44 営業の鈴木さん
東京のど真ん中。港区のど真ん中にある高層オフィスビル。いかにも稼いでそうなスーツ姿の男女がせわしなく歩き回っている。綺麗なエントランスに足を踏み入れた段階でこの空気に負けそうになる。高校生の自分たちには場違いとしか思えないが、今日は招待されてやってきたのだ。
受付でアポがある旨を伝えると、ソファに座って待つように言われた。セキュリティが厳しく、勝手に上の階へは行けないようになっている。
二人して柔らかい革張りのソファに腰をおろす。
美波も落ち着かないのか、珍しく饒舌に話しかけてくる。
「ずいぶんと天井が高いね……」
「そうね」
「壁に当たってる照明、何のためだろ」
「雰囲気作りよ」
「床がキラキラしてる」
「清掃の人が頑張ってるのよ」
「人が多い」
「……そうね。みんな頑張って働いてるね」
緊張のせいで英美里の方が口数が減ってしまう。ふたりして雰囲気に飲まれているなと感じる。
自分たちはスーツを持っていないので私服でやってきたが、落ち着いて周りを見ると私服の人も結構多いように感じる。IT系や出版系は私服OKなところも多いらしいから、そういう仕事なのだろうか。
英美里は両親に「変な格好で行くなよ」と(半ば強引に)買い与えられた一式のおかげで、それなりの格好にはなっていると思う。ジャケットからシャツからパンツ、靴に鞄まで与えられた。大した金額ではないが多分そこそこ社会人に見えているのではないか……と思う。
隣の美波は本当に私服といった感じだが、まぁ美波に求められているのはそういうものではないだろう。
「おまたせしました」
5分もしないうちに若い女性がやってきた。長い黒髪を後ろで束ね、黒いスーツに銀縁のメガネだ。学生なら生真面目な委員長のように見えるだろうが、今はちゃんとした社会人に見える。
「またお会いできて嬉しいです。改めまして、cool vision の
「宜しくお願いします。北野です」
「ミナズキさんも、来てくれてありがとうございます」
美波は軽く会釈する。人見知りモードに入ったため、暫くは黙ったままだろう。
「ここでは何ですから、さっそくオフィスに行きましょう」
セキュリティゲートをくぐりエレベーターホールへ。重そうな扉が軽快に開き、多くの人が降りて入れ替わりに乗り込む。
エレベーターが静かに昇っていく。高層タワーなだけあって上昇が速く、その割に揺れない。
階が上がるにつれて、赤い東京タワーが良く見えるようになってくる。ここが東京タワーの絶景ポイントだと観光ガイドブック書けそうなほどだ。
「良い眺めでしょう?19階のうちのオフィスからも綺麗に見えるんですよ」
「東京のオフィスって感じですね……華やかです」
「そうですね。でも、meridianもいずれこういう所で仕事をすることになるかもしれませんよ」
「想像できないですね……」
「その時は私を雇ってくださいね。営業はお任せください」
「それは……楽しそうですね」
自分がここで社長をしている姿を想像してみる。
東京タワーが一望できるデスクに座る自分。大きな画面のパソコンに、エスプレッソマシンで入れた珈琲。行き交うたくさんのスタッフ……。
いまいちピンとこないな。運良く会社が成長したとして、こういうオフィスで働いたりするのだろうか。
そうこうしているうちに19階へと到着した。
オフィスというと無機質なイメージがあるが、cool vision は欧州に本社を置いているだけあって雰囲気の良い環境にこだわっているようだった。
個人経営のカフェのような木の床に木製のデスク、照明は明るすぎないが、間接照明がいくつか設置されているおかげで暗くは感じない。壁が少なくて視界が遠くまで届き、ミーティングルームはガラス張りになっている。ずいぶんと開放感がある。窮屈感を感じさせないためだろうか。いや、ハラスメント対策かもしれない。
「こちらにお座りください」
窓際のテーブルに案内された。個室ではなく、レストランやカフェの席のようなイメージに近い。こういうものなのだろうかと周囲を見てみると、同じような席で話をしている人達がいる。cool vision はデバイスの製造メーカーなので、販売や広告関連で商談をすることも多々あるのだろう。
「珈琲と紅茶、どちらがお好きですか?」
「ひとつずつでお願いします」
「はい。ではお待ち下さい」
そういって鈴木さんはどこかへ消えていった。
美波はさっきからジーっと外を眺めたままだ。考えてみれば19階まで上がるというのは中々ないと思う。しかもここは1フロアが高く設定されているためなおのこと高い。
今は東京タワーとは反対方向だから、国会議事堂や皇居方面が見えているだずだ。議事堂がどれかはわからないけど、遠くに見える木々が皇居だと思う。位置的には見えないが、六本木ヒルズもこの近くだ。
まさに日本の中心地。土地が高いんだろうなぁ。
すぐに鈴木さんが帰ってきた。英美里が珈琲を取ると、鈴木さんが紅茶を取って美波の前へ置く。
「いやぁ驚きましたよ。まさか会社を作って会いに来るだなんて」
「まぁ、ずいぶんと無茶をしているなぁと思います」
「大人の常識からしたら、どこかの事務所にでも入ればいいと思ってしまいますけどね。でもこういうチャレンジ、個人的には大好きです。いやぁこの先を考えるとワクワクしますねぇ」
「迷惑をおかけするかもしれませんが……」
「偉大な実業家もほとんどは学生時代から会社を経営してます。少しの躓きくらい大したことではありません。スティーブ・ジョブズも一度はAppleから追い出されてますし、アクションを起こしたということが大事なんですよ。もちろん、最初の第一歩で成功できるよう協力はさせてもらいますけれども」
そういって一冊のファイルを取り出した。
「では、仕事の話をしましょう」
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