05 2回めの配信、やるべきこと

 翌日。この日はまだ日曜日なので、夜に配信をしようと決めた。


「で、今日なんだけれど。やっぱりある程度は話したほうがいいと思うのよ」


 昨日は話すこと無く淡々とプレイしてしまった。英美里がヘルプを出そうにも、あまりの視聴者数にがフリーズしてしまっていたのだ。

 初日こそ見てくれる人も居たが、2回目以降はそうもいかない。


「……何を話せばいいかわかんない」

「まぁそうだよね」


 英美里は付箋を取り出し、「初めてプレイしたFPS」や「使ってるマウス」「うまくなる秘訣」「普段やってる練習」などを書き、それをモニターにフチに貼り付けていく。


「話題に困ったらこれを見て。で、話したら外して捨てます」

「ほう」

「他に話せることがあれば書いてね。たくさんある方が困らないと思うから」


 ふたりで色々話題を書いていって、モニターの左右は立てかけた暖簾のようにたくさんの付箋でいっぱいになった。


「これくらいあれば大丈夫かな。後は……最初の挨拶だけは台本作って練習しようか」


 アドリブで自己紹介なんて、美波には難しそうだ。棒読みでもいいからそのまんま読めるものを用意しておくほうがマシだと思う。


「あとは何だろう。まぁ基本はミナズキのプレイがメインコンテンツだから、ゲームで勝てば満足はしてもらえると思うな」


 あまりハードルを上げすぎても良くない。出来ることと出来ないことを切り分けて、ひとつずつやっていこう。


「あ、それと。さっきミネ猫さんの配信を見たんだけど、ゲーム中に考えてることを視聴者に分かるように話してるのよね。あれは凄くいいと思った。あの敵を倒したいとか、良い場所を取るためにあそこに移動しようとか」

「確かに。あの人の配信は初心者にもわかりやすくていい」

「簡単でいいから、そういう話ができれば見てる人も楽しんでもらえると思うんだ」


 美波は頷く。


「では今日のミーティングの内容をまとめます」


 英美里はA4の紙を取り出して大きな文字で要点を書き出していく。


1、台本通りの自己紹介をする

2、プレイ中に考えていることを話す

3、話題に困ったら付箋を使う


「よし、とりあえずこれでやってみよう」

「わかった」


 そうして夕方。2回めの配信がやってきた。

 配信が始まると、昨日に続いて10万人近い視聴者が集まる。これほどの数が集まるのは最初だけだろうとは思うが、問題は何人を残せるかだ。

 美波の手には、英美里が手書きで書いた台本が握られている。


「どうも、ミナズキです」


 いきなり話し始めたことでコメントも驚きの声が上がる。


:話したぞ

:woman?

:若いな

:말했던거야


「昨日はたくさんの人が来てくれて嬉しかったです。ありがとうございます」


 めちゃくちゃ棒読みだがしょうがない。噛まずに読めているだけマシだ。


「今日もLast oneをやっていくので、えーっと、よr、よろしくお願いします」


:噛んだ

:噛んだwww


 美波は顔を赤くして固まっている。手元しか映していなくて良かった。

 横目で英美里を見てくる。


「英美里ちゃん……」

「話しかけないの!」

「あ、ごめん……」

「とっととゲーム始めちゃって!」


 慌ててマッチ開始を押す。いきなりのハプニングだったが、コメントは盛り上がっているので良しとしておこう。視聴者はトラブルが好きだ。

 美波は何度か深呼吸をして落ち着こうとしている。


:えみりちゃん?

:誰かいるな


「あ、えっと。と、友達が配信を手伝ってくれてて……いま、隣にいます」


 そう言っている間に画面が切り替わり、ロード画面へ移る。

 Last one はソロモードとデュオ、それに4人で遊ぶスクワッドモードがあるが、美波はまずソロから始める。

 マッチが始まると、軍用の輸送機がマップの中央を横断するように飛んでいく。

 マップは8キロ四方の島になっていて、集落や街、ショッピングセンターや港、小型機用の小さな空港などがある。

 美波は、まず2階建ての小さなアパートに降りると部屋に入って武器を拾う。


「誰かいる……」


 英美里には聞こえないが、微かに足音がしたのだろう。素早く拳銃をひろうと弾を込める。このゲームは1人称視点のゲームなので、マップを把握して足音から敵の位置を予測していく。


「向かいの家かな……?」


 アパートは2棟が向かい合って建っている。どうやら敵はあちら側にいるらしい。

 他の部屋を漁ると、ボルトアクションの狙撃銃が落ちてあった。

 この狙撃銃は、一発ごとに薬莢の排出を手動で行わなければならないため連射が効かない。遠距離の精密な射撃では現在でも使われており、部品が少くメンテナンスが容易で動作を安定させやすいというメリットがあるが、ゲームでは当然関係がない。

 実際の戦争では一発当てれば戦闘不能だが、Last oneでは頭に当たらない限り一撃で倒すことは出来ない。つまり、「威力は高いが使い勝手が悪い」物として使用頻度はあまり高くない。

 しかし美波は躊躇なくそれを拾うと、そばに落ちていた等倍のサイトを取り付ける。


:は?それでいくの?

:wtf


 慎重に立ち回るかと思われた美波だが、おもむろにドアを開けると向かいのアパートのドアへ照準を向ける。距離は20mくらいはある。

 アパートは3部屋の2階建て、つまりドアは6つだ。敵がどこから出てくるかは予想がつかない。

 数秒後、右上のドアが開き、敵がこちらの様子を伺うために頭を出した。

 次の瞬間──美波が素早くマウスを動かし、目で追えないほどに画面がブレると、ドン!という重い発砲音がした。

 画面が安定したときには、倒れた敵と、1killというアナウンスが表示された。


:???

:wtf

:いやいやいやいや

:eeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee

:やってるわ


 英美里はよくわかってないが、どうやらスーパープレイらしい。美波の顔を見ると、表情も変えずに淡々と敵のアイテムを拾っている。

 映画に出てくるような自動小銃を装備し、狙撃銃には倍率の高いスコープを付けている。

 マップを開くと、最初の安全地帯は北西の方に寄っていた。


「外れた。車がほしい」


 順調だ。次にやりたいことを声に出して話せている。それだけでずいぶんと配信者らしく見える。

 少し道沿いに走っているが、運が悪く車両の類は見当たらない。

 その時、後ろ方から車のエンジン音がした。振り返ると4輪駆動のジープが美波に向かって走ってくる。


「ちょうどいい」


 そう言うと、狙撃銃に持ち替えて発砲。放たれた7.62mm弾は正確に運転手の頭に命中。敵は地面へと放り出され、運転手を失った車は、慣性に任せて美波の横をと通り過ぎていき、やがて木にぶつかって停まった。

 再びのスーパーショットにコメント欄は大いに湧いた。

 美波は特に喜んだりしないが、伝説的プレイヤーらしいので、クールに見えるくらいがちょうど良いだろう。たぶん……。


 その後もキルを重ねて1位を獲得。次のマッチでも1位を取り、その日の配信は無事終了した。


「まだ配信は慣れていないので、今日はこのくらいにしておきます。見に来てくれてありがとうございます。よかったら、チャンネル登録と高評価、ツイランドのフォローも、お願いします。ではまた次回」


 美波の手元には締めの挨拶用の台本がある。がっつり見ながらの棒読みであったが、噛まなかっただけでも100点満点だ。

 配信を終了して、一度パソコンの電源を落とす。「配信を終わらせたと思ったらまだ続いていた」という事故を防ぐためだ。


「美波。今日は良かったよ!いきなりあそこまで話せるなんて思わなかった」

「そ、そうかな……」

「想像以上の出来だったわ。もちろんトップクラスの配信者に比べれば拙いけど、2回目にしては満点よ」


 2回目でこれだけ話せるのであれば、この先の配信も期待が持てる。

 美波に近づくと頭をわしゃわしゃを撫で回す。流石に緊張していたのか、わずかに汗ばんでいた。


「今日の反省会はありません!お風呂に入って寝ましょう」

「ういっす」


 夜も遅かったので、その日もお泊りをして翌日は一緒に登校した。平日に配信をする場合も同じスケジュールで大丈夫だろう。むしろお泊りをしたほうが美波を遅刻させないで済むまである。


 翌日。

 美波は休み時間は寝ると決まっているらしく、机に突っ伏していた。

 英美里はミナズキアカウント用のタブレット(父親が買ったものの、使わずじまいで余っていたもの)でツイランドを開いてみた。二人が通っている虹巻にじまき高校は比較的校則が緩く、授業中に触ったり鳴らしたりしなければスマホやパソコンの持ち込みに制限は無かった。

 ツイランドのフォロワーは、初日ほどではなかったが順調に増えていた。

 ふと見ると、ダイレクトメッセージが届いていた。相互フォローからしか受け付けない設定にしているので、送る相手はかなり限られる。

 誰からだろうか?相互フォローの相手はそれなりに名の知れた人物に限られるので少し緊張する。DMの通知をタップすると、送信主の名前が表示される。


「……ナミ猫さんだ」

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