第12話:星座の見つけ方

 

「いやぁ! 弟が出来たみたいで嬉しいぜ! 何でも頼れよ~」


 ダンジョン攻略後、俺は二人に誘われて、中華料理屋でご飯をご馳走してもらっていた。


 お酒をグビグビと呑んでいたキュウさんは、すでに顔真っ赤だ。


「お兄ちゃん……少し風浴びてきなよ……完全に酔っ払いのおじさんだよ……?」


 そこそこ鋭い言葉に刺されたキュウさんは、店外のベンチにクールダウンしにいった。後でお冷くらい持っていこう……。


 黙々とチャーハンを口に運んでいたコウさんが手を止める。


 ん? どうしたんだろう?


「お兄ちゃん……今日は本当に嬉しそう……パーティー、入ってくれてありがとうね……私も嬉しいよ」


「いえ、こちらこそ」


「敬語」


 お礼を言い返そうとしたとき、食い気味に言葉を被せられた。


「え?」


「敬語はいらないよ……?私年下だし……というか私が使ってなかったし……あとダンジョンだとちょいちょい敬語外れてたし……」


「う……それは……」


 バレてたか……。相手は国家調査員という負い目も何となくあって、敬語になってしまっていたがやたらとちぐはぐだったのだ。


「私達……パーティで……仲間だから……その……あの……」


 きっとこの子はそんな俺を見て悩んでくれていたのだろう。全く自分が情けない……がそんな心遣いが嬉しいのも確かだ。


「そっか……そっか! じゃあ、改めて……これからもよろしくね!コウちゃん」


「……! うん……! 頼りにしてるね。ゴートくん」


 少し顔を赤らめて、はにかんだ彼女は可憐だった。




 ラーメンを食べ終わった俺は、外のキュウさんに水を持っていく。


「キュウさん、水持ってきましたよ」


「おう、悪いな。助かるぜ」


 水をグビグビと飲んで深く息を吐くキュウさん。どうやら少し落ち着いたようだ。


「なぁ、ゴート。お前、あの燕尾服の野郎になんか言われただろ?」


「は、はい。今日話したことですか?」


「いや、そっちじゃなくてお前のことについてだ。お前、あいつと話してからずっと浮かない顔してたからな」


 す、鋭い……!? どうなってるんだこの人!?


「俺があいつと会った時はあの野郎、『単純すぎてびっくりしたよ。シンバルのような男だね。』とかほざきやがった。」


「シンバルだって鳴らし方が色々あるっつーの! あとあれ、綺麗に鳴らすの大変だからな! ふざけやがって!」


「シンバル扱い自体は否定しないんですね……」


「俺のことはいいや。話してみろよ。酔っ払いのおじさ……お兄さんなんざ、明日には聞いたこと忘れてるからよ」


 優しい声に惹かれて、俺は今日言われたことを全て吐き出した。自分の心が分からないこと、もしかしたら何かおかしいかもしれないこと。




「ふーん、歪んだ心ねえ。」


「はい……。実は俺……少しだけ思い当たるフシがあって……」


『スキル合成』を手に入れてから、心のバランスが段々と狂いだしている気がする。


 俺の大好きな人達が想ってくれている俺の大切な命。


 大切な物だから、それを賭ければ、大きな見返りが期待できるって心のどこかで思っている。


 だから自分の命が大切で、もっと大きな賭けができるように、俺は、生き延びたいのかな……?



「俺、今の自分が怖いです。この先、生き延びて、生き延びて、命の価値を利用しつづけたら、いつかの『日常』に戻れなくなるんじゃないかって……!」


 心の奥を打ち明けた。昨日会ったばかりだけど、でもこの人なら受け止めてくれる。そんな気がしたから。



 夜空を見上げて、キュウさんがポツリと言った。


「なあ、ゴート。あそこらへんの星さ、何に見える?」


 そう言って、満点の星を指さす。な、何の話だ?


「ええっと……?」


「俺はあの一番光ってるのとその右下も引っ張ってだな、あれだ、カブトムシに見えるな。カブトムシ座だ」


 全く見えねえ……! あまりに予想外な事態に返答が詰まってしまう。


「今、見えねえって思っただろ? 同じだよ。」


「確かに見えないですけど……同じって?」


「人の心も色んな見え方があるってことさ。燕尾服野郎は、お前の星を勝手に見て、勝手に星座を見つけて名付けてるだけだ。歪んでるとか気にすんな。」


「そう……なんでしょうか」


「お前には色んな輝きがあるはずだ。それをどんな風に繋げて、名前をつけるかは自分次第だ。今のお前はさ、昔見えていた星座が見たいのに、真ん中で妖しく光る星ばかり気になっちまうのかもな? でもな。」


 キュウさんは水をグイっと飲み干してから、言葉を続けた。


「人は成長するんだ。今が続くことはない。それこそ……いつかダンジョン電車をクリアしても、お前はいつかの『日常』には戻れない。」


「え? 戻れ……ない?」


「いや、この際ダンジョン電車も関係ねえや。」


 そう言ってキュウさんはニッと笑った


「お前は、新しい『日常』を見つけてそこで生きていくんだ。大学生の日常があって、卒業したら社会人の日常があって、25歳の日常が、26歳の日常があるんだよ」


「そこで生きてるうちに新しい星を見つけたり……綺麗じゃない星を気に入ることもあるかもな。そして、人生の最期、満点の星の中に自分だけの星座を見つけられれば、それでいいんじゃないか?」


「……! 自分だけの星座……。」


「おう、そうだ。他人から見えなくたっていい。どんなに歪んでてもいい。でもお前は大好きな、最高の星座だ」


 そんな考え方もあったのか。俺は、ダンジョン電車に入るようになって、大切なことを忘れていたのかもしれない。


 たとえ『スキル合成』が無くても、『ダンジョン電車』が無くても、人生を歩む限り、俺は変わっていくんだ。




「……ありがとうございます、キュウさん。なんだか気持ちが楽になりました。」


「そうか。まあ男二人で夜空を見上げて星の話ってのもちょっとアレだったな。ほら、帰るぞコウ!」


 いつの間にやら、後ろにコウさんもいた。お勘定を済ませていてくれたみたいだ。


「お兄ちゃん……お父さんが昔言ってたこと……よくあんなに覚えてたね……? カブトムシの下りまで一緒……」


「あっ!? お前それ言うなよ!! ゴ、ゴート!? 違うからな? あの話はメイドイン俺だからな!?」


 ワイワイと言い合いを始める二人。それもなんだか暖かくて……。


 俺は涙をこぼさないように夜空を見上げて、星を数えるフリをしていた。




 今は歪んでいてもいいんだ。これは俺の成長かもしれないんだから。


 それを知るためにも絶対に生き延びよう。それに何より……。



 俺も、俺だけの星座を見つけてみたいから。


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