第二部

41 密約

 車内には重く張りつめた空気が流れている。まるで限界まで膨らんだ風船のようで、少しの力で破裂しそうだ。

 後部座席に座るのは花岡玲香はなおかれいか谷椿たにつばき、そして片山瑠美衣かたやまるびーの3人。東京ガールズNo.19の3大派閥をまとめている権力者だ。普段は犬猿の仲であるが、今はある議題のために同じ車に乗っている。

 

「さて、雑談をする仲でもないから本題から話すのだけど」


 口を開いたのは花岡だ。3人の中では所属年数も年齢も上なので、こういうときは彼女の一言から話が始まる。


「3回目の全国アリーナツアーもチケットはソールドアウト、ライブビューイングのスクリーン数も歴代で最高数。グッズ売上も含めると利益は前回の約130%。はっきり言って大成功だったと言えるわ。ふたりは知っていると思うけど、ドームツアーの話も出てきている」

「そうね」

「私達は次のステップへ移行する時期が来たと言って良いわ。アー写も取り直すし、マネージャーのバックアップも強化される。ロゴも作り直すわ。個人での仕事も増えていくし、CMやドラマの仕事もガンガン入ってくる」


 これは決定事項だ。各メンバーには知らされていない話でも、派閥の長である3人には独自の情報網があるので既に耳に入っている。


「その前に……」


 ゆっくりと前置きをして、注目を集めるよう一息だけ間を開ける。


「過去の遺産は置いていくべきだと思うの。これからの私達には必要ないから」


 その言葉に谷と片山が息を呑む。ついに聖域に手を出すのか……。


「名実共にトップグループとして新生する東京ガールズNo.19に、3流時代にドサ回りをしていた人にはふさわしくない」


 名取光なとりひかる──。

 現在残っている唯一の1期生。ただひとり、どの派閥にも入っていないメンバー。現在では何故かグループの象徴として認知されており、派閥の長にも手が出せなかった聖域である。

 だだ、本人に特別な才能はない。共に小さな事務所を育ててきた先代社長とは懇意にしていたが、2年前に日本最大手の芸能事務所「グリッタープロダクション」へ吸収合併されてから徐々に影響力は減少している。今では、ちょっとスタッフから好かれているだけのロートルである。

 事務所幹部やプロデューサーへの影響力は、3大派閥の長であるここにいる3人の方が大きい。


「そうね。ついにその時が来たと思うわ。3流時代の象徴に居座られては、イメージに傷がつく」


 真っ先に同意するのは片山だ。


「私も賛成よ。ぜひそうしましょう」


 遅れて谷も同意する。

 前で運転する若いマネージャーが口を挟むことはない。大学を出たばかりで権力もない若造(3人よりも年上だが)が、この3人のやることに口出し出来るはずがない。何を思っているかは分からないが、所詮は下っ端奴隷である。


「ふふ、よかったわ。円満に話が決まって」

「みんな考えていることは同じよ」

「そうね。下手に手を出して痛い目を見るのはゴメンだけど、グループの総意というなら問題ないわ」

「と、いうわけで。彼女にご退場いただくまでは一時休戦にしましょう」

「了解」

「賛成」


 こうして一時的な同盟が作られた。もちろん破棄されることが前提の同盟である。名取光が卒業したあとには、次に入ってくる新メンバーを奪い合う熾烈な権力闘争が始まるのだ。

 現在の派閥は、花岡派が7名、谷派が5名、片山派が6名、そして名取光がひとりである。次のひとりがどこに入るかでパワーバランスが大きく変わる。花岡派は頭一つ抜け出るために、谷派は拮抗するために、片山派は谷派を追い落として2大派閥体制へ移行するために、それぞれ動き出すのだ。


◆◇◆◇


 3名の同意が取れたところで解散となった。瑠美衣はわざわざ途中で降りてタクシーを拾い直した。あの二人と帰るなら、お金を払ってタクシーで一人で帰る方がマシだ。


 エゴサでもしようとスマホでツイランドを立ち上げると、ミナズキの配信開始の通知が目に飛び込んできた。思わず舌打ちをしそうになったが、タクシーの運転手に聞かれると良くないのでなんとか踏みとどまった。


 年末、再びミナズキの名前がトレンドに乗っていたので確認したところ、ゲームの全国大会で優勝したというネットニュースが流れていた。そこでトロフィーを持つ顔を見て驚愕した。

 月島美波……あの馬鹿女、こんなところにいたのか。中学時代にあそこまで追い込んでやっというのに、まだ人前に出てくる勇気があったのか。

 瑠美衣が小学校から好きだった佐藤くん。彼に好きな人がいるという噂を聞いて調べたら、相手が月島美波という生徒だということらしい。人づてに裏を取ったが間違いはなかった。

 瑠美衣が何年も掛けて佐藤くんとの関係を築いてきたというのに、パッと出のチビが掻っ攫っていこうというのか……。

 怒りに燃えた瑠美衣は素晴らしい解決策を思いついた。


 


 瑠美衣は無事目的を達成した。奴は卒業まで学校に顔を見せることはなく、佐藤くんと仲良くなることはなかった。瑠美衣自身も佐藤くんとは付き合えなかったが、他の女に取られることだけは阻止できたのだ。


 が、あの月島が今になってまた瑠美衣の前に姿を表した。しかも自分よりもトレンドに乗ることが多い。あいつが私より目立つなんて許せない。どこまでも邪魔をする奴だ。

 なんとかして追い落としてやりたいが、こういうときほど逆に冷静にならなければならない。ミナズキが月島だというのなら、別の問題が生じる。


 自分と月島美波の過去の関係が世に出るとマズい。状況は悪くなったと言って良い。あいつは瑠美衣にとってアキレス腱となり得る。


 取り巻き連中には、動画や写真、音声などは残さないよう厳しく言いつけてあったが、頭の悪いあいつらのことだ、ひとつやふたつ残っていても不思議ではない。

 今更確認も回収もできない。万が一それが流出したときのことを考えると……やはり敵対するのは得策ではない。

 月島本人に過去を貼り返す意思がなかったとしても、周りの連中はわからない。金欲しさに情報を売る馬鹿もいる。

 状況は悪い。が、ポジティブに考えると、対策を考える時間ができたと考えるべきだ。

 すべてが公になったとき、どういう状態が好ましいか……。


「やはり、懐柔しておくべきか?」

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