝は思わず舌打ちした。
ああ、テーブルの上に、食べ残しのサバでも置いとけばよかった――。
しかし残念ながら静枝の性格上、家の中は常に清潔そのものである。アクセルとブレーキを間違える孝吉だって、外出前のあれこれは二度三度、いや四度も確認していた。
「……ま、いいか」
石山君は、第一発見者となる最悪の事態は免れたと安堵し、いつもどおりの仕事に移った。
これから体の前面をばっくり開かれると悟り、静枝は一瞬パニックに陥りかけたが、
「どっこいしょ」
いざ開かれてみれば、自動販売機としては恥ずべき状態でもなんでもなく、医者に健康診断してもらうのと同じ感覚だった。おまけに体の中身は健康そのものなのである。品切れによる売り逃しもない。
石山君は缶の数をチェックし、手持ちのバーコードリーダー兼ハンディターミナルを使って、ちまちまと数を入力している。
ほうほう、と静枝は感心して見守った。昔の若い衆は、手持ちのバインダーに紐で繋がった鉛筆を使い、いちいち納品書に手書きしていたものである。
それから石山君はトラックの荷台を開け、補充分の商品を台車に乗せて運び、静枝の中にセットしながら、またバーコードを読んだり、ちまちまと確認入力したり、青大将らしからぬ勤労に励んだ。
そうして、すっかり汗まみれになった石山君が、台車の上の小型プリンターにデータを送ると、何やら印刷されて、にょろにょろにょろ――。
ほうほう、と静枝はさらに感心した。
近頃の納品書は、昔よりも妙に紙が薄くて細長いと思っていたら、その機械からレシートのように印刷されて出てくるのである。
あれに印鑑を押したい、と静枝は思った。
当の石山君さえ省略するつもりらしい、そんな些細な事柄にうっかりこだわってしまったからこそ、今の自分はここでこうしているのだ。
しかし石山君は、二枚綴りの納品書を、ぴっ、と切り分け、いつもなら印鑑をもらう一枚を、そのまま台車のビニールケースに収めた。
そして店の控えになる一枚は、シャッターのポスト口に差し入れ、
「ありゃーとざいましたー。また来週うかがいまーす」
律儀にぺこりとお辞儀して、北の国の五郎さんのように、汗をふきふき去ってゆく。
静枝としては、いつもなら西瓜か麦茶くらいはふるまうところだが、今は黙って見送るしかない。
それでも一応、気持ちだけ律儀に頭を下げる。
「……はい、ご苦労さん」
声が届かないのも、印鑑を押せないのも、青大将が悪いわけではない。
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