愛しいと感じる
教斗と別れてからしばらくそのまま歩いていたけれど、角を曲がった所で立ち止まる。
そして、泣きたくなるくらい和樹に会いたい、と思った。
思わず駆け出す。ポケットからスマホを取り出し、リダイアルに電波を繋いだ。
はやく、出て、はやく。
「…はい」
昨日ぶりの和樹の声に、なんともいえない切なさと愛しさが込み上げた。
「和樹、私…」
「うん、今どこ?」
電話越しなのに、彼の優しさが痛いくらいに伝わる。会いたい、
「南駅前の公園から…和樹の家に向かってる」
「うん」
受話器の向こうで和樹のアパートのドアが閉まる音がした。
もしかして和樹も、私に会いにきてくれるの?
「かっ和樹……私っ、…和樹を幸せにしたい」
そう切り出した私に、彼は無言だ。ただ、息を切らすような吐息が聞こえる。
「和樹と、幸せになりたい」
言葉にすればするほど、ずっと願っていたことが明確になっていく。涙が溢れて止まらなくなる。
そうだ、私の心にずっと燻っていたのは、誰かを幸せにしたいという、強い、願い。
誰かと…和樹と、ずっと、幸せになりたいって、願っていたんだ。
電話は繋いだまま、お互いが無言だ。
ただただ、急ぐ足音と速まる呼吸が受話器越しに聞こえてくる。
私、幸せになれるかな。
幸せにしてあげられるかな。
私の全てを懸けて、幸せに出来るのがたった1人なら…私は和樹を幸せにしたい。
「ねぇ、和樹…っ」
5分以上は走り続けている、おそらく、彼も。
今いる土手を越えて橋を渡れば、私達の住む街にさしかかる。
「私、…和樹が、好きだよ…」
土手が終わる。
ここを曲がれば、この街とあの街を繋ぐ橋がある。
「嘘じゃ、ないよ…っ…大好きだよ…」
気付けば私は、和樹の腕の中に居た。ドクドクしている心臓は、私のなのか和樹のなのかよく判らない。
橋のちょうど真ん中で、2人は出逢った。スマホは握りしめたままだ。
「…わ、私はっ…」
息が上がってうまく話せない。
だけど、これだけは伝えなければならない。
「私、は…大庭和樹を、愛しています…っ」
嗚咽のせいなのか走ったせいなのか、もはやもうわからない。
喉が空気を断続的に吸い込んでいる。
「…うん…幸せに、なろう」
和樹がかすれた声で、そう囁いた。
和樹の背中越しに、川面に反射する夕陽が見えた。世界が一面、茜色。
今まで見たどんな夕焼けより、
あの日あの楽園みたいな秘密基地で見た夕暮れより、
暖かくて優しくて、切なくていとおしい色だ。
幸せになろう。
小指に懸けた言葉を守る、そんな未来を築いていきたい。
あなたとなら、出来るって信じられるから。
「和樹、あのね」
「ん」
手を繋いで、夕陽に伸びる影を並べて歩く。
「楽園って、あると思う?」
そう訊ねた私に、和樹は私を夕焼けから隠すみたいにして、そっと唇を重ねた。
「何言ってんだよ、2人で居れば何処だって楽園だろ?」
「…ふふふ、私もそう思う」
あなたとなら、築いていけると思うんだ。
こんな暑い太陽にも負けない、そんな2人の楽園。
「でもごめん、ジョーズやっぱ無理かも」
「やっぱり怖いんじゃん!」
楽園 七森陽 @7morih
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