04 片山瑠美衣という女

「どうなってんのよ!」


 瑠美衣るびいは手に持っていた空のペットボトルを投げ捨てた。床に叩きつけられたペットボトルは2、3度跳ねて壁まで転がっていく。ここは事務所の一室、瑠美衣の怒鳴り声に数人のスタッフが顔を背けるのが見える。

 片手のスマホの画面には、マネージャーから送られてきた昨日のツイランドのスクリーンショットが映っている。内容は昨日トレンド──つまりその時間に書き込まれた単語のランキングだ。そこでは「東京ガールズNo.19」も略称の「TG19」も「片山瑠美衣」もずっと下の方に追いやられている。

 昨日、瑠美衣が所属する「東京ガールズNo.19」の初めてのChu-Tube配信が行われていた。しかも初回放送日は瑠美衣の誕生日。たくさんのお祝いのコメントで溢れかえり、頑張って目に涙を溜めて感動を演出した。

 新曲のお知らせも全国ツアーの発表もあった。19人全員が出演して、視聴者数も最大で10万人に達した。

 日本中が東京ガールズNo.19の話題で持ちきりになり、確実にトップトレンドを獲得したと……そう思っていた。


 だったのに……「ミナズキ」「minazuki」「ミナズキマジ」「配信してる」「ニセモノ?」などが上位を占めている。


「誰よミナズキって!」


 イライラしながら検索すると、50分程のゲームのプレイ映像が見つかった。どうやら上手いらしいが、何も喋らずに淡々とゲームをしているだけだ。それなのにものすごい勢いでコメントが流れている。日本語だけじゃなく、英語などのいくつもの言語が見たこともないスピードで大きな濁流を作り上げていた。

 詳しいことはわからないが、大きなライブのようなオーディエンスたちの熱量が確かにあった。


「何よこいつ……何なのよ!」


 どうやら今まで正体不明だった強いゲーマーらしい。マウスを持つ手を見る限りは女だ。コメントでは性別も何もわからないとい言っているが、男の手ではない。所詮はゲームオタク。こういう違いはわからないのだろう。

 Chu-Tubeのチャンネル登録者数は、既に東京ガールズNo.19の公式チャンネルと並んでいる。うちは去年からコツコツと動画を撮り続けて先月ようやく50万人を達成したというのに、こいつはたった一日で50万人だ。

 いきなりパッと出てきて、自分たちの──いや、瑠美衣の晴れ舞台を邪魔した。こいつは敵だ。蹴落とすべき敵。ジャンルが違うとか関係ない。


 今までも、瑠美衣は障害物を徹底的に排除してきた。中学生のときの顔の良いクラスメイトは、自分の取り巻きを先導してイジメていたら不登校になった。おかげで自分がクラスで1番の美人になった。

 TG19のオーディションでも、合格しそうなライバルの靴に細工をしてミスを誘発させた。そいつは大事なところで転倒して私が勝った。

 脅威になりそうなやつ、邪魔をするやつは排除する。それは同じグループのメンバーでも同じだ。


 転がったペットボトルを踏み潰して部屋を出る。

 廊下に出てすぐのところで、メンバーの名取光なとりひかるとばったり会ってしまった。


「あ、瑠美衣ちゃん。おはよ」

「おはようございます」


 もう24歳になる名取光は、東京ガールズNo.19の映えある1期生だ。デビュー当時は15歳で最年少だったのに今や最年長、他の1期生は全員卒業したのに未だにグループにしがみついている。来年で10年だ。有り得ない。

 不器用で鈍くさく、ダンスの覚えも遅い。トークも上手いわけでもないし、ドジなくせに背が高いから余計に目立つ。

 この女も自分をいらいらさせる一人だ。自ら身を引くのであれば良し、でなければいずれ退場していただくしかない。

 だが、今はまだ早い。入ったばかりの瑠美衣には取り巻きが居ない。まずは仲間を増やして派閥を作る。最大勢力になったときに名取がいたら出て行ってもらう。


「探していたの。お誕生日おめでとう。これ、昨日渡せなかったから」


 そういって紙袋を渡してくる。包装紙で包まれているが、見たところ小箱……アロマキャンドルとかそういう系か?


「ありがとうございます」


 ここは素直に受け取っておく。敵対するまでは大人しくしておかなければならない。


「アロマキャンドル。私のオススメ。リラックスできるよ」


 予想通りだ。大して高くもない中途半端なブランド、名取にとって瑠美衣の価値とはこの程度なのか?


「使わせていただきますね」


 表面的には笑顔で対応する。

 この人に貰ったものを使うのは癪だが、こういうのはトークのネタになるから疎かにしてはいけない。話もそこそこに会釈をしてさっさと立ち去る。

 後ろから名取の声がする。「あ、松永さん。おはようございます。昨日は無事帰れました?」松永とはマネージャーのひとりだ。名取はいつもこうやって声を掛けて回っている。プロデューサーに媚びるならまだわかるが、下っ端のマネージャーやADに気を使っても仕方ないだろう。こういうところが要領が悪い。

 要領の悪い人間を見るとイライラする。せめて、自分の足を引っ張ってくれるなよと思う。


 東京ガールズNo.19は魔窟だ。

 メンバーは最大19人で、欠員が出ればオーディションをして次が入ってくる。逆を言えば、誰かが卒業しなければ次の加入はないのだ。

 人気に陰りが出れば、メンバーから出ていってほしいオーラが漂ってくる。しばらく卒業が出ないと、スタッフやファンからも「そろそろ……」といった声が出てくる。

 抜けたくないのであれば、他のメンバーを蹴落として身を守るしかない。力がないなら強い人間の派閥に入って守ってもらう。弱い人間は強い人間の足元に縋り、なんとかぶら下がるしかない。守ってもらうためには、文字通り何でもしなければならない。

 そうやって落とし落とされ、ドス黒い権力闘争の産物がこのグループなのである。

 名取光が今もメンバーでいられるのは、1期生という聖域が守っているに過ぎない。


 廊下の壁には姿見が掛けてある。自分の姿を見ると、疑いようもなく美人だ。歌もダンスも厳しいレッスンを乗り越えてきた。素材はアイドル業界でも間違いなくトップ集団に属している。瑠美衣はここで成り上がり、やがて卒業して芸能界のトップまで駆け上がる。

 実力だけではトップには立てない。運とコネ、そして政治力だ。自分にはそれだけの力があるはずだ。


 ミナズキの名前が思い出される。瑠美衣の顔に泥を塗った報いは受けてもらう。だが、まずはどういう人物化よく調べ上げないといけない。

 ツイランドを立ち上げ、裏のアカウントでミナズキをフォローする。

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