第18話:新しい日常
黒ジャンパーこと、ロックとの死闘から数日が立った。
あの戦いで仲間になった黒ワンピースの少女は、今は『最果て駅』で暮らしている。
というのも、元々俺たちの世界には出てこれないし、
最果て駅ならキュウさんかコウちゃんの定期券が無いと出入りできないので非常に都合がいい。
事情があったとはいえ、国家調査員の命を狙っていたのは事実。
今、キュウさんが国家調査員の本部に出向いて、何とか仲間に出来るように説得してる最中なのだ。
その間は軟禁状態というわけだ。
その渦中の少女が気だるげに声を出す。
「ねー、ゴート、この漫画読み終わっちゃった。新しいの持ってきてよ」
「この間、沢山持ってきただろ? 伏線がいいんだから二週目読めよ」
「えー! コウもおねがーい」
「トラちゃん、まずは……お勉強終わらせてからだよ……?」
はーい、と気乗りしなさそうな返事を『トラちゃん』が返す。
彼女の名前は、あの戦いの後に教えてもらった。
はい! これ見せるのが色々と速いわよね! と定期券を提示してきたのだ。
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救世ノ大魔導士⇔変幻自在ノ変身者
経由 枯レヌ魔力
-∞
トラーム=トトカルム様
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元の世界ではどんな役でもこなせる超天才子役……だったらしい。
彼女が主役を務めていた特撮番組は世界中の子供が見てたとか、眉唾ものの話をここ数日で散々聞かされたのだった。
「おーい、帰ったぞー」
キュウさんの声だ。さて、結果はどうなっただろうか。
「トラ! お前の首、繋がったぞ!」
「ほんと!? やったー!!」
キュウさんが言うには、黒服としては何の情報も知らないほど新入りだったこと、被害者のキュウさん、コウさんが許してるなら……と渋々許されたらしい。
まあ、実際のところはキュウさんの人徳が大いに助けてくれたのだろうとは思う。
「それとだ、ゴート! お前にも話がある」
「俺ですか……?」
うん? なんか言われるようなことがあっただろうか……?
「実はな……」
キュウさんからある話を聞いてから数週間後、僕は自分の大学に来ていた。
とある用事があったからだ。
キャンパスを歩く。
ワイワイと賑やかな食堂、コピー機の前に群がる学生たち、ベンチで寝てる先輩らしき人。
なんだか懐かしい雰囲気だ……。
俺は学生課に出向いて、呆気ないほどすんなりと用事を済ませた。
さて、帰ろうかと思ったところで声をかけられた。
「ゴート! お前……!」
俺よりも少し高い身長にその分少し低い声、彼は友達のユータだ。
『ダンジョン電車』を共に潜っていた仲間でもある。
「ユータ……」
「お前……こんな大事なこと、連絡一本で済ますなよ! 大学やめるなんてどうしたんだよ!」
そう、今日俺が大学に来たのは、退学届を出すためだった。
「ごめん」
俺は素直に謝った。
大学にいつでも復帰できるようにとサポートしてくれていた友人だ。
俺の方に常識がないのは明白だった。それでも……。
「お前と会うと、決心が揺らいでしまいそうだったからさ」
「ゴート……」
彼は悲痛な顔をしたが、やがて溜息を吐いた。
「じゃあさ、聞かせてくれよ。お前がやめる理由をさ。飯でも食いながらよ」
そして、食堂の片隅に二人で腰を下ろす。
ユータと二人でいると俺を思い出す人もいるのか、ここに来る途中、何度か声をかけられた。
「意外と覚えてる人もいるもんだな」
「一部じゃダンジョン電車に潜り続けてる変人だってちょっとした有名人だぜ?」
あまり嬉しくない覚えられ方だな……。
「で、理由を聞かせてもらおうか?」
「ああ。ちょっと長くなるぞ」
そうして、俺はユータに今までの事をかいつまんで話した。
もちろんダンジョン電車に関わる一部のことは避けた。
この世界が浸食されるかもなんて、知ってほしくもないのだ。
「ふーん。国家調査員の人達と潜ってたのか」
「ああ、それでな」
「俺も国家調査員になるんだ」
「なっ!?」
ユータは心底驚いている。それはそうだろう。
俺自身も信じられなかった。
――――「俺が、国家調査員……ですか!?」
あの時のことを思い出す。
「ああ! そうだ! お前今親の仕送り頼みだろ? 国家調査員ならちゃんと給料出るぜ?」
「い、いや……それは凄く良い話ですけど、なんでまた」
「不思議じゃ……ないよ? だって黒服に二度も勝って……Dランクなら……今は一人でも大丈夫そうだから……」
コウさんが言葉を続ける。
「ゴート君は……強いよ……? きっと自分で思ってる以上に……」
「コウの言う通りだ! そこらへんが評価されてだな! 満場一致で俺の推薦が通ったぞ!」
なるほど……。キュウさんに推薦されてたのか。
「だけど、断ってもいいぞ! 国家調査員になると相応の責任はあるからな。結論は急がなくていい」
「はい……」
そして今、目の前の友人に声をかける。
「俺、きっともう大学に戻れないと思うんだ」
「何でだ? 別に大学通いながらだって……」
「俺さ、この大学入ったとき別にやりたいことが無かったんだ。ここで探そうと思ってた」
でも、今は違う。
「国家調査員として、どうしてもやりたい事が見つかったんだ」
きっと、『ダンジョン電車』に関わらずに大学にいたら違う目標を見つけていたかもしれない。
だが、期限が短いことが分かって、変な定期券を手に入れて、黒服と戦って、仲間が出来て……。
「上手く言えないけど……今の俺にしか見えないものが見えたから、俺はこの道を行きたいんだ」
ユータは俺の言葉を受けて、ふぅー……と息をついた。
「そうか……。そんな良い顔で言われたんじゃ、もう何も言えねえな」
「ユータ、ごめん。今まであれだけ俺に気遣いをしてくれていたのに……。本当にすまない……!」
頭を下げる。今までの気遣いに後ろ足で土をかけるようなものだ。とにかく頭を下げる。
「いや……いいんだ。俺もさ、お前をダンジョン電車に誘って、本当に良かったのかってずっと悩んでたんだ。期限が残り少ないのが分かって、お前の人生を変えちまったんじゃないかってな。」
「だから、今のお前がイキイキしてるのは嬉しくもあるんだ」
「ユータ……ありがとう」
「ま、ここでお別れって訳でもねえんだ! たまには飯でも食いに行こうぜ」
「あ! ユータ! こんな所に居たの!? もう! 約束してたでしょ!」
不意に知らない女性の声がした。
俺たちよりも少し大人びた女性だ。恐らく先輩だろう。
あれ? 先輩……? ま、まさか……!?
「ユータ、もしかして……!?」
「お、おう。あれだ、彼女だ。ほら、前に脈アリだって話してたさ」
「あら? ユータの友達? ごめんね。こいつちょっと借りてくわね」
「わわわ! 引っ張るなって! ゴート! また連絡するからな!?」
そのままあいつは引っ張られていった。
『ところで、脈アリって何の話!?』 『ち、違うんだ!あの時は……』
騒がしくも幸せそうな二人の声が遠ざかる。
「まさか、あいつの恋が成就するとはなぁ」
俺は一人笑った。
すっかり暗くなった帰り道。
空はいつかのように満点の星が輝いている。
今日、大学生の『
そして、明日から新しい『我丹豪人』の日常が始まる。
ちなみに、一度実家に戻って両親にも今までのことと今後の報告をした。
帰宅して早速話したら、父さんは泣いて、母さんは怒った。
だが、こっちに戻る日の朝、母さんが泣いて、父さんが怒った。
母さんは「死ぬようなことだけはしないでくれ」と。
父さんは「どうして一度も相談してくれなかったんだ」と。
俺はとにかく謝って、謝って、謝った。
そして、新幹線に乗り込む前。振り返ると、二人は俺の為に笑顔を作っていた。
「頑張れよ」と無理やりエールを送ってくれたのだ。
本当は行かせたくないだろうに。俺の意思を尊重して。
俺は、俺の大切な人達を悲しませたくない
そのために、生き延びて、みんなの日常を守り続けたいんだ。
大切な人達が、ちゃんと喜んで、怒って、哀しめて、楽しめる。
そんな日常を。
俺は、この世界を護る。
この世界をダンジョンになんてさせはしない。
それだけじゃない。
キョウさんにコウさんにトラ。理不尽に奪われたみんなの手助けだってしたい。
やりたい事がいっぱいだ。
普通にやってたんじゃ、間に合わない。
途中で死んだら、何かを取りこぼす。
だから俺は、命を燃やして、生き延びるんだ。
全部を掴み取るために。
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