4.今こそ〇〇ベッド

「じゃあ、刈った草をこの辺りに集めて」

 草刈機を地面に置いた穂花は、平地の真ん中あたりを指さしながら俺に命令する。

 俺は長靴やらが入ったプラスティックケースから軍手を取り出すと、草を鷲掴みにして運び始めた。草刈りをしてもらったんだから、これくらいはやらなくちゃという思いが俺を動かしている。

 久しぶりに至近距離で触れ合う自然。足を運ぶたびに草の匂いがする。うん、見事な雑草だ。

「集めてキャンプファイヤーでもやるのかよ」

 平地の真ん中に草を積み上げながら俺は訊いてみた。

「違うわ。ベッドにするの」

 ベッド?

 干し草じゃあるまいし、こんなものベッドになるのか?

 疑問に思いながらも俺は刈り取られた草をどんどん積み上げていく。

 一方穂花はその草を正方形に並べ始めた。俺がすべての草を集め終わった頃には、二か所に草の正方形が出来上がっていた。

「じゃあ、テントを張るわよ。この上に」

 そうか、ベッドというのはそういうことだったのか。

 確かにこの上にテントを張れば、ある程度ふかふか感を味わえるかもしれない。

「ていうか、二か所?」

 何気なく俺が訊くと、穂花はぽっと頬を赤らめた。

「当り前じゃない。あんたと同じテントで寝たら、何されるかわかんないし……」

 ちょっとうつむき加減に。

 それを聞いて、俺も急に恥ずかしくなる。

 不満げに「二か所?」と訊いた時点で、一つのテントで寝る気満々だったことを明かしているようなもんじゃねぇか。

「何もしねえよ」

 慌てて吐いた捨て台詞が何の効果も上げないほど、すごく気まずい。

 俺たちは必死にテントを組み立てるフリをして、早く時間が経過しないか、そればかり考えていた。


 テントの組み立ては、いい時間稼ぎになった。

 初めての経験だったので、骨組みをどうやって繋げたらいいのか、インナーをどうやって骨組みに固定すればいいのか考えているうちに、先程の気まずさを忘れることができた。

 お互い、それぞれのテントを組み立てる。

 ドーム型になったテントを雑草の上に置き、フライシートを張ってペグで地面に固定する。こうして二張のテントが完成した。

「どれどれ、寝心地はどんな感じだ?」

 早速中に入って寝転んでみる。テントの中は、大人が大の字になって寝られるくらいの広さがあった。

 ――今こそ雑草ベッド!

 と叫んでみたかったが、思ったよりはふかふかではない。それどころか、ゴツゴツした部分が背中に当たってしまう場所もある。寝る場所を選べば問題は無さそうだが。

 難しいもんだと入口から顔を出すと、穂花も納得いかないという表情で隣のテントから顔を出している。俺はなんだか可笑しくなった。


 就寝用のテントが完成したら、今度は荷物用のテントを二人で組み立てる。健介さんの車一杯に積まれていた荷物を入れておくテントだ。

 それは就寝用とは違い、背の高い大きなテントだった。広さは二畳分くらいもある。

「ここはトイレも兼ねてるからね」

 そう言いながら、穂花は段ボール型簡易トイレを組み立てた。形は洋式で、凝固剤を使って汚物を瞬時に固めてしまうタイプのトイレだった。

「あんたは外でやりなさい。どこでも自由に使っていいから」

 いやいや、俺も大はここでやらせてもらうぞ。小は知らんけど。

 簡易トイレをテントの奥に設置し、その横にどんどんと荷物を積み上げていく。

 プラスティックケースのような透明で中身が分かるものはいいが、大きな袋に入っているものは中身がわからず気になった。

 特に気になったのは一番大きな袋。一抱えほどもある。

 持ち上げてみると結構重い。十キロは超えているだろう。パイプやらの突起が体に当たって運びにくい。

「これは何だ?」

「ああ、それは折り畳み自転車よ」

 折り畳み自転車?

 一体何に使うんだ?

「町に出る時使うの。非常時の買い出しとか、お風呂に入りたい時とか」

 そっか、お風呂か。

 そんなこと考えもしなかった。

 言われてみれば結構重要なことじゃねえか。これから三泊もするんだから、その間お風呂に入れなかったら体は臭くなるし、髪もバキバキだろう。

「町にはね、日帰り温泉もあるのよ。あんたはそこの小川の水浴びで十分だけどね」

 なぬ、温泉!? そんなものが近くにあるのか。

 ていうか、穂花もいちいち突っかかるやつだな。ゴールデンウィークのこんな時期に小川で水浴びができるわけねえだろ? 夏なら快適かもしれんけど。

 それより俺は温泉という言葉に強く惹かれていた。プライベートキャンプに温泉が加わったら最強じゃねえか。それに町に出ればスマホも使えるだろう。

「自転車、後で俺も使わせてもらうからな」

 俺はベーっと穂花に向かって舌を出した。



《つづく》

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