5.今こそ〇〇水
「じゃあ、お昼ご飯の準備をしよっか」
荷物の収納が終わると穂花が昼飯の提案する。腕時計を見ると、すでに十三時を過ぎていた。
車に乗ってる時間が長かったからなぁ……。
ここに来てからの労働が充実していたせいか、ギュウとお腹も鳴っている。
元のカーディガン姿に着替えた穂花は、荷物テントに入ると中から二つのものを取り出して来た。ポリタンクと、何かが入った薄汚れたトートバッグだ。
「まずは水汲みか?」
「そんなところよ」
トートバッグからは長い木製の柄が顔をのぞかせている。きっと柄杓だろう。これから川に行って水を汲むに違いない。
すると穂花は予想外の行動に出た。小川の方ではなく、丘の方へ向かって歩き始めたのだ。
「ちょ、ちょっと。小川に行くんじゃないの?」
「まあ、黙ってついてきなさい」
穂花は、丘の山際に沿って続く小道を進んでいく。周囲に雑草が茂り、かろうじて踏み跡が見えるくらいの道だ。一分くらい歩いただろうか。正面に高さ三メートルくらいの小さな崖が見えてきた。
「目的地はあそこよ」
崖は岩肌が露になっていて、土の縞々模様が見えていた。これは地層と言うのだろう。
それよりも驚いたのは、二メートルくらいの高さにあるその地層から水が流れ落ちていたのだ。水量は蛇口を少しひねったくらいの細さだったが、その下にポリタンクを置いておけば三十分もしないうちに水は一杯になるだろう。
「すごいでしょ!」
自慢げに穂花が胸を張る。
「これって湧き水か?」
「そうよ。これでご飯を炊いたりコーヒーを淹れたらめっちゃ旨いんだから」
「本当か!?」
おおおお、それは大歓迎だ。
というか、湧き水があるなんて理想のプライベートキャンプ場じゃね?
「小川の水だって綺麗だからそこそこ美味しいと思うけど、こっちの方が絶対いいでしょ?」
そりゃそうだ。
小川から水を汲んだら、葉っぱとかプランクトンとかいろいろ入ってそうだしな。
俺は湧き水に近づくと、手を伸ばして落ちてくる水流に触ってみる。
冷たい。まさに湧き水だ。
そして掌で水をすくって口に含んだ。
うん、美味いぞ、これ。水道水とは全然違う。
――今こそ自然湧水!
これから三泊分の食事とコーヒーが、俺はめちゃくちゃ楽しみになっていた。
《つづく》
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