24 前日リハと……

 横浜コミュニティアリ-ナ。

 名前の通り横浜にあるアリーナなのだが、コンサートなどで有名な「横浜アリーナ」に比べると小さな施設だ。

 バスケットのフルコートがすっぽりと収まるスペースに客席が4000ほど。横浜アリーナの客席が1万人以上収容できると考えると小ぶりだが、それでも4000席を確保できるとなると、日本でも大きい方の施設と言える。普段はバスケやバレーの試合、企業の展示会、同人イベントなどで利用されている。

 なぜこのような大きなアリーナが必要かというと、Last one は64人のプレイヤーが一斉に戦い合うので、選手用に64台のパソコンを並べる必要があるからだ。それに加えてスタッフ用、カメラ(ゲーム内)用、中継用となると、なんだかんだで100台近くのパソコンを用意する必要がある。

 そういった理由から空席を覚悟で広い会場を抑えたのだが、チケットはソールドアウト、海外からの取材陣が殺到して、急遽通訳の確保に追われるなど想定外の事態が発生している。


 現在、その事態を作った張本人はというと、リハの待機所でビクビクと震えていた。

 今日は大会のオープニングのリハーサルだ。選手側の手順としては至ってシンプルなのだが、こちらは高校生である。ぶっつけ本番で「こう歩いてください」と言われても対応できないだろう。

 というわけで、今からリハーサル。64人の選手が一同に介している。選手の前には大きな階段があって、チーム名を呼ばれたらこれを登っていって入場するらしい。

 スタッフ側の準備がもう少しかかるらしく、選手たちはワイワイガヤガヤと騒がしく待機している。


 もちろんこの場に英美里は入れないので、美波は繰り上がりで頼る相手に選ばれた絵麻の後ろで、目立たないように小さくなっている。

 といっても、女子4人のチームなんて「ミナズキのいるRainbow squad」しかないわけで、妙にたくさんの視線を感じるのだった。


「美波、見てあいつ」


 絵麻が小さな声で話しかけてくる。


「あの背が高くて目つきの鋭いクールなやつ。あいつがReAtackレアタック ね。この前話したでしょ?」

ExplosionZエクスプロージョンズ の」

「そう。美波とあいつ、どっちが最多キルを取るかが注目されてるの」

「しってる」


 さすがに覚えなおした。esports界注目のスーパールーキーだ。


「よし、じゃあ喧嘩売りに行きましょうか」

「はい?」

「お、いいですね!行きましょう!」


 すみれが何故か乗り気だ。

 絵麻に手を引かれてReAtack のもとへ連れて行かされる。隣ではすみれがドヤ顔で腕を組んでいて、雫は後ろにただ立っているだけだが、人によっては睨んでいるように見えるだろう。


「やぁやぁHuntersハンターズ の諸君」


 北海道代表Hunters の4人が一斉にこちらを見る。

 背の高い、世間一般でいうイケメンのReAtack に、名前は忘れたけど太ったメガネとヤンキーみたいな強面と坊主頭の4人だ。太ったメガネ以外はスクールカースト上位者に見える。

 全員エース帯の強豪チーム。優勝候補筆頭だ。


「……何だ?」


 ReAtackが戸惑ったような小さな声で返事をするが、いきなり派手なギャルが出現したらこういう反応にもなるだろう。

 だがこれでひとつ分かった。ReAtack も陰の者だ。通常、陽キャがギャルに話しかけられたらテンションが上がる。


「あなたたちは優勝候補と言われているらしいからね。ご挨拶と思って。あたしはリーダーのPowerGG、このちっこいのがSumireSmile で、後ろのおっきいのがDrop。で、この隠れている子が……あんたよりも強いやつよ」

「そうか、あんたが……。戦うことができて光栄だ。よろしく頼む」

「…………」


 ReAtackは至って常識的な返事をするが、美波はどうしていいか分からない。背の高い男子なんて、話した記憶すらない。


「見ての通り極度の人見知りでね。あたしが代わりに返事するわ」


 なぜが絵麻が答えるが、美波としては異論はない。勝手に話してくれ。


「首を洗って待ってな!」

「…………」


 返事はなかった。



◇◆◇



 そんなやり取りが行われている裏で、会場に入れない英美里はというと……スーツを着たたくさんの大人たちに囲まれていた。


「私、cool vision 日本支社長の岡本と申します」

「同じく、営業戦略部の鈴木と申します」

「あ、どうも、ご丁寧に」


「iron tools インフルエンサーマーケティング課長の田代と申します」

「苗元と申します」


「crazy strings 第一営業部部長の長野と申します」

「第一営業部の崎口と申します」


「ゲーミングモニターのフラニーカンパニー日本支社、営業課長竹内と申します」


「今大会ゲーミングパソコンの提供をさせていただいているレヴィ・ジャパンの……」


以下略


 一通り挨拶の終わった英美里の手には、たんまりと積み重なった名刺の山ができていた。これ、どうやって持って帰ろうか……?

 どのメーカーも偉い人と若い女性の組み合わせで来ているのは、ミナズキという人間が人見知りの女子高生だということからの配慮だろう。こういうところが営業マンの気遣いかと思う。


 先ほど、英美里がロビーでエゴサをしていたらメーカーさんたちに捕まった形だ。首から「Rainbow squad」と書かれた選手用のパスを下げていたら、そりゃあ見つかるというものだ。


「あ、一応私も名刺というか、連絡先のあるものを作ってまして」

「え、そうなんですか!?」

「はい、これです。下にメールアドレスがありますので」

「これはこれはご丁寧に。ありがとうございます」


 量販店で売っている名刺用紙に、minazukiという名前と、右下に連絡用のフリーメールのアドレス(北野英美里宛)だけが入ったシンプルなものだ。ロゴもなければ住所も電話番号もないので、これくらいの内容にしかならない。

 渡す相手が多すぎるので、テスト用紙みたいに順番に回してもらった。こっちは学生だし、このくらいは気にもされないだろう。


「実はすぐそこの会議室を借りていまして、お時間は取らせませんので少しだけお話させていただいてもよろしいでしょうか?」


 先程からcool vision の支社長が代表で話してくる。ひとりだけ支社長という偉い立場にあるからだろうか。誰かが代表してくれるのは楽で良いのだが。


「まぁ、少しなら……」


 こうして、リハーサルの裏でメーカーさんとのミーティングが始まったのだった。

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