25 メーカーさん

 案内されたのは、アリーナの隣のビルにある貸し会議室だ。

 すでに机が四角に並べられていて、英美里はその奥側の真ん中に座らされた。机にはペットボトルの水、お茶、紅茶、コーヒー、りんごジュースが置いてある。


「お好きなものをお飲みください。残りはチームの方々で分けてください」


 それで5本も用意されていたのか。なるほど。

 大勢のメーカーさん達が席へと座っていく。まるで裁判のような格好だが、今は自分がゲストだ。気負う必要はない。


「改めまして、本日はお時間を頂きありがとうございます。本当は各メーカーさんもお聞きしたいことがあるでしょうが、今はリハ終わりまでしか時間もありませんので、代表して私がお話させていただきます」


 代表するのは、cool vision 日本支社長の岡本さんだ。穏やかな表情に白髪混じりの男性で、国語の先生のような雰囲気だ。


「はい。お願いします」

「まず、ミナズキさんのChu-Tubeチューチューブ でのご活躍、我々の方でも拝見させていただいております」

「ありがとうございます」

「それでですね。なんとなくお分かりかと思いますが、我々といたしましては、ミナズキさんの活動に対して、ぜひスポンサードさせて頂きたいと考えております」

「はい」


 まぁ当然そういう話だろう。

 ちなみに、「スポンサードする」というのは文法的におかしいのだが、用語として定着してしまったので使用しているのだろう。


「ただ、今は大会中でありますし、これから年末年始でミナズキさんも我々も休みに入ります。具体的な話は早くとも年明けと考えております」


 今は12月も下旬に入った所。話をしたところですぐに中断されてしまう。

 だが、全メーカーが同じ意見だということは、相当に気を使われているなと英美里は感じる。

 ミナズキは企業としての窓口がないうえに、関係者が両方とも高校生だ。

 隣に並んでいるライバル企業に、コンプライアンス違反でつつかれないよう、やんわりと話をしつつ、どうにかして美波の保護者を引きずり出さなければならない。


「そこで本日は、ミナズキさんの温度感といいますか、スポンサーが付くことに対して前向きなのかどうかというお話。また、ミナズキさんは未成年でございますので、保護者の方の同意が必要なわけでありますが、保護者の方はミナズキさんの活動をどう思われているのか、もちろん言える範囲で構いませんので、お聞かせ願えたらなと思っております」

「うーん、そうですねぇ」


 スポンサーが付くということに美波が前向きかどうか。答えは超イエスだろう。

 美波は両親が離婚しており、母親がひとりで働いて学費まで捻出している。

 父親はギャンブルで借金を作り、他に女をつくって出ていった。そのせいで母親は貯金がゼロの状態で仕事を探すハメになった。平日も土日も働き詰めで、せっかくのこの大会も見に来られない。

 いつか倒れてしまうのではないかと英美里も心配しているが、高校生の自分にどうにかできる話ではない。

 だからだ。スポンサーを付けて美波がお金を稼ぐことができたら、仕事を減らして休みを作ることができる。つまり、かなり前向きに検討することだろう。


 とは言っても。そうやって前向きなことをアピールしすぎると、今度は契約をするに当たって足元を見られてしまう。

 メーカーも仕事でやっているのであって、慈善事業じゃない。安く買えるものに大金は出さない。


「条件次第かなと思います。彼女は今、違うメーカーのマウスとキーボードを使用しています。無理にメーカーを合わせる必要があるとなった場合、首を横に振る可能性があります。ああみえて頑固なところがありますので」

「なるほど」

「実は最近、家電量販店のゲーミングコーナーを見に行ったんですけれど、cool vision さんの masterマウスありますよね」

「はい。多くのプロの方に使用していただいております、自信作でございます」

「大きすぎると言っていました」


 デバイスメーカーの人の顔がわかりやすく曇った。

 この話は本当で、どのマウスも微妙に気に入らないようだった。今使っているマウスがやや薄い形をしているので、それ以上に大きいものは美波の小さな手には合わないらしい。Sサイズはないのかと不満げだった。

 cool vision のmasterマウスと言えば、世界中のプロ御用達の名品だ。ネットのレビューでも常に高得点の名マウス。それが不満となるとメーカーとしても困ったことになる。

 メーカーはお金を出す以上、1番売りたいものを使ってほしいだろう。だが美波が気に入っているのはmasterマウスの半分以下の値段だ。それがたくさん売れて欲しいわけじゃない。

 となると、メーカーとしては選択肢が2つある。ミナズキモデルの小さめのマウスを開発するか、お金を積んで無理に使ってもらうかだ。


「あと保護者の話ですが、配信をしているのはもちろん知っていますが、スポンサー云々の話になると予想できません」


 これは本当にわからない。

 母親は無理してたくさん働いているが、だからといって娘がお金を稼いでくることを良しとするかは別の話だ。「娘がお金稼いでくれるなんてラッキー」みたいなことを言うタイプの人ではない。


「私には親の気持ちはわかりませんので。ただ、本人が前向きであれば、説得には協力しようと思います」

「なるほど。いや、それはそうですね。面と向かって反対していないというだけで結構です。そこから先の交渉は我々の仕事ですので」


 それもそうだ。英美里は美波の行きたい方向を後押しするだけだから、場合によっては親ともメーカーとも対立する可能性がある。


「では、連絡先を教えていただくことは可能ですか?」

「はいもちろん。あ、でもどうなんだろう。親の連絡先でも私が勝手に約束したらマズイですか?」

「そうですね。では先ほどいただいた連絡先にまたメールをお送りしますので、ご本人の了承の上、ご返信ください」

「わかりました。また相談しておきます」


 いつ会えるだろうか。さすがに元日くらいは休み……かな?


「今日は聞きたいことが聞けてよかったです。ありがとうございました。もうすぐリハも終わる時間ですし、戻らねばなりませんね」

「はい、ありがとうございました」


 こうしてミーティングは短時間で解散になった。



 その日の夜。

 配った名刺に書かれているアドレスには、各社からの御礼のメールが届いていた。返事が必要かなと思ったが、メールの最後には「たくさん届いているだろうから返信は不要です」と書かれてあったので、一旦保留にしておいた。大会が終わってから返せばいいか。


「疲れたぁー」


 いきなりたくさんの大人たちに囲まれて、緊張しない方がおかしい。英美里はベッドに身体を投げ出してだらけた格好になる。

 隣を見ると、美波がもらった名刺をベッドの上に七並べのように並べている。

 大会中はホテル泊まりだ。運営が用意してくれたツインルームに、英美里と美波、すみれと雫、絵麻と付き添いの顧問の先生に別れて入っている。


「たくさんあるねぇ」

「全部美波宛てだよ」

「ふーん……」


 この子は自分の価値を理解しているのだろうか?いや、していないだろうな。

 周りはみんな、美波のことを高く評価しているのだ。メーカーもチームのみんなも、他チームの選手も、もちろん英美里もだ。

 分かってないのは本人だけ。


「さて、どうやって高く売りつけてやろうかしら」

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