02 初配信
やると決まれば早速準備だ。
といっても肝心のパソコンはゲーミング用のがあるし、あとは配信ソフトをインストールして、各種アカウントを取得すればすぐにでも配信ができる。
まずは新たにメールアドレスを作成。SNS大手であるツイランドのアカウントを作り、パスワードを共有して英美里と美波の共同管理にする。
そして配信サイトを選定。やはり候補はふたつ。最大手動画サイトの「
次に配信ソフトの「SBS(Super Broadcaster Software)」をインストール。配信者には必須のソフトらしい。
ここまでは無料だ。
新しく購入するものはふたつ──マイクとWEBカメラだ。安いものなら2つ買っても1万円以下で手に入る。良いものにするなら後で買えばいいだけなので、とりあえず安いものを買う。
WEBカメラは顔を映さずに、マウスを操作する手元カメラにするつもりだ。事前にゲーム配信者を色々見て回ったが、そういう需要があるらしい。
「あとはアカウントのアイコンにする画像とかかな?まぁ取りあえずは適当でいいか」
美波がマウスを握っている右手の写真を撮って設定する。
「将来的にはイラストレーターさんにイメージ画像とか依頼したいね」
「ナミ猫さんみたいに?」
「誰それ?」
「FPSの上手な配信者。凄い美人」
競合相手というわけか。だが配信の世界は、コラボをして一緒に配信をすればライバルが仲間にもなる。SNSをチェックしてフォローしておこう。
ナミ猫という人は、普段は顔出しで配信をしているみたいだが、アイコンは可愛い猫耳のイラストになっている。プロフィールを見ると成人しているらしいので、私たちより年上だ。
ツイランドフォロー数約30万人、Chu-Tube登録者数約60万人。かなり多い。
「同じ女性FPS配信者みたいだし、そのうち一緒に配信できるといいね」
「ナミ猫さんと……?したい」
目標があるのは良いことだ。
そこで、ノートを開いて大きく「目標」と書き、「ナミ猫さんとコラボする」と書く。さらに「登録者1万人」「登録者10万人」「登録者50万人」「登録者100万人」と続けていく。
「目標は大事よ。どんな目標を設定したい?」
「……わかんない」
「そう?じゃあそれも考えていきましょう」
やはりここは「企業案件を受ける」とかだろうか?「配信者向けの大会に出場」でも良いし、「コラボ100人達成」でも良いかもしれない。
一応全部書いておいて、「同接1000人」と「同接10000人」も追加する。
「うわぁ……できるかな」
「目標なんだから、いきなり達成したら意味がないのよ」
「一理ある」
「たくさん用意しておいて、ひとつずつクリアしていくのよ」
「トロフィーミッションみたい」
とにかく、これで準備は整った。
チャンネル名は「minazuki games」。
minazukiとは美波が普段使っているハンドルネームだ。日本語対応のゲームでは「ミナズキ」と表記することもある。
月島美波→ツキシマミナミ→ミナミツキシマ→ミナツキ→ミナズキ
本名をもじったシンプルな名前だが、綺麗で覚えやすい良い名前だと英美里は思う。
「これが、私たちのチャンネル……」
まだ始まってもいないが、こうして見てみるとなんだか感動する。
チャンネル登録者は当然0だ。
「楽しみかも知れない……」美波が呟く。
「やる気があるのは良いことだね。あ、そうだ。美波は強さが売りなんだから、その証拠にランクマッチの戦績をツイランドに貼っておこうよ」
「いいね。やろうやろう」
まず最初にプレイするタイトルは「Last one」というバトルロイヤルゲームだ。
バトルロイヤルゲームとは、手ぶらで飛行機からパラシュート降下し、落ちている武器を拾いつつ最後のひとり(もしくは1チーム)になるまで戦うジャンルだ。
美波はそれなりに強いらしく、ランクマッチでは一番上のランクである「エース」にいるとのことだ。そして1番上のランクになると、獲得ポイントの順位が公表される。現在の美波はエース17位。
こうしてミナズキの名前の入った、エース17位の戦績のスクリーンショットをツイランドに掲載した。
英美里はエース17位の意味をハッキリ理解していないし、美波は英美里の言うことは何でも肯定するので、この画像がこの後に何を引き起こすのか想像出来なかった……。
かくして準備は整い、初配信の日がやってきた。
場所は美波の部屋だ。配信の枠を取りURLをツイランドに投稿、英美里が機材や設定を確認する。英美里も配信経験はないが、ひたすらネットの情報を集めてありがちなミスや不具合の原因をリストアップし、ひとつずつ潰していく。
「まぁ多分大丈夫かな。どうせ最初は全然集まらないし。初配信なのはタイトルにも書いてあるから、やりながら調整したらいいよ」
「わかった。なんかドキドキするね」
美波は、緊張感しつつもこの状況を楽しんでいるみたいだ。
初回は挨拶とかなしでただゲームだけしていれば良いと言ってあるから、ハードルが下がって気が楽なのだろう。
「緊張感を保ててるみたいだね。いい感じたよ」
いい傾向だ。もしかすると、美波は配信の才能があるかもしれない。それは言い過ぎか。
時計を見ると、19時55分。まもなく配信時間だ。
「さて、そろそろ時間だね。私も隣にいるから、頑張ろう!」
「おー」
気合いを入れてパソコンに向き合う。
パソコンはデュアルディスプレイになっていて、美波はゲームを映している画面に集中し、英美里がもう片方の、設定やコメントを映す画面を見る。
「まずは同接100人いきたいよなぁ」
同接数は10000人を超えれば日本トップクラスの超人気配信者と言える。1000人越えでもかなり上位に入るし、実際は100人以下の人がほとんどだ。選択肢が無数にあるインターネットの世界で視聴者を集めるのはそれだけ難しい。
とはいえ目指すはトップ配信者。いずれは10000人を集めなければならない。今日はその第一歩だ。
英美里は確認のためにスマホで配信を開く。もしかすると私が最初の1人かも知れない。
画面には待機中の文字が見え、そして……。
待機中:102920人
「……………………………?」
なんだこの数字??
待機中:109773人
「……………………………え?」
待機中:110610人
「何が起こっているの???」
英美里は混乱した!背中から変な汗がブワッと溢れてくる。
そして時間は20時を迎えた。
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