40 その夜
その日の夜。
優勝祝賀会……といきたかったところだが、大会後のインタビューなどをこなしている間にすっかりと日は落ちてしまって、開放されたときには既に8時を回っていた。
学生が大会後の夜遅くに騒ぎ回って不祥事でも起こされたら、周りの大人の責任問題になってしまう。だから、素直に普通に夕ご飯を食べて部屋に戻って9時。みんな疲れていたのもあって、そのまま解散となった。
順番にシャワーを浴びて、ベッドに寝転がって後は寝るだけだ。
英美里は美波のメダルを手にベッドに腰掛けている。
重い。これまで掛けてきた時間がこの中に詰まっているようだ。
美波は隣のベッドでうとうとし始めている。
心身ともに疲れた中で慣れないインタビューを受け、ご飯を食べているときにすでに目が半分くらいまでしか開いていなかった。
シャワーを浴びて少し目が冴えたようだが、このあと特にすることもないので、脳は就寝モードへ移行しつつあるようだった。
話があるんだけど、明日にしようか……?
そう考えてメダルを保管用にケースにしまって机の上に置く。
「英美里ちゃん」
後ろから声がかかる。振り返ると、横になったままの美波がこっちを見ている。
「どうしたの?もう寝る?」
「いや、何か話したいことがあるような顔をしてた……気がした」
普段はのんびりしている美波だけど、たまに鋭いときがある。付き合いが長いせいだろうか。
「そうね……明日にしようかと思ってたんだけど、いま話そうか」
英美里が自分のベッドに腰をかけると、美波も起き上がって向かい合う。
カバンの中から数枚の名刺を取り出す。
「今、美波はフリーで配信やってるでしょ?ナミ猫さんみたいに、ずっとフリーで活動している人もいるし、Bazzさんみたいにプロチームのストリーマー部門に所属している人もいるよね」
「うん」
「で、美波にもそういうチームから誘いが来てるのよ。正確には、勧誘に向けた顔合わせをしたいって」
二人で組んでいるとはいえ、美波本人を差し置いて英美里が話を決めるわけにも行かない。あくまで「後日会いたいので、仲介してくれませんかね?」という形だ。
「チームに所属していれば機材や配信関係のサポートを受けられるし、スポンサー契約もやってくれるし、それに仕事の紹介もしてくれる。その代わりにマネージメント料としてギャラの何割かを持っていかれるけどね。
個人なら自分たちですべてやらなければいけないけど、お金は総取り。どっちも良し悪しはあるわね」
ゲーム配信者でいうと、チャンネル登録数もかなり上位まで食い込んできている。そんな大物がフリーで出ていたというのに指を加えて眺めているなんて、そんなのは仕事とは言わない。誘いがあって当然だろうと思う。
「まぁそういうわけで。美波にも言っておかないといけないからね」
手に持った名刺を美波に渡す。そこには国内大手のチームがズラリと並んでいる。
「もし私がその話を受けたとして、英美里ちゃんはどうなるの?」
「私は配信者じゃないし、まだ学生だから一緒にはいけないよ」
「そう……」
そこで会話が途切れる。
美波は顔が少し俯いて、地面をゆっくりと這うように彷徨う。
英美里から誘って、今まで数ヶ月配信をしてきた。今さら美波ひとりを放り出すのも気が引けるが、それでも将来に関わる大事なことだ。
本人が決めるべき話だし、英美里のわがままを挟んで決めるわけにもいかない。
いや、そうだろうか。
自分の本音も伝えずに、一方的に相手の意思を確認しようだなんて虫が良すぎるのではないか。
でもこれは英美里とは関係にない話で……本当に関係ないか?
頭がごちゃごちゃしてきたけど、こういうときはシンプルに考えるのが良いと思う。
美波とは、こういう駆け引きをしたくはない。
「私は、今まで通り二人で組んでやっていきたいと思ってるんだけど……美波はどう思う?」
美波がゆっくりと顔を上げて、少し笑う。
「うん……私も二人でやっていきたい。どこかに所属するとか、今はちょっと考えられないな」
英美里は少しホッとする。大きなチームからの誘いよりも、自分を選んでくれたことに対して。
一瞬の間だったけど、返答があるまでかなり緊張してしまった。まるで受験の合否を待つ心境だった。
「そう。じゃあ、折を見て断りの連絡を入れないとね」
「だね」
「さて!じゃあ話は終わり!寝ようか」
「うん」
二人は電気を消して布団に入る。
暗さに目が慣れてきて、無機質な天井が見えてくる。
緊張も和らいで心拍数もゆっくりになってきた。
落ち着いて考えると、自分はずいぶん大きなことを言ってしまったのではないだろうか
?これから先、ずっと美波と二人三脚で活動していくと宣言しまったわけだ。
途中でやっぱり辞めたとか、言える状況ではない。
何年続くのだろうか……5年?10年?おばあちゃんになるまで?
もしかして……今日この時が、自分の進路が決定した瞬間ではないだろうか。
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