第6話 メンタル弱者は怒れない

 終わった……。いや、始まらなかったという方が正しいのだろうか。


 転校初日である。本来であれば、『ねえ、どこから来たの?』『休みの日とかは何しているの?』『かわいい顔してるね。良かったら放課後、お茶でもどう?』などの言葉が飛び交っているはずであった。


 しかし、結果はどうだろうか。時々、こちらをちらちらと見てくる人はいるが、喋りかけてくれる人は一向に現れない。どういうことだ? 話と違うじゃないかマイファザー。


 うまくいかなかった理由は簡単である。僕が父ではなかったからだ。父の人柄は他人を引き寄せ、笑顔にする。よく笑い、よくしゃべり、たまにドジもするため愛嬌もある。人間としては、非の打ちようがないくらい完璧である。


 そんな完璧人間である父に『がんばれ!』『いけるぞ!!』『えっと、……がんばれ!!!』と熱弁されたら、誰だってうまくいくと思ってしまうに違いない。そうだろう?


 気が付けば、誰にも話しかけられることなく、話しかけることもなく、今日の授業は終了した。新学期の初日ということもあってか、授業は午前だけである。


 なんだか物事の全てが僕が不利に働いているような気までしてくる。まるで神様が『お前は人間社会に向いてないから、一生引きこもってなさい』と言っているかのようだ。


 せめて、隣席の人さえいれば話は変わったのだろうが、今日は運悪く欠席であった。もしいたら、1年間ボッチだった僕でも、さすがに自分から話しかけたと思う……たぶん。


 放課後になり一人、また一人と教室から人が少なくなっていく。部活だろうか、それとも友達とカラオケでも行くのだろうか。


 もしクラスに馴染めたら僕も誘われたのだろうか。


 いいや、まだ学校生活は始まったばかりである。部活動や体育祭、文化祭に修学旅行など、楽しいイベントは目白押しである。友達を作るチャンスはいくらでもあるだろう。


 これからの楽しい学校生活に思いを馳せ、僕は一人で職員室に向かった。



 ***



「だからさぁ、遅刻した理由と服装について聞いてるんだけど。さっさと話してくれないかな?」


 ジャージなどの学校必需品を取りに職員室まで来たが、なんだか少し騒がしい様子だ。扉の隙間から覗いてみると、黒髪ロングの女子生徒がジャージ姿で怒られていた。しかも、叱っているは担任の中澤なかざわであった。


 なんでジャージを着ているんだろう? というか、めちゃくちゃ入りずらい。ただでさえ職員室は苦手だというのに、怒っている先生の所に行くのは億劫でしょうがない。


「だから、なんでそんなことになったのか教えてくれればいいから。もじもじしてないで早く言ってくれない? ほら、はーやーく」

「じっ………………」


 女子生徒はずっと下を向いたまま黙っていた。何かを話そうとはしているのだろうが、中澤が軽快なマシンガン説教トークを繰り広げているため、なかなか会話に割り込めないみたいだ。



 なんだか少し可哀そうになってきたな。この空気の中に入っていくのは嫌だが、説教が終わる気配も全くない。ここは覚悟を決めてさっさと終わらせるが吉である。


 コンコンコン


「すいません、2年3組の赤坂陽あかさかようですけど」

「おぉ、待ってたよ。こっち来て。あーーー、もういいや。乙河内おとがわちは帰っていいよ。次はもう遅れるなよ」


 そう言われると彼女は勢いよく礼をして、そそくさと廊下に出ていった。


「悪いね、入りずらかったでしょ」

「いえ、大丈夫です」


 そこからというもの、中澤は終始笑顔であった。軽い雑談を挟んだのち、すぐに荷物をまとめた段ボールを渡された。さっきの雰囲気から覚悟をしてきたつもりが、どんだ拍子抜けだ。


「じゃあ、明日から本格的に授業始まるから、頑張ってね」

「はい、失礼しました」



 ふぃーーー、緊張した。小学校から約10年間。職員室には数えきれないほど入ってきたが、一向に慣れる気がしない。逆に慣れている奴がいたら、そいつは確実にろくなやつではないだろう。


 初日ということもあり、大変であったが今日はこれで終わりである。早く家に帰ってペットのゴマでも撫でまわすとしよう。そして、クンカクンカしよう。


 帰宅への第1歩を踏み出したとき、足に違和感を覚えた。


「ん? 何だコレ?」


 拾い上げると、それはトカゲがプリントされている水色のハンカチであった。

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