第5話 韻波句徒はない方が逆にいい
とうとうこの時が来てしまった。
時刻は8時40分。あと5分でホームルームの開始時間である。
僕は先生の右斜め後ろを歩いていた。ただ歩いているだけなのに、心臓はドクドクと響き、手も若干だが湿っている。なんせ教室に着いたら、転校生の挨拶を行わなくてはいけないのだ。
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なので、僕は最初の挨拶で、出来るだけ良い印象を植え付け、どこかしらのグループに潜り込まなければならない。これは1年間ボッチだった人間には、とても難しいミッションかもしれない。しかし、僕は不思議と根拠の無い自信に満ち溢れていた。
***
今朝のことであった。
「陽、ちょっといいか?」
休みのせいか家にいた父が声をかけてきた。仕事のため朝に話すことの少ない父だが、今回は真剣な面持ち手招きをしている。普段おちゃらけている性格のせいか、真面目な口調の父を見ると少し緊張してしまう。
僕は手招きされるままに父の部屋に入った。
「どうしたの父さん? 今日は転校初日だから早めに行かなくちゃいけないんだけど
「陽! 正直に答えてほしい……。高校1年の時、友達いなかっただろ」
な、どこで分かったんだ!? 授業が終わって10分後には、必ず家にいたのが悪かったのか? それとも、休日に小さい折り鶴を部屋に籠って大量生産していたからか? どれも普通の高校生の日常のように思えるが、意外と勘のいい父である。何かを感じ取ったのかもしれない。
「陽、もう心配はいらないぞ! お前が友達たくさんできるように、とっておきのアドバイスをやろう!」
……なぜだろう。父の満面の笑みを見ると、何か良くないことが起こりそうな、説明しがたい不安が全身を覆う。しかし、曲がりなりにも尊敬する父からの助言である。とりあえず、聞いてみるのも悪くないかもしれない。
「分かった、分かったよ。でも、あんまり時間無いから手短に頼むよ」
「よし来た! お父さんはな、初めてあった人には…………
***
「みんな揃ってるかー? ホームルーム始めるぞー」
先生と共に教室に入ると、数名の生徒がタオルで頭を拭いていた。そういえば、職員室で学校の説明を受けている時に雨が降っていたな。ギリギリに登校した人は少し雨に打たれたのかもしれない。
クラス全員からの視線が体に突き刺さる。特に女子生徒はこちらを見て、ひそひそと何かを話している。ウサギは寂しいと死ぬように、
そんな生徒たちには目もくれず、先生は新学期始めの話を始めた。これからは先輩になるのだから責任感を持てだとか、受験を意識しなくてはいけないだとか、ありきたりなことをだらだらと喋っている。
「先生、早く隣の人を紹介して欲しいですけどー」
みんなも疲れて来ていたのか、生徒の一人が声を上げた。
「あぁ、そうだったな。じゃあ、転校生。挨拶して」
こいつ、あろうことか転校生の存在を忘れてたな。まあいいだろう。少し気持ちも落ち着いたことだし、結果オーライである。
教卓の前に立つと、クラス中の注目が一身に集まった。
大丈夫、大丈夫だ。落ち着け。父さんのアドバイス通りにやればいい。それですべてはうまくいく。ここで友達をたくさん作り……、いや贅沢は言わない、一人でも作り薔薇色の学校生活を送るのだ。
最後に大きく深呼吸をし、一息ですべての言葉を言い放った。
「あっ、初めまして! 赤坂陽です! 僕の陽という名前は太陽みたいなように育ってほしいという親の願いが込められています。すいません、ついダジャレが出ちゃいましたね。ダジャレが趣味でしゅみませんw」
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