09 陽キャ襲来
ナミ猫との配信の翌日。英美里が休憩時間にコメントのチェックをしていると、前の席に別のクラスの女子が座った。真っ直ぐに英美里を見つめてくる。
「北野さんだよね?」
「そうだけど。確か、田所さんだっけ?」
「よく知ってるね!そうだよ田所絵麻」
田所絵麻。服装規定の緩いうちの学校でも目立つ派手な服装。アイロンで綺麗にカールをかけた明るい茶髪、眉毛や目元までメイクをバッチリ決めていて、カーディガンをオーバーサイズにして羽織っている。赤く塗られた爪、耳にはハート型のピアスがぶら下がっている。
所謂ギャル。クラスのカーストでは最上位に位置する陽キャ系女子である。
英美里は真面目系だが、最低限のコミュ力はあるので普通に会話ができる。もし美波が向かい合ったら、ガタガタ震えて英美里の後ろに隠れるだろう。
「ちょっとひとつ聞きたいことがあってさ」
そう言って英美里の机に身を乗り出してくる。素早い距離の詰め方、これが陽の力か……。
「昨日、ナミ猫さんの配信にいたのって北野さん?」
心臓が跳ね上がる。
まさか声だけでバレるとは思わなかったという驚きと、田所絵麻がFPSの配信を見ているのかという驚きが2重で襲いかかってきた。
「びっくりしちゃった。声が北野さんなんだもん」
「分かるものなの?そんなに田所さんと話したことあったっけ?」
「去年同じクラスだったじゃん。北野さん、先生によく当てられるでしょ?」
「あーなるほど」
凄いなと思う。英美里なら、配信で喋る絵麻の声には気が付かないだろう。
「それに名前。英美里ちゃんって呼ばれてたでしょ」
「呼ばれてたね」
「やっぱり北野さんなんだ!」
「まぁ。そうだけど」
そこまで隠すようなことではない。いずれバレたら素直に認めるつもりだったが、こんなに早く分かるとは思わなかった。
「じゃあ北野さんはミナズキと知り合いなの……?どんな人?」
声を潜めて聞いてくる。どこか緊張した面持ちにも見えた。
「どんなって、あそこで寝てるよ」そういって爆睡中の美波を指差す。
「……月島さん?え、月島さんなの?」
「そうだよ」
「あー月島美波でミナズキか、納得」
「美波の名前までよく覚えてるね」
「同じ学年は全員覚えてるからね。普通じゃない?」
英美里的には普通じゃない。陽キャ恐るべし。人間に対する興味が桁違いなんだろう。
「そうなんだ。月島さんが……」
「ていうか、田所さんてFPSとかするの?」
「実はやってるんだ。で、そのことで相談があるんだけど……」
絵麻は「ここからが本題だ」という風に背を正す。
「私、パソコン部に入ってるんだけどさ」
パソコン部?陽キャ代表みたいな絵麻が、オタクの巣窟代表みたいなパソコン部?
「そうなんだ。意外ね」
「そうかな?うちのパソコン部は女子しか居ないよ。今4人だし」
そういえばうちの学校のオタクはみんな物理部だったな。
「そもそも今年できた部だからね」
「へぇ」
「でさ、今度Last oneの大会があるんだ。いろんな学校のeスポーツ部とかが出るやつ。でもこんな時期だから3年生の先輩が出られなくて……」
季節は秋だ。これから受験本番の3年生が大会というのも無理な話だろう。
「大きな大会なの?」
「もうすぐ都大会があって、そのあと関東、全国まであるよ。勝ち進めば12月まで」
随分本格的だ。
「で、さっき言った3年の先輩の代わりのメンバーを探してるんだけど……」
「あーなるほど」
「どうかなーって」
難しいな。美波が高校生の大会に出るって、英美里が言うのも何だけど、メジャーリーガーが甲子園に出るような話じゃないだろうか。
いや、そもそもの問題として、美波に大会に出る意思があるか……。
でも、美波も色んな人と仲良くすべきだし、いいきっかけになりそうだとも思う。
「ねぇ、それって高校の名前出るんじゃないの?」
1番の問題は身バレだ。
美波は50万人近い登録者がいるチューチューバーなのだ。しかも女子高生。学校まで押しかけてくる人がいたら問題になる。
「それはちゃんと確認したけど、高校名までは出ないってさ。ほら、esports部ってそんなに無いじゃん?ほとんどの学校は単独で4人出せないみたいで、合同チーム前提らしいのよね。だからチーム名は出るけど学校名は出さないってさ。あ、もちろん大会運営には提出しないと駄目だけど」
「じゃあ東京の学校までは分かっちゃうんだ」
「まぁ、そうなるね」
別の名義で出る手もあるが、それで下手に目立ってもかえって面倒だ。
昨日の配信で高校ということまでは話してしまったし、今更東京と知られたくらいなら大丈夫か。
「うーん……私はいいと思うけど、本人次第かな。起きたら聞いてみるよ」
「ありがとう。一応部活の大会として実績になるから、推薦で使えるかもしれないよ」
「そうなんだ。それは良いね」
ゲームの腕前が受験で役に立つなんて。
「じゃあまた連絡頂戴ね」
そうして連絡先を交換して絵麻は帰っていった。
美波は起きる気配もない。
◇◆◇
「大会……」
「そう。パソコン部であるんだって。で、メンバーが一人足りないから美波に出てほしいみたいなんだ」
昼休み。ご飯を食べながら先程の説明をする。
話を聞いた美波は考え込んだ表情をしている。一見ぼーっとしているようだが、これは深く考えている顔だ。英美里にしか分からない。
「私は出てもいいんじゃないかって思うな」
「そう?」
「せっかくゲームやってるんだし、色んな人と関わるべきだよ」
「そうか……」
「1回会ってみて、ダメそうだったら断ってもいいしね」
絵麻とはあまり関わりはないが、断ったからといって」嫌がらせをしてくるような人ではないことは知っている。悪いようにはならないだろうし、何かあれば英美里が盾になってあげればいい。そのためのコンビなのだ。
「じゃあ、とりあえず1回だけでも……」
「オッケー。じゃあ返事しておくね」
スマホを取り出して絵麻にメッセージを送る。
直後、スマホを片手に持った絵麻がクラスに飛び込んできた。メッセージを見てすっ飛んできたのだろう。
恐るべし陽の行動力。
「ありがと〜!」
絵麻は美波に飛びついて頭を撫で回しているが、当の美波はどうしていいか分からずされるがままだ。まるで子犬みたいである。
「放課後に他のメンバーを紹介するから1回会ってみて。ふたりともうちの学校の1年なんだ。いい子たちだから安心してね」
「お、おぅ……」
「あと1個お願いがあって……」
「あ、はい」
「握手してくれない?」
絵麻は右手を差し出す。
「前から憧れてたんだ。だってめちゃめちゃ強いじゃん!最近の配信も全部見てるよ!」
「……えーっと」
美波は困ったように英美里を見る。とりあえず、握手してあげればいいと思うので頷いておく。多分、これからこういう事は何回かあるだろうし、今のうちに慣れておいたほうがいい。
美波はゆっくりと絵麻の手を握ると、絵麻は両手で優しく握手する。
「柔らかい……まじ感動だ……!」
美波はどうしていいか分からず困惑しているが、絵麻は好きな芸能人を前にした表情になっている。大きな眼がきらきらと輝いてる。
「本当にファンなの。よかったら、ゲームとか関係なく仲良くしてくれると嬉しいな」
「ぜ、善処します」
「うん!よろしくね!」
ようやく美波にも(英美里以外の)友だちができた。こう考えると、配信を始めたのは良かったのだろう。あまり陽のオーラに触れすぎると限界が来そうではあるが……。
「田所さんは、いつからFPSやってるの?結構上級者?」美波が困っていたので英美里が話題を変える。
「絵麻でいいよ。私は高校入ってからだけど、Last oneのランクはダイヤだよ」
Last oneのランクは、下からブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤ、エースとなっている。だいたいどのゲームも1番上のランク以外は似たようなものだ。
エースが一握りの強者なのは当然だが、ダイヤ帯もかなりの上級者である。全体の分布で言うと上位5%ほどに入っている計算になる。
「一時期は固定組んだりしてたんだけど、今はソロかなぁ」
固定とは固定パーティのことで、毎回同じメンバーでランクマッチに行くということだ。
事前に戦略の方針を決めていたり、癖や好みを知ったりできる分スムーズに立ち回ることが出来る。何よりゲームが終わるたびに悪い部分の修正ができるので、パーティ全員が成長できる。
「固定では他のメンバーが男の人だったんだよね。私としては性別とか関係無く悪いところは指摘してほしかったし、みんなもそのつもりでいたんだけど……やっぱり男同士みたいに言い合うのは難しいみたいで、上手くいかなかったんだよね」
「そうだね。女子高生相手に悪いところは言いにくいよね」
「うん。みんなが悪いわけじゃないんだけど、かなり気を使うみたいなんだよね。で、結局抜けちゃったんだ」
ゲームの世界では、一人だけの女性メンバーがチヤホヤされることを「姫プレイ」と揶揄される。絵麻と組んでいた男のメンバーは、絵麻のことを姫扱いするつもりはなかったが、かといって男と同じ扱いは難しかったのだ。
特にFPSの世界は口の悪い人も多いし、負けの責任がどこにあったかを詳しく検討していく必要がある。女子高生相手に「お前のプレイが悪かった」とはなかなか言えないのだ。
「だからパソコン部を作ったんだよね」
「なるほどね。あ、大会に出るなら入部しないと駄目じゃない?」
「そうだ。美波は帰宅部?」
美波は小さく頷く。
「私も帰宅部だから、一緒に入るよ。メンバーは多くて損はないでしょ」
「ありがとう!じゃあ放課後に入部届持って迎えに来るから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます