妄想男子の妄想彼女 

西田河

第1章 プロローグ

第1話 後悔の多い人生でした

好きな人は昔からいた。


近所に住んでいた天野ちゃん、中学で同じクラスだった浅田さん。だが、赤坂陽あかさかようは一度の告白もしたことが無い。それはなぜか?


自信がなかった。


こんな僕が告白したとこでOKしてくれるだろうか?


不安だった。 


もし、断られたらクラスの人たちに笑われるんじゃないだろうか?


そして何より、自分が傷つくのが怖かった。


 そのようなことを考え、考え、考えているうちに僕の中学生活は終了した。0-0である。何の面白みもないサッカーの試合のように、僕の人生ゲームを観戦している僕もつまらなそうである。しかし、その中にも諦めていない僕もいた。


僕A「いや、でも同じ市内なら町のどこかで会えたりするんじゃない?」


僕B「そうだよ! 違う学校になってもチャンスはあるかもしれない」


僕C「これからも中学校の集まりとかあるだろうし、その時に頑張ろう!」




希望論である。



人生においてロスタイムは存在せず、試合中に結果を残せなかったものには、何も残らない。そもそも、同じ学校にいたときにうまく話せなかったのだ。町で会ったところで会話になるかすら怪しい。そんなことにも気づけないまま……


いや、気づかないように


自分の心が傷つかないように、自分の状況から目をそらし、耳を塞いだ。


そして、架空の彼女との妄想に日々を費やした。


晴れの日は一緒に遊園地に行き、雨の日は僕の部屋で映画鑑賞、その後は一緒にご飯を作ったりもした。


今日は『彼女』とキャンプに行く予定である。場所は人気が少なく、自然豊かな森の中。天気は快晴、泳いでいる鮎や岩魚の姿がくっきり分かるくらい澄んだ河のそばに、僕はバーベキューセットを準備する。


「バーベキューセットの準備はできたよ。食材の準備はできた?」

「完璧! 早くお肉焼こうよ」

「そんなに急がなくても、まだまだ時間はあるんだからさ」

「そんなこと言ってたら、日が暮れちゃうよ。せっかく遠出したんだから、たくさん楽しまなくちゃ!」



幸せだ。なんて幸せなんだ。こんな日々が明日も、明後日も、そのさ……




 キーンコーンカーンコーン




 幸せな時間は終わりだ。僕の意識は一気に現実に引き戻された。


 なぜチャイムの音はここまで威圧的なのだろうか。もう少し穏やかに知らせてくれてもいいと思うのだが。母から聞いた話なのだがイギリスのビッグベンでは、このチャイムの音が15分に1回なるらしい。気が狂いそうだ。


 そんなこんなで、密かにイギリス人に敬意を表しながら、帰りの準備を済ませ、誰よりも早く教室を出る。もし帰宅部が存在すれば、僕は間違いなくこの学校のエースだろう。もしかしたら、県大会ぐらいなら入賞できるのではないだろうか。僕の足は、いつかあるかもしれない県大会に向けて、加速した。




 下校は一人で『彼女』と一緒に歩く。日課である。


 しかし、今日は珍しく悩み事をしていた。

 それもそのはず、今は高校1年の2月。僕と『彼女』との交際期間はもうすぐ1年を迎えようとしていた。


 流石にまずい。妄想は楽しかった。しかし、約1年『彼女』とお付き合いをしていた結果、現実世界の交友関係は破壊された。いや、何も育たなかったという方が正しいか。まさに、不毛の大地である。今更、水をやったところで何も生えてこないだろう。


 久しぶりに1人で帰宅した気分は最悪であった。ドアを開けると、飼い猫のゴマが玄関でお出迎えをしてくれた。


 「ニャー」


 どうやら、腹が減っているらしい。棚から取り出したキャットフードを皿に盛りつけてやると、僕への興味は無くなったようで、餌をガリガリと食べていた。


 夕飯までは時間があるので、最初に宿題を終わらせる。宿題は大切だ。僕が通っている学校はいわゆる自称進学校であり、宿題をやり、テストでそこそこの点数を取れば、寝ていようが、漫画を読んでいようが何も言われない。だから妄想を邪魔されないためにも、宿題は僕にとって最重要タスクである。




 一通り宿題を終わらせた後、買ってからしばらく読んでなかった漫画を読むことにした。この漫画はバトル漫画で友情、努力、勝利、といった要素が詰め込まれた漫画であり、全巻揃っている数少ない漫画である。

だが今となっては、惰性で集めている漫画に過ぎない。中学校の頃はあんなにも熱くなれたのに。自分が変わったのか、漫画が変わったのか。



 このままではいけない。



 そんなことは分かっていた。


 分かっていながら行動に移せない自分自身にイラつきながらも、漫画を読み流す。


 雄弁に熱く言葉を発する漫画のキャラとは対照的に、今日僕の発した言葉は0であっ た。


 部屋には漫画をめくるパラパラという音だけが鳴り響いていた。


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