7.今こそ〇〇バル
ん? 無重力!?
そんな感覚に、昔の記憶がフラッシュバックする。
昔、穂花と一緒にこんな体験をしたことが……。
刹那、お尻に強い痛みを感じる。
「いたたたた……」
お尻をさすりながら周囲を見回そうとしたが、土ぼこりがすごくて目が開けられない。ようやく目が開けられるようになっても、今度は暗くて周囲がよく見えない。
地べたに座ったまま頭上を見上げると、はるか遠く上方にぽっかりと空が見える。どうやら俺たちは深い穴に落ちたようだ。
「ちょっと、何なのよ、これ」
隣には穂花。ゴホゴホと土ぼこりにむせながら同じくお尻をさすっている。
落ちる時に彼女がぎゅっと右手で俺のことを掴んでくれたおかげで、二人の体は回転することなくお互い一緒にお尻で着地したようだ。頭を打たなくて本当に良かった。
「怪我はないか?」
俺はスマホのライトをつけて、穂花を照らす。
彼女は左手でツルハシを掴んだまま座り込んでいた。これが体に刺さらなかったのも不幸中の幸いだろう。
「大丈夫。お尻はめっちゃ痛いけど、その他はどこも打ったり挫いたりしてないみたい」
俺たちは立ち上がってお互いの無事を確かめる。
そこは立って歩けるくらいの洞窟で、両手を広げられるくらいの幅があった。洞窟の途中に地表と繋がる穴が開いて、そこに落ちたらしい。そのことを示すように、俺たちが尻もちをついた場所には五十センチくらいの高さで土が堆積している。それがクッションになったというのも、二人が怪我をしなかった要因かもしれない。
ライトで照らしながらぐるりと見回すと、洞窟は両側に続いている。そしてわずかに傾斜していた。
「やっぱ圏外だな」
俺はスマホの電波を確認する。
当然のことだが、洞窟の中も地表と同じく圏外だった。
「さて、どうするか……」
とりあえず、俺はスマホのライトを切って機内モードに切り替えた。どうなるか全く分からない状況では電池を無駄遣いしない方が得策だろう。
とにかく怪我をしなくて本当に良かった。
おかげで次にどうするかを考えることができる。
「外に出れそうもない?」
穂花の問いに、俺は頭上を見上げる。
穴の入口まで四メートルくらいはある感じだ。俺の肩の上に穂花が乗っても、外に出れそうにはない。
同じく穴を見上げる穂花。不安そうな表情を穴から差し込む光が照らしていた。
というか、さっきのフラッシュバックは何だったのだろう。
俺は昔、穂花と一緒に無重力体験をしたことがある。
が、こんな風に穴に落ちたことは一度もない。
あの記憶は一体……何だ?
「このツルハシを上手く使って出れないの?」
ぼおっと出口を見上げていた俺は、穂花の言葉で我に返った。
彼女の言う通り、俺たちにはツルハシがある。
穴の壁に上手く窪みを作って足場を確保していけば、もしかしたら壁を登れるかもしれない。
「ちょっと試してみる。少し離れてて」
穂花が距離を取ったことを確認すると、俺は洞窟の壁に向けてツルハシを打ちつける。
するとツルハシはぐさりと壁に突き刺さり、周囲の岩と一緒にボロボロと崩れてしまった。
これは危ない。やり過ぎると、さらに天井が崩れてしまうかもしれないし、足場となるような穴を加工しようとしても大きめの崩れやすい穴が開くだけだろう。
「すぐには無理そうだな……」
俺は、そう呟くのがやっとだった。
「三日後にはパパが来るから、そん時に助けてもらおうよ」
途方に暮れる俺を見かねて穂花がぽつりと呟く。
実は俺もそれを考えていた。
俺たちが置かれた状況は、それほどまで悲観するものではないのだ。誰も来ない場所で遭難したわけじゃなく、三日後には確実に健介さんたちがやって来るのだから。
俺たちが落ちた穴の近くには、ポリタンクと石炭が不自然に置き去られている。だから場所もすぐに特定してくれるだろう。
三日後の救出を当てにするなら、無理に脱出を測って事態を悪くすることはない。穴が崩れて致命的な怪我をしたら元も子もないからだ。それまでの期間を耐え抜くことを考えた方がよい。
――今こそサバイバルか……。
とりあえず必要なのは水と食料、そして適度な温度だ。
たとえすべてが得られなくても、この場所なら三日間じっとしていれば乗り切れないこともなさそうだ。洞窟だから雨風も凌げそうだし。
が、ひもじくて寒くて退屈な時間が続くのは間違いない。ゴールデンウィークとはいえ、まだ四月。この場所は暖かい都心ではなく、車で二時間も離れた田舎の山林なのだから。
「せめて水があればいいのにね」
穂花は自分のスマホを取り出し、ライトで洞窟の壁を照らし始めた。
「ほら、地上には湧き水があったじゃない。だったら地下にあっても不思議じゃないと思うんだけど……」
それは盲点だった。
もし洞窟の壁から水が湧いていたら、それは飲める可能性がある。
「じゃあ探検してみようぜ」
「うん」
こうして俺たちは洞窟の中を探検することになった。
まずは傾斜の上方に伸びる洞窟に進んでみる。
俺がスマホで洞窟内を照らし、穂花と離れないようにして一歩一歩慎重に進む。
照らされる洞窟の壁にはツルハシで削ったような筋模様が見える。どうやらこの洞窟は自然にできたものではなく、人力で掘られたもののようだ。
壁面には一メートルを超える幅の黒い地層も見える。黒光りする部分もあるから石炭層だろう。となれば、この洞窟は昔の炭鉱だったのかもしれない。その証拠に石炭層の傾きと洞窟の傾斜はほぼ同じだった。
それならば、どこかに出口があるはずだ。そこに辿り着くことができれば俺たちはここから脱出できる。しかし――
「行き止まりだ」
五メートルくらい進んだところで、洞窟は崩れた土砂によって閉ざされていたのだ。
次は傾斜の下方に進んでみる。
が、落下地点から二メートルくらい進んだところで俺たちは歩みを止めた。ぴちゃぴちゃと足音がし始めたからだ。
「水だ!」
照らすと前方に水面が見えた。洞窟の先は水没して行き止まりだった。
「これが飲めるといいんだが……」
でも洞窟内に水があることが分かった。これは大きな一歩だ。たとえこの水が飲用に適していなくても、水があるということは大きな希望になる。
「飲めるかどうかは、水の温度で予想できるわ。常温だったら雨水が溜まっただけかもしれないけど、冷たかったら湧き水の可能性がある」
さすがは地域文化なんとかゼミ。
まあ、湧き水や石炭があるキャンプサイトを見つけるだけでもすごいんだけどさ。
俺たちはタイミングを合わせたように、同時にしゃがんで水に手をつける。そして驚きの言葉を上げたのだった。
《つづく》
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