9.今こそ〇〇作戦

「危ない!」

 とっさに穂花を庇う。

 落ちて来たものが頭に当たらぬよう、彼女を洞窟の壁に体で押し付けた。

「痛ぇ!」

 そいつは俺の背中に当たると洞窟内に転がった。

 そして俺たちの周りをぐるぐると回り始めたのだ。

「きゃあ、何、これ?」

 大きさは猫くらいの小動物。

 目を凝らすと小さな豚のような格好をしていて、茶色とアイボリーの縞々模様が見える。

「イノシシの子供だ」

 そう、それは可愛らしいウリ坊だった。

 ブヒブヒと豚のような鳴き声を発しながら、洞窟の上の方へ消えて行く。

「むふふふ、バカなやつめ。そっちは行き止まりだ」

 まあ、この洞窟はどっちに行っても行き止まりなんだけど。

 俺はツルハシを手にする。

「こいつの一撃で仕留めれば、食えるかもよ?」

 すると穂花が必死に俺のことを止めた。

「やめようよ。たとえ殺すことができても、火もナイフも無いから食べれないよ」

 まあ、火とナイフがあっても俺には解体なんてできないが。

「それに匂いを嗅ぎつけて母親がやってくるよ。そんなのが落ちてき来たら、私たち終わりだよ」

 確かにそれはカンベンだ。

 巨体の母イノシシが落ちてきたら、このツルハシで戦える自信は俺にはない。

「じゃあ、どうすればいいんだよ?」

 穂花はすこし考えた後に提案する。

「あの穴から外に投げ返せばいいんじゃない?」

 投げ返す?

 あのウリ坊を?

 もしかしたらあいつは、俺たちが穴に落ちる直前に草むらでガサゴソしてたやつじゃないのか?

 だったらあいつは俺たちを窮地に陥れた張本人、いや張本猪なんだぞ。

 そんなやつをタダで帰してやれるほど、俺はお人よしじゃない。


 ん? タダでは帰さない?

 そうか、その手があったか!?

 その時俺は、すごいアイディアを思いついたのだ。


「穂花、お前のスマホでメール送信予約の設定をしてくれないか?」

「えっ、私のスマホで?」

「そうだ。健介さんにSOSメールを送るんだよ。一時間に一回の頻度で、これから三日間」

「そんなことしたってここは圏外なんだけど」

「だからあいつを使うんだ。ここは圏外でも、丘の上なら電波が通じるんだろ?」

 はっとした表情をする穂花。

 俺の作戦をようやく理解したようだ。

「俺はこれからこのカーディガンを解いて、できるだけ長い毛糸を作る。それを使って、穂花のスマホをあのウリ坊に結び付けて、外に放り投げるんだ」

 きっとウリ坊は、母親を探して丘の上に上がるだろう。

 その時がチャンス。一時間に一回の発信にしておけば電池の消耗も少ないし、きっと健介さんにメールが届く。

 ――今こそ猪メール大作戦!

 これは俺たちの明日を賭けた戦いだ。この洞窟で縮こまったまま寒さに震える夜を迎えるか、それとも足を伸ばして焚き火の前でうたた寝できるかは、この作戦の成否に掛かっている。

「わかった。でも何で私のスマホなの?」

「だってお前のスマホじゃなきゃ、メールが届いても健介さんに信じてもらえないだろ?」

 俺のスマホで俺の両親にメールを送るという手もある。

 でも俺の両親はこの場所を知らないので、結局健介さんに連絡を取ることになるのだ。それなら穂花のスマホから直接メールを送った方がいい。

「そういうことね。ちょっと時間をちょうだい」

「ああ、俺もこのカーディガンを解くのに時間がかかりそうだしな」

 こうして俺たちは必死に作業を始めた。

 ウリ坊を探すイノシシの母親がここに落ちて来る前に。

 解いた毛糸の長さが二メートルくらいに達した俺は、今度はウリ坊を捕獲しようと格闘する。が、これが難しかった。ちょろちょろと逃げ回って、素直には捕まってくれないのだ。

「捕まえた!」

「できた、設定!」

 やっとのことで捕獲に成功したと同時に、穂花もスマホのメール予約発信設定を完了した。



《つづく》

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