39 理由

 緩んだ空気が流れている。

 ルールの関係で、チームが全滅したあとも席を立つことはできない。無駄話もできない状況なので、ただ黙って最後のチームの戦いを眺めている。

 画面では最後の2チームがぶつかり合っていた。共に4人生存で、ゆっくりと相手の居場所を探り合っている。


 最終戦。優勝するためには、少なくとも10キルは必要なHuntersハンターズ は、序盤から戦いを挑むものの、一人ずつ倒れていき結局は5キル9位。Kick Robキックロブ も4キル11位と奮わず、この時点でRainbow squad の優勝が決まった。

 Rainbow squad は後半まで生き残ったものの、大してキルを伸ばすことは出来ず3キル7位で終了。


 美波としては、負ける気はしていなかった大会だけど、優勝する自信があったのかと言われると答えに困る。こういうのは、何も考えていなかったというのだろうか。

 だからこそ、こういう時にどんな顔をしていいのかわからない。そもそもまだ試合をしているので喜ぶにはまだ早い。

 隣を見ると、絵麻もすみれも雫も静かに画面を見つめている。


 時間が経つごとに、なんだかソワソワと浮つかない気分になってきた。自分たちが優勝トロフィーを掲げたら、英美里は喜んでくれるのだろうか。

 もう客席には姿は見えないけど、たぶん裏まで来ているのだろう。選手ではないから一緒に表彰台には上がれないけれど、すぐ近くで見ることは出来るはずだ。


 画面では最後の戦いが終わろうとしていた。劣勢だった方のチームが奇跡的な手榴弾で2人を倒し、最後は近距離の撃ち合いを制して勝利を収めた。

 会場からは大きな拍手が沸き起こる。


 ヘッドホンを外すと、スタッフから移動の案内をされる。

 素直にステージ袖までついていくと、表彰式の段取りが説明される。事前に全てのチームに通達の合った内容だが、美波は案の定忘れていた。

 おろおろしていると、絵麻に「あたしの後ろにいればいいから」と言われた。頼りになる。


 ステージでは先程勝ったチームがインタビューを受けている。最終順位は下位の方だが、最後に勝てたとあって、感極まって泣いている選手もいる。


 隣にはHunters とKick Rob も来ていた。ReAtackレアタックも、怖いヤンキーみたいな女の人もいる。


 スタッフに促されてステージへ出ると、目の前が一気に明るくなった。割れんばかりの拍手で迎えられる。たくさんの観客がいるはずだけど、照明が眩しくて大勢の人に見られているという感覚がない。大きなスピーカーから拍手の効果音がしているみたいだ。


 3位のチームから順番にメダルを受け取っていく。

 暫く待っていると自分たちの番になった。知らないおじさんから首にメダルをかけてもらった。いや、自分が覚えていないだけで、きっと大会の偉い人だと思う。

 金色に塗装されたメダルは、大きさに反してずっしりとした重さを感じさせた。


 少し眺めていると、絵麻に腕を引っ張られて前の方まで連れて行かれた。目の前の台座ににトロフィーが置いてあった。

 美波にはずいぶん大きく感じられたが、後で聞いた話によると、サッカーのワールドカップより少し小さいくらいらしい。


「これ、どう持つんですか?」

「え、どうしよう……」

「私は背が高いから横から支えますよ」

「えーっと、じゃあ……」

「リーダーとエースが真ん中でいいんじゃないですか?ほらほら持ってください」

「わかった。美波も真ん中から持ち上げてね」


 イマイチ要領を得ないが、とりあえず持ち上げればいいんだと思う。


「いくよー。せーのっ!」


 絵麻の合図でトロフィーを持ち上げる。眩い照明の向こうから大きな拍手が沸き起こる。ステージの下の方からはたくさん写真を撮られている。


「おっけー?おっけー?おろすよ?」


 ゆっくりトロフィーを下げると、流れで美波が一人で持つことになってしまった。ずいぶんと重たいが、流石にゲーミングPCよりは軽いので、両手で抱えるようにすればなんとか持てる。


 ふと左のほうへ視線をやると、ステージ袖に英美里がいた。胸の前でちいさく拍手をしている。

 トロフィーを抱える美波と目が合うと、右手で目頭を拭った。


 その時、美波の中で何かがカッチリとハマった感覚があった。複雑な鍵が綺麗に合ったような、知恵の輪が外れたときのような、間違い探しの最後の一つを見つけたときのような、そんなスッキリとした気持ちだった。


 美波は、今まで英美里から大きな恩を感じていた。その恩は一生かかっても返しきれないような、途方もないものだと思っていた。

 でも、もしかしたら……自分がこの世界で勝ち続けたら、配信者として有名になって成功したら、ちょっとずつ返していけるのだろうか。


 そう考えると、俄然やる気が湧いてきた。


 戦おう。全員なぎ倒して、自分が1番であり続ければ良いんだ。


 その日、ステージの上でトロフィーを抱えながら、月島美波は戦う理由を見つけた。

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