06 ナミ猫

「ナミ猫さんからDM……?」


 お昼休み。

 お弁当を空にしたところで、英美里がナミ猫からのDMの話を切り出す。


「よかったら今度一緒に配信しようってさ」


 DMを画面に表示させて美波にタブレットを渡す。

 そこには丁寧な挨拶と、一緒にゲームをしようというコラボのお誘いが書かれたあった。配信中の気まぐれで適当な言動からは想像できない丁寧な文章だった。やはり人気配信者はこういうところがしっかりしている。

 ナミ猫は事務所に所属せずに活動する「個人勢」に当たる人だ。守ってくれる会社が無い中で人気を得るには、最低限の常識と社会性が必要になるのだろう。参考にしなくては。


「おぉ……」


 美波は言葉少なく画面を見つめているが、英美里が見るに感動しているようだ。他人からはわからないだろうが、あれでも目が輝いているのだ。


「どうする?とりあえず受けておこうか?」


 美波は3回大きく頷く。

 連日の配信は美波にはしんどいだろうと、今日は休みにしてある。予定を組むなら明日以降になるだろう。


「じゃ、返信しておくから」


 こうして初のコラボが決定した。



◇◆◇



 その日の夕方。二人は美波の家にいた。

 コラボ出来る日程を返信したら、一度挨拶だけでもしようと誘われたのだ。19時から配信をするらしく、その前に通話を繋ぐことになっている。

 通話ソフト「ボイスコード」の指定されたチャンネルで待っていると、ミナズキのアイコンの下に猫耳の可愛いイラストが現れた。


「あ、はじめまして。ナミ猫です」


 配信で聞いたのと同じ、声優ができそうな可愛い声だ。初対面だけあって丁寧な喋り方をしている。


「はじめまして。英美里です」

「ミ、ミナズキです」

「DMの返信をくれたのが英美里ちゃんだよね。ありがとう」

「いえいえこちらこそ。声をかけていただいてありがとうございます」


 DMのやり取りをした時、英美里がマネージャー的な役割をしていると伝えてある。


「学校だったらしいけど、年下?私二十歳なんだけど……」

「はい、高校生です。今はふたりとも2年です」

「そうなんだ……まさかミナズキが女子高生だったなんて」


 ナミ猫は少なからず衝撃を受けているようだ。美波がぼけーっと話を聞いているが、英美里は「あんたの話だよ」と思ったが口には出さない。


「まぁなんにせよ。ミナズキと知り合えて嬉しいよ。よろしくね」

「あ、はい。お願いします」


 カメラに映っていないが、律儀に頭を下げる。


「色々聞きたいことがあるんだけど、それは配信するときに残しておこうか」

「そうですね。ところで、私たちは他の人と一緒に配信をするのが初めてなのですが、何か注意したほうがいいことってありますか?」

「あるよー。ボクがまとめた”コラボで気をつけるメモ”を見せてあげるよ」


 そういうとボイスコード経由で画像が数枚送られてくる。ふと目に止まった項目に、「炎上事件を調べておいてそこには触れない」と書いてある。この一文に様々な苦労が伺い知れる。色々あったのだろう。

 他にも「相手が求めている距離感を把握する」「VTuber向け。設定を大事にする人か調べておく」「ガチ勢かエンジョイ勢か」など数十の項目がある。


「これは助かります。ありがとうございます」

「他ならぬミナズキちゃんの為だからね。ま、ボク相手ならあんまり気にしなくて大丈夫だよ。こっちが合わせるからさ」

「お願いします」

「じゃあまた明日。よろしくね」

「はい。ではまた明日」


 その後は二人でナミ猫の配信を見た。その日の配信は、美波と一緒にプレイする予定のLast oneだった。

 やっぱり人気配信者だけあってトークが上手い。コメントを適宜読んで視聴者との会話を成立させる。美波はまだコメントを拾うまでは出来ていない。

 ワイプに映る表情は喜怒哀楽が激しく移ろい、暇ができれば雑談で間を繋ぐ。毎日1万人集める人はレベルが違う。

 そしてゲームも上手く、見ていて気分が良いくらい順調に敵を倒していく。

 ここには配信としての面白さが詰まっていた。


 あっという間に2時間が経過し、配信終了となった。今日はナミ猫にしては短い配信だった。普段なら3時間か4時間くらいはやってるし、長いときなら6時間を超える。


「さてさて〜今日はお知らせがあるよ〜なんと!明日はコラボの日だ」


:やったぜ

:だれだ?


「聞いて驚け。相手はあの、最近配信を始めたばかりのミナズキちゃんだ!」


:うおおおすげえええ

:まじか

:よく声かけたな


「実は配信前にちょっと挨拶させてもらったんだけど、いやあ可愛かったなあ」


:若い女の人だもんな

:セクハラすんなよ

:ミナズキにげて


「余計なこと言ったやつ、名前覚えたからな。ま、そういうわけだから。明日楽しみにしててね〜それじゃあまた明日。バイバーイ」


 画面がゆっくり切り替わり、「配信は終了しました」と書かれたイラストと共にエンディングテーマが流れる。こういう細かいところのクオリティが高い。ただBGMもイラストも無料ではなく、配信を積み重ねて揃えていったものだ。


 ナミ猫の配信は盛況のうちに終了した。ツイランドの感想タグ #ナミ猫Live では好意的なコメントで溢れている。


「流石だったね」

「うん」

「これはいい機会だよ。明日は勉強させてもらおう」

「だね」

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