第2話 ネコミミ娘は人類の最終進化形態

「……………よー」


 ん?


「…………はん…よー」


 半妖だと? 半妖には僕にも一家言あるぞ。猫又×人間が至高であると証明して見せよう。まず、ネコミミがある時点でもうすでに半妖のトップレベルにいるといえよう。加えて猫又にはしっぽが2つ存在する。2つだ! あのうねうねと曲がり、触ると可愛らしく怒ることで有名なしっぽが2つもある。これは猫又×人間が至高であることがしょ……」


「お兄、夕飯だよって言ってるでしょ! 早く降りて来て!」



 妹であった。



 どうやら漫画を読みながら寝てしまっていたらしい。もうあの漫画を買わないことを決意しつつ、階段を下りると、父と母、そして妹の日向ひなたはもうテーブルに座っていた。


 我が家には金曜日の夕飯だけは家族そろって食べなくてはいけないというルールがある。このルールは朝早くに家を出て、夜遅くに帰ってくることが多い父が


「家族に会えないのはさみちい」


 と言ったため作られた。正直40近い大人がさみちいは無いと思う。そんなわけで、今日はいつもより賑やかな、ディナータイムである。




「おうよう、早く食べるぞ」

「お兄、ついでに冷蔵庫から牛乳取ってー」

「陽ちゃん、手は洗って来なさいねー」


 三人とも同時に話すのはやめて欲しい。とはいっても15年も家族をやっているのだ。言ったところで直らないことは分かっているため、適当に返事を返しながら席に着く。


「それじゃあ」


「「「いただきます!」」」




「…………いただきます」



 基本的に毎週この時間は父の独壇場である。常にテンションが高く、喋ることが大好きな父は、1週間溜め込んだ鬱憤を晴らすかのようにとにかく喋りまくる。


「陽と日向、学校は楽しいか?」


「うん、この前はナギちゃんとバレンタイン用の友チョコ作ったんだよー」

「まあ、普通かな」


「そうかそうか、それは何よりだ」


 流石に満面の笑みの父に向かって、


 ”学校? 楽しいわけないでしょ、友達もいないのに”


 とは言えないものである。ほかの家族とは違い、あまり明るくない僕も、なんやかんやこの時間は嫌いじゃなかった。なので、今週もこの暖かい時間が崩れないように努めるのであった。



 そして、このまま平和に終わるかのように思えた食卓に事件は起きた。


 終わらなかった。


 いや、終わったといった方がいいかもしれない。食卓が




 それは夕飯の終わりに起きた。


 恐らく、父以外は全員気づいていただろう。


 あの父がソワソワしているのだ。父は基本的に社交性が高く、明るい。また誠実さも兼ね備えており、はたから見たら100点満点の人格者である。自分も身近にいる人で尊敬している人を挙げろと言われたら、真っ先に父を挙げるだろう。そんな性格故なのか、父は隠し事ができない。すぐにばれる。それが家族ともなればなおさらだ。


 父のソワソワは次第に大きくなり、現在ブルブル状態まで来ていた。それでも父は、隠し事を話そうとせず、明るく振舞おうとしていた。ただ、父の震えは大きくなり続け、家の床が揺れ始めたとき、ついに日向が口火を切った。



「お父さん、なに隠してるの?」



 父の震えが止まった。



「エ!? ナニモカクシテナイヨ」


 なにか隠していることが確定したため、引き続き日向が問い詰める。


「本当に何を隠してるの、お父さん?」

「ホントニ、ナニモカクシテナイヨー」

「隠し事はしちゃいけないって、昔決めたよねー?」

「キョウノ、コノゴハンオイシイネー」


 咄嗟に話題を変えようとする父であったが、


「ご飯はいつも美味しいよね。それとも、いつもは美味しくなかったって言っているのかな?」


 無駄であった。

 日向の攻撃の手は止まらない。一手、また一手と詰将棋のように父の逃げ道を潰していく。しかし、父も大黒柱としての威厳だろうか。なかなかに口を割ろうとしない。


 そんな攻防が数分続いた。いつまで続くのか―――味噌汁を啜りながら二人の言い合いを傍観していたが、先に王手をしたのは日向であった。


「そう……言わないんだ。ふ~ん。私がせっかく、父親の隠し事という赤坂家のピンチに一肌脱ごうっていうのに。ふ~ん。意地でも言わないつもりなんだね、お父さん」


 この気配は王手ではない。チェックメイトであった。


「分かった、分かったよ。この手は使いたくなかったけど―――私は赤坂家を存続させるため、仕方なく、愛を持って、このバットを折ります!」


 それは父が草野球で特に愛用していたバットであった。

 なにが仕方なくだ。なにが愛を持ってだ。お前が一番楽しそうじゃないか。


 父も動揺を隠せないのか、止まっていた体が再び動き出す。しかも、今回の揺れは指数関数的に大きくなり、すでに先ほどの揺れを超えていた。そして揺れが最高潮に達した瞬間―――父は叫んだ。



「ホントニホントニ、ノコトナンテカクシテナイヨーーーー」



?』



 空気が凍るとはどういうことが完全に理解した。


 誰も動かない。誰もしゃべらない。血の気が引いていくのが分かる。


 確かにこの場の空気は凍っていた。



 今回の1週間に1度の楽しい楽しい夕飯は、『父親、転勤問題』と『父親、帰国子女問題』を残し幕を閉じた。

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