第7話:国家調査員の兄妹


 黒フードの男が俺に語りかける。


「私の負けだな。……やはり悪いことは、出来ないものだな」


 どこか優しささえ感じる声色だ。彼は消えゆく身体でこちらに手を伸ばして何かを俺のポケットに入れた。


「もし……もし君が生き残れたら、きっといつか助けになるはずだ。……まあその可能性は微塵も……いや『1』はあるか」


 彼はそう言って笑いかける。だが、フードの下に見えた素顔は深い悲しみを写していた。


「すまない……皆……」


 そう言い残すと彼の身体は砂となって消え去った。


 彼は一体誰だったんだ? そもそも何で襲ってきた? 何故……。





「そんなに悲しい顔をしていたんだ……」



 そう呟いて、ハッと目が覚める。視界には男と少女の二人が写る。


「おお! 起きたか! お前なー、ほんっとーにやばかったんだからな!? まずは回復薬だ! 奢りだから気にせず飲め飲め!」


「お兄ちゃん……まずは説明しないと……」


 どうやらベッドに寝かされていたらしい。かなり大柄の男性は俺よりも年上だろう。俺に回復薬をグイグイと押し付けている。


 そんな大男に呆れてる少女は制服姿だ。学生? 綺麗な黒髪が印象的だ。俺は身体を起こして、まずは二人に感謝を伝える。


「お二人が助けてくれたんですよね? 本当にありがとうございます。」


 俺は深く頭を下げる。


「おう! 気にすんなって! 本当はもっと早く助けてやれりゃあ良かったんだがな」


「途中で……追跡が途絶えたの……」


 追跡? 誰を? 俺を? 少し気になることを言っていたが、まずは二人のことを知らなければ。



「俺は『我丹ガタン 豪人ゴウト』って言います。お二人は?」


「俺は『徳部トクベ ヒサシ』。ヒサシは言い辛いだろうし、キュウって呼んでくれ!で、こっちは妹の……」


「私は……『徳部トクベ コウ』。コウでいいよ」


「キュウさんにコウさんですね。でもどうして俺のことが助けられたんですか?」


 最初から一緒に電車に乗りこめば、同じダンジョンに辿り着ける。しかし、それ以外は難しいのではないのだろうか。少なくとも俺は同じダンジョンに人が居合わせたことはない。


「理由は色々あるんだが、俺たちにはまずこれを見せたほうが早いか!」


 そう言ってキュウさんは俺に定期券をかざした。


 ―――――――――――――――――――――――――――――


 百戦錬磨ノ守護者⇔百戦錬磨ノ傭兵

 経由 不朽ノ肉体


 30-8-12 まで

 トクベ ヒサシ様 国家調査員


 ―――――――――――――――――――――――――――――


 明らかに実力者であろうスキル群もだが、なにより右下の刻印に目が行く。国家調査員……!? 名前は知っていたけど、初めて見たな。


「ちなみにコウも国家調査員だ。で、俺たち国家調査員にはいくつか便利な物が与えられる。」


「便利な物ですか?それはどういう……」


「ここ……『最果て駅』も私達しか行けない休息所……後は見てもらった方が早いかも……」


 そう言ってコウさんはスマホのような小型端末を取り出す。そしてある画面を開いて見せてくれた。


「11:50 Eランク 1回下車……14:20 Gランク1回下車……これはもしかして、ダンジョンに出入りしてる人の数ですか?」


「そう……。私達、国家調査員はデータの収集も仕事の一つだから、こういう道具を活用してるの。」


「これは現実世界の方での距離を基準にしててな。俺たち兄妹の管轄に丁度ゴートが利用してる駅も入ってたってことさ。」


「今日も……これを見てたら突然Gランクダンジョンにあなたが辿り着いていたことが分かった……。いつもEランクが中心でしょ?……それでGに行けるのは普通あり得ないから……」


 そういうことか。合点がいった。『定期券狩り』が起こった後に、ふるさと温泉駅で頻繁にダンジョン電車に乗り込んでるのは俺くらいのものだろう。


 この兄妹は俺の存在と行動を把握していたのだ。そして恐らく黒フードの介入でGランクダンジョンに入った俺を異常事態に巻き込まれたと解釈したのだろう。


「あれ? でもどうやって同じ駅についたんですか?」


「それはお前、レアアイテムを奮発したのさ。『指定急行券』ってのがあってな。こいつを券売機に入れて、名前を入力すればそいつと同じ駅に辿り着けるんだ」


 なるほど。名前をどう調べたのかは気になるが……。それよりももっと気になることがある。


「どうして……そこまでして助けに来てくれたのですか?」


 そんなレアアイテムを使ってもらうほどの理由がないはずだ。


「心配だったから……と格好つけたいが、ちゃんと理由はある。ゴート自身に興味があったからだ。」


「俺に……興味が?」


「これを見て」


 そうしてコウさんはまた違う画面を俺に見せる。そこには『××:×× 譫懊※縺ョ譫懊※縺ョ鬧』と異常な文字列が載っていた。


「これはまさかあの時の」


 そう、俺が謎の定期券を手に入れたあの日の履歴に違いない。


「やっぱり何かあったんだな。良かったら何があったか聞かせてくれないか?」


 キュウさんが真面目な顔で俺に尋ねる。断る理由もない。俺はあの日から今日のことまで全て話した。





「……なるほどな。道理でなんか変な定期券に変なスキルだと思ったんだ」


「ゴートさんを拾った時に……一応定期券を確認したの……変だった」


 こう何回も変だと言われるとやや落ち込むが、確かに謎の定期券なのは否定しようがない。


「で、あの黒服共に襲われたわけだ! しかもそれを打ち破った! こりゃー決まりだな!」


「うん……私もゴートさんがいいと思う」


 何の話だ? 何かが勝手に決められていく。僕はポカンと兄妹を見つめる。


「おっと、置いてけぼりしちまったな。なあに、簡単な話だ」


 そう言ってキュウさんは俺の目をじっと見つめてから、ゆっくりと口を開いた。


「俺たちとパーティを組もう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る