03 minazukiというプレイヤー
「ミナズキ非公式Wiki」
ミナズキ(minazuki)は、世界最強と言われている、正体不明のアマチュアFPSプレイヤーである。
アカウント名は日本語対応ゲームでは「ミナズキ」、英語のみであれば「minazuki」である。そのため日本人であることが予想されているが、はっきりとした確証はない。(たまにではあるが、アニメ好きの外国人が日本語の名前を付ける事があるからだ)
また、性別や年齢については完全に不明である。VCを繋いでプレイすることもないため声を聞いた人間もいない。
最初は5vs5FPSゲーム「
最近ではDead lineとLast one両方をで目撃されている。
まだ、それ以外ではBattle groundシリーズやHard gunsシリーズなど、FPS全般はプレイしているらしい。
プレイスタイルはバリバリの前衛アタッカー。抜群のエイム力と反射神経、天性の立ち回りで敵をなぎ倒していく。
基本的にソロでプレイしているが、仲間との連係に不備はない。きちんとしたカバーも可能だが、大体は自分で倒した方が早いと言われている。
通常、上位プレイヤー同士には多かれ少なかれ交友関係があることが多いが、ミナズキは誰とも繋がりがなく「やたら強いやつがいるけど、誰かの知り合いか?」という状態が長く続いていた。
本格的に知られるようになったのは、プロゲーマー
人気配信者の猿ヘイヘが、プロゲーマーやランク上位の人間に「ミナズキと面識はあるか?」と聞いてまわるという動画を作成したが、100人近くの人間に聞いても誰も知っている人間はいなかった。
そこから噂が一人歩きを始め、名前だけが知られるようになっていった。
大抵の場合、噂とは真実よりも誇張され、より大げさになっていくものだが、ミナズキの場合は噂が真実を追い抜くことはなかった。本人が最強だからである。
数多くの配信で、敵として味方として登場したが、単純な撃ち合いでミナズキに勝てる人間はいなかった。
その実力は世界でもトップと言われており、たとえばDead line世界王者、北米のeSportsチームK4のエースである
「俺が世界一のアタッカーかって?それを言うのはまだ早い。なぜならこの大会にはミナズキが出ていない。奴に勝って、そしたらようやく世界一だ」
また、Last oneの世界王者、韓国チームRunsのエース、韓国の至宝と呼ばれる
「俺は世界一じゃない。まだ勝てないと思う相手がいる」
このように、世界トップクラスの選手からも実力を認められている。
そんなミナズキの名を世界に知らしめた事件が「ミナズキはシロ事件」である。
チートの疑いをかけられるのが強いユーザーの宿命でもあるが、ミナズキは特に疑いが強かった。同じマッチになったプレイヤーが映像を録画し、ユーザーによっていくつも検証動画か作成された。
結果としては「限りなく黒に近いグレー」との結論が出されたが、納得のできないプレイヤーから、ゲーム内での通報が相当数運営側に出されたらしい。
際限なく送られてくる通報に、処理の限界を感じたのがDead lineの運営チームである。
Dead line側は、ミナズキのプレイに対して本格的に調査を行った。
結論はシロ。
この結果を運営側が正式に公表し、通報に関しては慎重を期すようユーザーへお願いを出すことになった。
この異例のお願いによって、逆にミナズキの名前が世界中のユーザーに広く知れ渡ることになる。
また、ミナズキの実力はメディアにも知られており、FPR(FPS player rating)における最高ランクのAAAは空白であるが、その理由はミナズキの為に空けてあると噂されている。
※FPR・・・競技シーンで活動しているFPSプレイヤーを、タイトルを超えて格付けするシステムである。各国から選ばれた記者やキャスター、解説者が選定し、3ヶ月に一回更新される。
下から順番に
C→CC→CCC→B→BB→BBB→A→AA→AAA
となっており、選手の獲得やスポンサー契約の基準として活用されている。
◇◆◇
英美里は頭を抱えていた。
結局、初配信の同接は20万人を超えた。コメント欄は日本語以外にも英語や韓国語、中国語、その他見たことがない言語がとてつもないスピードで流れ、やがて英美里は考えることをやめた。
配信を早々に切り上げ、何事かとSNSをチェックしたところ「あのミナズキが配信を!?」という投稿を多数確認した。
さらに詳しく検索すると、「ミナズキ非公式wiki」なるものを発見。読み進めたところ、どうやらミナズキはFPS界隈では知る人ぞ知る伝説的人物であるらしかった。
「これ、美波のことなの?」
「……たぶん」
ユーザーネームやランクマッチの成績が一致しているので間違いはないだろうが、まさか美波がここまで有名人だったとは知らなかった。
先日ツイランドにアップしたランクマッチの成績が、本人でないと見ることの出来ない画面だったため「ミナズキが配信するのか!?」との情報が世界中を駆け巡ったらしい。
どうせ最初は誰もフォローしないだろうとエゴサーチをしていなかったので、英美里は何も気が付かなかった。
「半分くらい知らない話だ……」
非公式wikiを見た当の本人はそう話す。「ミナズキはシロ事件」は理解していたらしいが、有名プレイヤーの発言やFPRの話は知らなかったようだ。
というか、運営から名前が挙がる時点で有り得ない事態なのだが、美波はちょっと常識外れなところがあるので、あまり気に留めなかったみたいだ。
ツイランドのフォローは既に10万を超え、Chu-Tubeの登録者は20万に達しているが、更新するたびに増えていっているため、どこまで伸びるかは予想が付かない。
「よし!一回寝よう!」
英美里はまたしても考えることをやめた。
もう夜だし、騒ぎが収まらないとどうにもならない。明日の朝にまた考えたら良い。
今日は反省会をしてそのまま泊まる予定だったが、反省会を取りやめて布団を敷く。美波の部屋にはシングルベッドがあるが、英美里が泊まりに来るときは床に布団を2枚敷いて並んで寝る習慣になっていた。
「電気を消します!また明日!」
「おやすみなさい」
電気を消して布団に入る。目を閉じてなんとか寝ようとするが、滝のように流れていくコメントが脳裏をよぎって目が冴えてしまう。
大きな騒ぎになっている。ちょっとゲームがうまい女子高生が配信をはじめてみただけのつもりが、まるで炎上事件のように注目を浴びてしまっている。
胸がザワザワして落ち着かない。想定を遥かに越えるの出来事に脳の処理が追いついていないのだ。先行きが不透明であるということは、思った以上にストレスを感じる。
「英美里ちゃん」
「なに?」
「すごい数の人だったね」
「そうだね」
「びっくりした」
やっぱり美波も困惑しているのだろう。声のトーンが少し張り詰めていて、いつもと違う気がする。
「怖かったら辞めてもいいんだよ。多分、今なら間に合う」
念の為確認しておく。美波本人が辞めたくなっていたらそこまでだ。
次の一歩を踏み出してしまえば後戻りはできないだろう。たぶん、周りが放っておいてくれなくなる。
色々考えているのだろう。遠くの方で救急車のサイレンが聞こえ、近所で犬が吠えている。ゆっくりと時間が流れる。
「私は……」
覚悟が決まったのか、口を開いた美波ははっきりとした声で話し始める。
「英美里ちゃんが私のために考えてくれたから、ちゃんとやりたい。やめたり逃げたりするのは嫌だな」
短い言葉だったが、そこからは大きな覚悟が見えた。
中学時代にイジメられて不登校になった。それは仕方がないことではあるけど、美波の中ではそれは逃げたことになっているのだろう。人見知りで言葉数が少ない美波ではあるが、真面目で負けず嫌いで、誰よりも真摯な人間だ。
私は暗闇の中で美波の手を探すと、しっかりと握りしめる。
「よし、やろう。美波ならきっと、この世界でトップをとれる。私が付いてるから、一緒に行こう」
「うん」
握った手が強く握り返される。
熱い体温がしっかりと伝わってきた。
翌日。
ツイランドのフォロワーは30万人を超え、Chu-Tubeの登録者数は50万人を突破した。
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