鏡の国
十巴
鏡の国
姿見鏡の場所を変えた。
私が鏡に手をかけると鏡の中の風景はずわっと動いた。靴箱を映し玄関を映しえんじ色の壁を映した。引きずって数メートル、鏡の中の世界はまるで違うものとなった。ただ別の場所が初めて映っただけなのに何か重大なことをしてしまった気がする。どうやら鏡の場所を変えたことで別の国に越境してしまったらしい。
鏡というのはやってきたものをただ跳ね返すだけのものだが、ずっと同じ場所に置いておくと自分でそれを取り込んでしまって、そこには鏡の国が出来上がる。私が前を通るたび、そこで入国審査を受けることとなる。
それは無意識の領域で行われている。
「パスポートはお持ちですか?」
「もちろん」
「では入国を許可します」
そして私は無事鏡の国へ入ることができるのだ。私は快く歓迎されていて、手を振ってみると住民は手を振り返してくれる。不思議なもので、この国に入るたび同じ人に私は出会う。
鏡の国は私たちの住むここ日本とまるで変わらないように見えるが、ただ一つ、右と左は真反対で、これには何度か当惑させられたことがある。数か月前その国に行った時のことだ。レンタカーに付いていたナビにしたがって運転しているのに、一向に目的地に着かない。それにナビが何度も何度もルートを変更しようとする。どうもおかしいなと車を停めてみて、いや文章の上では冷静のように見えるが、私はこの時かなり腹を立てていて、震えながらレンタカー会社に電話をした。
「もしもし、あのですね、オタクで借りた車のナビがね、どうにも壊れているようなのだけれど」
そのあとのことは語るまい。読者の方々の予想通り私は赤っ恥をかくこととなったのである。
別の鏡の国に来てもそのあたりの風習は同じらしい。驚いたことは前述のいつも会う住民の彼がこの国でも出会えたことだ。二つの国はとても近い。小旅行でもしているのだろう。仕事を終え、私は帰国した。
それでは私も少しお出かけするとしよう。玄関の扉を開けようとすると、なぜか開かない。そうだ、もう今はこっちの国だった、と私は手首を反対にひねった。
鏡の国 十巴 @nanahusa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
近況ノート
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます