3.今こそ〇〇ハラ

 やられた!

 最初からこれが目的だったんだ。

 どうりでうまい話ばかりだと思ったんだよ。着替えだけ持参すれば理想のプライベートキャンプが味わえるなんて。

 でもちょっと考えれば分かること。春になれば山林なんて草ぼうぼうになるに決まってるじゃないか。

 穂花が俺を誘い、健介さんが土地を使わせてくれる理由。それは角尾家のファミリーキャンプのお膳立てに汗を流して貢献せよという意味に違いない。

「ほらほら、早く作業しなくちゃ、夜になっちゃうわよ」

 そう言いながら、穂花は草刈機に燃料を注入している。それは農家のおじさんたちがよく使っている先端の金属製の歯がグルグルと回るタイプの草刈機だった。

 ――でも待てよ。これは草刈機を体験するチャンスかも?

 子供の頃、あれを使ってみたかったことを思い出す。

 やらされるんじゃない。自分からやるんだ。

 発想を転換せよ。ポジティブシンキングから物事は発展する。

「仕方ねえな、この草刈機、どうやって使うんだ?」

 俺なりに頑張った提案だった。心を前向きにして、快適なキャンプを過ごそうと協力的な態度を演出したつもりだった。が、その提案は穂花によって一蹴されたのだ。


「あんた、刈払機取扱作業者の資格、持ってんの?」


 なぬ? カリハライキトリアツカイサギョウシャノシカク?

 なんだそりゃ?

「この草刈機で業務するための資格よ」

 おいおい、それ使うのって資格がいるのかよ。

「ここみたいに自分の土地で使う分にはいらないんだけどね。結構危ない機械だから、使い方の講習も兼ねて資格を取ることが推奨されてるの」

 マジか。

 危ない機械ということは認めるが。

「そういう穂花は持ってんのかよ?」

「もちろん持ってるわ。ていうか、これを使うためにプライベートキャンプに来てるんだから」

 これを使うために?

 瞳をランランと輝かせながら語る穂花。

 いやいや、意味わからん。草刈りと言えば小学校の時から苦行の代表だろ?

 しかしその後の彼女の様子で理由が判明する。

 リコイルスターターを引っ張ってエンジンをかけ、暖気運転を始めた穂花は、「私から十五メートル以内には近づかないで」と俺に警告する。そして鼻歌混じりで草刈機のエンジンをブンブンとふかし、ギュィィィィンという切断音に合わせて叫び声を上げ始めたのだ。

「ったく、余計なこと言いやがって、あのデブ!」

 ええっ? 何だって?

 確かに高校卒業時から俺の体重は増えたが、女子にデブと言われるほどじゃないと思っている。

「教授だからってすべてのゼミ生が従うと思ってんじゃねえ」

 なんだよ、ゼミの話かよ。

 ていうか悪態ついてる相手は教授なのか?

「女だから一人ではフィールドに行けないって?」

 穂花は昔から野外が好きだからな。

 地域文化なんとかのゼミで教授になんか言われたんだろう。

「バカ言ってんじゃないよ。女だってな、フィールド調査はできんだよ」

 ヤバいよ、ヤバい。

 こりゃ、相当ストレスがたまってるわ。

「オラオラオラオラオララララァァァァァ!」

 こんな姿、絶対あいつの彼氏には見せられないぞ。いるかどうかは知らんけど。

 キャンプの相手が俺で本当に良かったよ。

 俺があっけにとられていると、その間に草刈は一段落する。

「ふぅ、すっきりした。やっぱ今こそウサハラだよね」

 満足そうに一息つく穂花。

 なんかそれって言葉の使い方、間違ってない? ただのウサ晴らしなのに、ウサギ使って人を困らせてるみたいに聞こえるから。

 テニスコート一面分くらいの草刈りを終えてた彼女は、満面の笑顔で草刈機のエンジンを止めたのだった。



《つづく》

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