08 with ナミ猫②
1回目のマッチで惨敗した後、10分だけ休憩を挟んだ。
美波は現実世界での失敗に弱い。
中学時代にイジメられて人生に躓き、英美里のおかげで今はなんとか持ち直しているものの、またあの生活に戻るのではと不安に思っているのだ。
だからクラスでも積極的に人と関わろうとしない。関わらなければ失敗せずにすむからだ。
一度パニックなったら、ゆっくりと落ち着かせてあげる必要がある。落ち着いてちゃんとやれば出来る子なのだ。
英美里は美波を廊下まで連れ出し、ゆっくりと諭すように声をかける。
「大丈夫?そんなに大したミスじゃないから、大丈夫だよ」
「うん」少し涙声だ。
「よしよし。美波は頑張ってるよ」
「うん」
「どうしてもダメそうならやめてもいいけど、どうする?」
「やる」
美波の短い言葉からは、配信を続けるという強い意思を感じる。
「ホントに?無理してない?」
「してない」
「こう見えて美波は無茶するからなぁ」
「もう無茶しない」
「わかった。じゃあもう少ししたら戻ろうか」
「うん」
頭を撫でながら話をすると、少しずつ落ち着きを取り戻したようで、なんとか続けられそうだった。
ナミ猫にはだいぶ心配をされたが、もう少し続けることにした。
だいぶ醜態を見せてしまったが、心無いコメントは見受けられず、視聴者からは暖かく迎えてくれた。これこそがJKブランドの威力である。これがおっさんだったら大炎上間違いなしだ。
「じゃあ気を取り直して、2回目行こうか!」
「はい」
ナミ猫は元気よく仕切り直す。
ふたりは引き続き展望台へ降り立つ。やはり敵の姿はないのでゆっくりと物資を漁ることが出来た。
「そういえばさ。ミナズキちゃんのそのマウス、
配信の手元カメラを見ての発言だろう。
cool vision とは、最大手のゲーミングデバイスメーカーである。販売数では世界一位らしい。Cをモチーフにした水色のロゴが特徴的である。
美波のマウスは cool vision の有線接続のゲーミングマウスで、ランクで言うと真ん中くらいのものだ。
「好きというより、パソコンと一緒に懸賞でもらいました」
「なにそれ。当てたの?」
「はい。ゲーミング……なんとかセットみたいな。全部セットで」
:すげえ
:強運かよ
:俺も当てたいんだが?
美波が当てた懸賞は、Chu-Tubeでやっていたesports特集の番組で行われていたものだ。パソコンとモニター、それにマウス、キーボード、マウスパッド、ヘッドセットまでを含めた総額30万円のセットだそうだ。
「すげーいいなぁ」
「それで、せっかく当てたから何かゲームしようかなって」
「え、それ当ててなかったらFPSしてないの?」
「はい、たぶん」
「どこの懸賞?ちょっと投げ銭してくるわ」
:オレも
:奇跡じゃん
:どこか知らんけどありがとう
:神を生んだ懸賞
「じゃあキーボードもcool vision なの?」
「はい」
そういうと、手元カメラに映るところまでキーボードを引っ張り出す。
「おお、テンキー付きじゃん。そんなのでやってんの?」
「これがセットだったので」
「弘法は筆を選ばんねぇ」
FPSではテンキーレスのキーボードが主流である。テンキーが無い分、マウスを動かすスペースが広がるからだ。逆にシュミレーションゲームやMMORPGではテンキーが付いている方が好まれる。これに関しては用途次第なので、絶対にこちらが良いというわけではない。
「じゃあずっと使ってるんだ」
「はい。キーボード、高いので」
「あー……確かに。いいやつは結構値段するよね」
「うちバイト禁止で」
:高校生だしな
:オジサンが買ってあげよう
:↑帰れ
「ボクが前に使ってたキーボードあげようか?何個か余ってるし」
「え」
「今さ、
「いいんですか?」
「もちろん!自宅までお届けにあがっちゃうよ!」
:おい
:JKの家に行こうとするな
:通報するぞ
ナミ猫:うるせえ黙れ
:コメントで返すなw
:ナミ猫さん配信してください
iron tools official:待って。うちのを送ります
:公式www
:公式もよう見とる
「あれ、iron tools 公式が見てるわ」
iron tools もゲーミングデバイスメーカーである。「鉄の道具」というだけあって無骨なデザインの物が多い。
iron tools official:なんでも送ります。言ってください
:ん?
:何でも?
「くれるって言ってる。今ミナズキちゃんが使ってるキーボードはMMOとかに向いてるからね。FPS向けのやつに変えたほうがいいと思うな」
「そうですか?」
cool vision公式:ちょっと待った。ウチの新商品送りますよ
:公式見すぎだろw
:仕事しろ
:いや、仕事してるんか
crazy strings も同じく有名なメーカーだ。紐が絡まったデザインのロゴで知られる。
「おいおい色んなとこの公式が勢揃いだぞ。お前ら狙ってるだろ!」
crazy strings:慈善活動です
iron tools official:ただの提供ですよ^^
cool vision公式:投げ銭みたいなものです
「嘘つくな!言っておくけど、高校生だから親御さんの同意なくスポンサー契約できないからな。わかってるな!」
:選びたい放題じゃん
:流石やで
「ええい黙れ黙れ!ボクのキーボードをあげるんだ!公式は帰れ!ミナズキちゃんが成人してから出直せ!」
crazy strings:受け取ってくれるだけでいいんです
cool vision:そうそう。他意はありません
「あぁくそ敵だ!迎え撃つよ!」
「はい」
◇◆◇
「じゃあ2連勝できたところで、今日の配信は終わりにしますか」
「はい」
:乙
:強かった
:この2人最強すぎんか?
「また誘うから、よろしくね」
「ありがとうございます」
「ではまた。バイバーイ」
英美里が操作して配信を止める。
途中トラブルもあったが、視聴者数も最大で10万人を越えたし、配信としては盛況だった……と思う。
「おっつー。今日はありがとうね」
「いえ、お見苦しい姿をお見せしてすいませんでした」
「良いってことよ。あの殺戮マシーンのミナズキにも、人間らしい一面があると知れたからね」
「はは……まぁ出来る子ではあるんですけど、色々ありまして」
「賢い子だってのは分かるよ。バカじゃあそこまで強くなれないからね。じゃあまた声かけるよ。お疲れ様」
「お疲れさまでした」
ナミ猫がログアウトしていった。
美波はだいぶ疲れたようで、頭に手を置くとじんわりと汗ばんでいた。
「お疲れ。よく頑張ったよ」
「もう少し、上手く話したり出来ると思ってたんだけど……」
「そう?私の予想よりは話せてたと思うけど」
「そうかな」
美波は少し俯いて話す。じっとマウスを見つめて、静かにため息をつく。
「駄目だったと思ったなら、次頑張ろうよ」
「うん」
頭を乱暴に撫で回すと、美波は少し楽しそうに微笑む。
「もっと出来るようになりたいな」
「だね。でもまずは寝ましょう!」
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