第4話:戦う理由
立ち込める湯煙。少し熱いと感じるくらいのお湯加減。そして檜の匂いが鼻をくすぐる。
「はぁ~。極楽~」
ここは市が誇る天然温泉「ふるさと温泉」。俺はゆっくりと羽根を伸ばしていた。
Eランクダンジョン「廃都キャンベラ」クリアから数日後、予想以上に消耗が激しく休息を余儀なくされていた。
一応命に関わる外傷は改札を通る時に期限と引き換えにほぼ治してくれるのだが、筋肉痛程度はしっかりと残るのだ。
温泉から出て、休憩処でアイスを食べながらスマホをいじる。ああ幸せだ。生きてるって最高だ。
「あれ? ゴートじゃねえか?」
この声は……。
「ユータ! なんだ? 大学帰りか?」
「お前と違って真面目に大学生やってるんでな。」
笑いながら横に座ったこいつは『林道 友太』。大学を休学する前に良くつるんでた友達だ。
「お前がこんなとこでゆっくりしてるってことは……期限が伸ばせたんだな? お前もしぶといなぁ」
「全く……人の命をなんだと思ってるんだ? 半年後には見れなくなっちまうかも知れんから、よーく目に焼き付けといた方がいいぞ」
そう言って二人とも思い切り笑った。
ユータはこんな風に言ってるが、俺の寿命が近いと知った日からずっと気にかけていてくれてる。
ダンジョンに潜るために休学した俺が復学した時困らないようにと、定期的に大学の近況を教えてくれたり過去問をとっておいたり……。本当に助かっている。
そして何よりも……。
「しかし、俺もまた一緒にダンジョンに行けたら助けてやれるんだがなぁ」
そう言ってユータは財布から定期券を取り出す。
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見習イ兵士⇔手練れノ射手
経由 強靭ナ肉体
70-7-15 まで
リンドウ ユウタ様
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そう、ユウタも当時俺と一緒に潜っていたのだ。
俺がいつも振るっている剣も一緒にEランクダンジョンをクリアしたときの報酬だ。
「それは言いっこなしだユータ。ダンジョン電車は何が起こるか分からないから親御さんが正しいよ」
「まあそれはそうだが……仕方ねえかー。あんなことがあったんだもんなぁ」
今、ダンジョン電車の定期券の新規発行は(お触れだけだが)国から禁止されているし、そもそもフリーで潜る人間は激減した。
ダンジョン電車が出現した当初は、その非現実さに反して低ランクダンジョンだけなら、比較的安全に潜れることからそれなりの人間が集まっていた。
俺とユータもその例に漏れず、定期券を発行したのだった。まあその結果、俺は自分のとんでもない寿命に気づいたのだが……。
ところが事件は突然起きた。通称『定期券狩り』が起きたのだ。
何故か低ランクダンジョンで消息が途絶える人間が爆発的に増えたのだ。そして期限が0になった定期券が行方不明者の家族の元に差出人不明で届いていった。
この事件は全国で大問題となった。ユータも彼の両親に泣いて説得されて、ダンジョン探索を断念したのだった。
今潜れるのは、当時から定期券を持っている俺のようなフリーの人間、国と契約して調査をする国家調査員、仕事として調査を続ける一部の会社くらいだ。
「そんなことよりさ、大学の話を聞かせてくれよ。ほら、お前の隣に良く座ってくるらしい超絶美人とやらはどうなったんだよ」
「おう。聞いて驚け。何と今度一緒に飯行くことになってな。いや二人きりじゃなくて俺の先輩も呼んでくれって言われたんだが。でもこりゃ脈しかねえぜ。なんたって……」
その後もユータの脈どころか、死後硬直を起こしかけてる恋バナを聞いて楽しんだ。
帰り道、ユータが真面目な顔をして言う。
「ゴート、死ぬなよ」
「当たり前だ。お前の恋が成就するまでは死ねないさ」
ユータと別れてから、今度は親からの電話だ。
上京した俺が気にかかるのだろう。どうでもいいような話を薄めて、引き延ばして、大事そうに俺に叩きこんでくる。
俺も適当に相槌を打ちながらも電話を切ろうとはしなかった。家族には俺の寿命のことは伝えていない。休学は自分探しのためという、我ながら本当にひどい嘘で許してもらっている。
「……いや!野菜は送ってこなくていいよ! ほら、俺腐らせちゃうからさ! はは……ああ、それじゃあまた。」
電話が切れて、しみじみと思った。
俺は日常が好きだ。自分の寿命を知ってから、日に日にその気持ちは強くなっていく。
本当は寿命が短かった以上は、そこで死ぬのが運命なのかもしれない。だけど、そんなこと納得できない。
俺自身というより、何より……家族に友人……みんなを悲しませたくないのだ。俺が死んだら、そんなこと俺に知ることも出来ないけど、それでも嫌だ。
だから……絶対に生き延びる。絶対に。
満点の星空の下で決意をより強固にして、明日からのダンジョン攻略に思いを巡らす。
Eランクをクリアしたばかりだし、しばらくはG~Fランクでスキル集めかな。低級のスキルでも合成が出来るんだから、地固めをしない手はない。
こうして、心身共に力を漲らせた俺はまたダンジョン攻略に勤しむのであった。
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