42 北から南まで
3学期。
短いわりにはテスト期間もあるし、もうすぐ3年生ともなると受験にむけてソワソワし始める時期だ。呑気に春休みを待ち望んでいると、3年生になってから慌てふためくことになる。
一方で美波と英美里の1月は順調に過ぎていった。
全国大会優勝の副賞として最新ゲーミングPCを貰ったので、老朽化していた機材の切り替えもタダで済んだ。
美波はひとりで配信ができるようになり、よくナミ猫とランクマッチで暴れ回っているようだ。視聴者数は1万人前後で安定したようで、チャンネル登録者も70万人を突破した。
冴えわたるトークは持ち合わせていないが、圧倒的な強さは他の配信者を大きく引き離している。
英美里はというと……。
「で、例の件はどうなったの?」
休み時間にやってきた絵麻が聞いてくる。
最近よく顔を出すようになった。ふらっとやってきて雑談して帰っていく。チームは全国大会で解散になったが、全員パソコン部に所属したままである。
「なんとか終わったわ。初めてのことだから大変だったし、書類関係がとんでもない量だったけど」
「お、じゃあ遂に北野社長ですか?」
「そういうこと。美波はああ見えて春生まれだからChu-Tubeの収益化はもうすぐなんだけど、それまでに出来ることもあるからね」
全国大会が終わってから年明け、そして1月と、英美里は自社設立の為に動いていた。
去年、チームや事務所といった数々の誘いを断ってまでふたりでやっていくと決めた。そして、決めたからには相応の環境を用意しないといけない。
そのために会社を立ち上げることにした。
虹巻高校はアルバイト禁止だが、起業を禁止する決まりはない。強引な解釈だが、そもそも例外規定が多々あって、例えば絵麻のクラスには雑誌モデルをしている生徒もいるし、去年卒業した生徒が芸能事務所に入っていて、CMにも出ていたらしい。その生徒たちもギャラを得ているはずだが処分は受けていない。
この辺の基準がよくわからないが、仕事ならOKなのだろう……おそらく。担任にはひと声かけてあるし、まぁ大丈夫だと思う。
それでいいのか虹巻高校。
ちなみに、高校生でも親権者の同意があれば起業が可能だ。手数料や印紙代で20万円以上必要だが、資本金は1円でもあれば良い。
なので英美里が今まで貯めた手つかずのお年玉でなんとか手が届いた。定款の作成やら登記申請やら面倒な作業は多々あるが、ルール通りに進めればちゃんと起業できる。
会社というものは、立ち上げるだけなら割と簡単なのだ。
1番の課題は親の同意だが、幸い北野家は起業精神の強い家だ。父親も複数の事業を立ち上げているし、母親も元経営者だ。1番上の兄は既に独立して会社を経営していて、2番目の兄は大学生だが既に起業している。
だから、英美里が会社の話をしたとき頭ごなしに反対されることはなかった。もちろん内容に関しては厳しく問われたが、英美里の計画は両親を満足させた。
事業内容を一言で言うと、配信者(今のところ美波ひとり)の活動をマネージメントするタレント事務所だ。最近では大小合わせると無数の事務所があり、バーチャル専門やゲーム配信専門、なんでもアリの大手まである。
すれと雫が好きなVtuberの望海誠も、Vfunという事務所に所属している。
両親が気に入ったこの事業の良さは、支払いが少ないので資金がショートし辛いことだ。
仕事柄、商品や原材料を仕入れる必要がなく、店舗を構えるわけでもないので家賃や光熱費もかからない。美波はあくまで契約タレントなので、給与を支払う従業員もいない。配信機材は既に揃っているので今から購入する機材はゼロ。企業案件を受注することはあっても発注はしない。
つまり、うまく行かなくても多額の借金を背負う危険性が少なく、最悪の場合でも美波との契約を解除して倒産してしまえばそれで終わりだ。大量の在庫を抱えたまま会社だけなくなるという危険性がない。
もちろん税金やらなんやら支払うものはあるが、他の事業ほど多くはない。
唯一の不安は、契約違反で賠償責任を負った場合だが、美波がそこまでやらかす可能性は低い。
更に両親が気に入ったのは、所属タレントが既に数十万人のフォロワーを獲得していて、契約を結びたいと申し出ている企業が複数あるという点だ。ヘマさえしなければ勝ちの決まった戦いだ。
「会社ねぇ、考えもしなかったなぁ。アタシなら卒業するまで待っちゃうな」
「そうね。でもこういうのは早ければ早いほど良いってものよ」
「そう?」
「例えば、社会に出てから起業して失敗したら失敗した人になるけど、学生時代に失敗しても良い経験をしたねって言われるからね。就活でも行動力あるって評価されることも多いわ」
「まぁ、そうかもしんないね」
「そ。だから早いに越したことはないのよ。しかも学生なら、自分の生活費まで稼がなくていいから楽よね。堂々と親に食わせてもらいながら経営できるなんて今だけよ」
「そういわれるとズルく聞こえるね……」
「未成年の特権よ。今のうちに軌道に乗せないと。そうそう、これ先に作っちゃったんだ」
そういって1枚の名刺を渡す。デザイナーもいないのですごくシンプルなものだが、メールアドレスや電話番号がしっかりと入っている。なによりも会社名があると、一気に本格的に見える。
あとは会社HPでもあればいいんだけど、制作費やサーバーレンタルの維持費なんかを考えるとまだ早い。公式ツイランドアカウントは取ったので、当面はそこがお知らせの場所となる。
「お、カッコイイ〜!株式会社
「英語で子午線よ」
「……しごせん???」
「北極点と南極点を結ぶ線のこと」
「ふ〜ん。あぁ、北野と美波(南)を結んだ名前か!ほぅほぅナルホドナルホド」
「何よその顔は」
「いや、仲がよろしいですなと」
「何よ今更」
「いえいえ別に。で、仕事のアテはあるの?」
「実はもうあるんだよね」
「マジ?」
「マジ」
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