幕間② 聞いてほしいこと


 キーンコーンカーンコーン。


 放課後を知らせるチャイムが響く。


「コウちゃん、今日もダンジョン電車? 気を付けてね!」


「怪我しちゃ駄目だからね!」


「うん……ありがとう……また来週」


 私は、クラスメイトに挨拶をして教室を出ていく。



 上履きを下駄箱に入れて、ローファーを履く。


 外に出ると、黄金色の落ち葉がひらっと目の前を通り過ぎた。


 早いもので、季節はすっかりと秋だ。



 ――――私、『徳部 香とくべ こう』は高校生であり、国家調査員だ。




 高校生活を送りつつ、消えた両親の手がかりを求めて、ダンジョンに潜っている。




 それなりに順調だけど……最近がある。




 そんなことを思いつつ学校の裏口まで来た。


 辺りを見渡すと、お目当ての車の姿が見えた。


 運転席の窓が開いて、すっかり聞き慣れた声が耳に飛んでくる。


「コウちゃん、こっちこっち、今日もお疲れ様」


「ゴート君……お迎え……ありがとうね」


 ドアを開けて後部座席に座り込む。いつものポジションだ。



 私が通う『蟹名かにな高校』は私の家がある蟹名駅と微妙に距離がある。


 なので、早くダンジョンに行きたいときは、こうして迎えに来てもらうことが多々あるのだ。


 最近多忙なお兄ちゃんは、気軽にゴート君にお願いして、ゴート君も気軽にそれを引き受けてる。


 申し訳ない気持ちも当然あるが、私達兄妹のことを想ってくれている気持ちも嬉しくて……いつもこそばゆい感じだ。



「それにしても本当に裏口で良かったの? 高校生だしもっと離れたところでも……」


 彼はやや言い淀みながらそんなことを言う。


 おそらく、見知らぬ男性に迎えに来てもらう私が、学校で何か噂されるんじゃないかと気にしてくれてるのだろう。



 実際、どうなんだろう。今の所特に言われないし聞かれないってことは、恐らく誰にも気づかれてないのだろう。


 仮に見られて噂を立てられたらどうか? 「年上の彼氏ー!?」なんて友達に冷やかされるのは見え見えだ。


 私はそれを肯定するだろうか否定するだろうか。いやもちろん彼氏じゃないから、ゴート君の名誉のためにも否定するのが正しいだろう。


 でもなんか寂しい気も……。別に言われても……いいかも……? いやそれはどういう感情? 落ち着くのよ、徳部 香。


 というかゴート君って彼女いるのかな? そこから考えないと堂々巡りになりそうだ。


 ここまで、じっくり考えてから、私は言葉にアウトプットする。




「いや……大丈夫……!ありがとう……」




「うん、そっかー。ならいいけど。」




 シンと車に静寂が訪れて、ウィンカーの音が空しく響き渡る。




 またやってしまった!!


 そう、私の悩みとはこれだ。


 頭の中ではお喋りなくせに、いつも言葉が乏しい。


 ただでさえ、ダンジョンの中では『怪力』スキルで大体の事を雑に押し通してるのだ。


 これでは、暗い変な女だと思われかねない! というか思われてるかも!



 あと……感謝の気持ちくらい、ちゃんと言葉にしたい。 


 思ってる事の、せめて8割は伝えたい。


「あの……ゴートくん……!」


「うん? どうしたの?」


 周りにお兄ちゃんやトラちゃんが居ると余計に言いづらくなってしまう。


 決めるなら……二人きりの今!!


 私は並々ならぬ決意で、いつもの感謝を伝えようとしていた。

 が……。


「あっ着いたよ、コウちゃん」


 私の決意は、あっさりと車のスピードに打ち砕かれてしまった。




「ふー、終わった終わったー!」


「私、今日の報酬は焼き芋でお願いね! 芋さえ持ってくれば炎魔法で焼くわ!」


 今日は4人でBランクダンジョン『海底遺跡ロマネス』を攻略した。


 少し前まではこんな簡単に攻略なんて決して出来なかった。


 もちろん、トラちゃんは純粋に強いし、私もお兄ちゃんも実力がついてる。


 しかし……それ以上にゴートくんが強いのだ。


 ここ最近は加速的に強くなっていってる気がする。


 大丈夫だろうか? 無理はしてないだろうか? 


 彼は自己犠牲を厭わない場面がたまにある。 今日も私を何度も助けてくれたし……。


 普段のお礼に加えて、そのお礼も言いたい……!




「コウ! 聞いてるか?」


「わっ……!? ごめん、お兄ちゃん……全然聞いてなかった」


「トラがうるさいから、お前とゴートで芋買ってきてやってくれよ。ついでに、今日は最果て駅でみんなで飯食べよう。」


 そう言ってお兄ちゃんは私にお金を持たせた。


「じゃ、俺は書類仕事終わらせちまうから、頼んだぞー」


「分かりました。じゃ、行こっか。コウちゃん」


「うん……」




 ダンジョン電車がガタンゴトンと揺れる。


 最果て駅から蟹名駅までの時間はかなりムラがあるが大体10分くらい。


 感謝を伝えるチャンスがきた……!


 ひとつ席を離して座ってる彼に意を決して言葉をかけた。


「あの……ゴートくん……!!」


「どうしたの?」


 彼は、今日撮った写真を整理していたであろうスマホから目を離してこちらを向いた。


「うん……その……」


 あれ? なんて言おう!? いきなり感謝を伝えだすって唐突すぎない!?


 ああまずいまずい。時間が立つと余計に言えなくなる。でもなんて言おう!


 既に切り出すには時間立ち過ぎたんじゃ!? でも何か言わないと謎の空気が続いてしまう!



「ねえ、コウちゃん」


「はいっ……!」


「むしろ俺の方が……いつも感謝してるよ」


「えっ」


 予想外な切り返しを受けて、余計にパニックになる。


「コウちゃん最近何かにつけて、申し訳なさそうにしてたり、何か言いたそうにしてたからさ」


 見抜かれていた。

 こっこれは……かなり恥ずかしい……!


 何も言えずに、電車が揺れる音だけが響く。


「あっでも、これ違ったら結構恥ずかしいな!? やっぱ今のなしに……」


 彼は少し顔を赤らめて、発現を撤回しようとしていた。


 しまった……。私が上手く返せないから! むしろ恥をかかせて……! そんなこと……!


「そんなことないよ!! いつもありがとう! ってずっと言いたかった!」


 自分でも驚くほど大きな声が出た。


 もちろん当社比であって、実際は普通くらいの声量なんだろうけど。


「そっか。ありがとうね。コウちゃん」


「ううん……ごめんね……気を遣わせちゃって……」


「コウちゃん、それは違うよ」


 彼は、真面目な顔で否定した。


「初めてダンジョンに一緒に潜った時から思ってたけど、コウちゃんこそ周りを気にしてくれてる。

 俺はいつもその優しさに甘えちゃってるくらいなんだ。だからさ、言いたい事が上手く言えなくても、俺は待つからさ。」


「だから、何度でも言ってよ」


 そう言って、彼はニコリと笑った。


「は……はい……! ありがとう…ございます…!」


 なんだろう……この気持ちは……。こそばゆいような、そうでないような……。

 緊張するような、あったかいような……。


「敬語」


「え……?」


「敬語はいらないよ? ってこれも懐かしいやり取りだね」


「あ……! ふふ……! ふふふ」


 蟹名駅に着くまで、二人で笑いあった。




「コウちゃん、今日もダンジョン電車? 明日の課題大丈夫?」


「無理そうだったら、後で連絡してね!」


「ありがとう……! 助かる……!」


 私は、クラスメイトに挨拶をして教室を出ていく。


 そして裏口に回ると、早速、いつもの車を見つけた。


「コウちゃん、お疲れ様ー……って、え?」


「うん……! いつも、ありがとう……!」


 そして……私は……助手席に座り込んだ。


「コ、コウちゃん? そこだと窓ガラスで周りに見えちゃうよ?」


「いいの……! ほら、行こ! ゴートくん!」



 こうして、私の悩みはあっさりと解決した。


 その代わり、私の早鐘のような心臓の音が聞こえてるんじゃないか……。



 それが新しい悩みになったのだった。


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