2.今こそ〇〇カリ

 そして訪れた四月二十九日。ゴールデンウィークの初日である。

「おはようございます、おじさん、おばさん。ちょっと凛太朗を借りていきますね」

 俺んちの朝の玄関に、元気な穂花の声が響く。

 そんな彼女はばっちりノーメイク。しかも黒のタートルネックにサロペットデニムという完全牧場スタイルで、靴はハイカットのトレッキングシューズ、そしてベージュのニットカーディガンを羽織っている。高校卒業時とあまり変わらねえじゃねぇか。おい、大学デビューはどこ行った。

 まあ、メイクとキャンプというものはお互い最も離れた場所に位置するような気もする。女子が一人でキャンプする物語の主人公が高校生なのも、きっとそういうことなのだろう。

 俺はジーンズにアウトドアっぽい襟シャツとパーカーという出で立ちでスニーカーに足を通し、着替えが入ったバッグ一つを肩に掛けて穂花と一緒に玄関を出た。そして隣の家に向かって挨拶する。

「おはようございます、健介さん。今日はよろしくお願いします」

 健介さんはちょうど、車に荷物を積み込んでいるところだった。

 ていうか、何? この荷物の量。

 健介さん自慢のRV車は、後ろのスペースに荷物がぎっしり積まれていたのだ。

 ――まさか健介さんも一緒に?

 プライベートキャンプ場まで送ってくれるというからかなりの高待遇と喜んでいたのだが、そんなオチが用意されていたのかもしれない。

 ――まあ、誘ってもらってる立場としては贅沢言えないよな。

 ちょっとドキドキが減っちまったと残念に思いながら荷物の積み込みを手伝う。そして車の後部座席に乗り込んだ。


 角尾家と巻羽家に手を振って意気揚々と出発したRV車は、健介さんが運転し、穂花が助手席、俺が後部座席に座る。

 我が町を出るとすぐに高速道路に乗り、荷物が一杯で重そうな車体を健介さんがアクセル全開で加速させた。最初からずっと気になっているが、何だろう、この荷物の量は。俺の隣の後部座席にも、人が乗る余裕がないほど荷物が積まれていた。

 ――てっきり穂花と二人きりだと思っていたのに……。

 でもまあ、それは仕方がないことかもしれない。

 幼馴染で家も隣とはいえ、俺たちは若い男女。父親としては娘が心配でたまらないだろう。

 穂花と二人で焚き火を囲む脳内風景に、健介さんの髭面が加わる。俺なんてよりも、キャンプにマッチしそうな風貌をしているのが羨ましい。

 ――男同士で酒を酌み交わすのも悪くないかもな。

 そう自分に言い聞かせながら、とりあえず俺は訊いてみた。

「キャンプするのに、こんなに荷物が必要なんですか?」

 すると健介さんは驚くべき計画を打ち明ける。

「ああ、この荷物ね。だってこれは五泊分の荷物だからね」

 五泊分!?

 おいおい、そんなこと聞いてないぞ。

 たしか穂花は、二十九日から三泊って言ってたはず。

 すると穂花が補足してくれる。

「パパとママがね、ゴールデンウィーク後半の五月二日から同じ場所でキャンプするの。その荷物もあるのよ。私がそれに参加するかどうかは決めかねてるけど」

 そういうことなのか。

 まあ、そうだよな。もともとキャンプするために山林を買ったんだから、そこで他人だけが楽しむということはあり得ない。

 俺たちがキャンプする三泊分と、健介さんたちの二泊分。どうりで大荷物になるわけだ。

「だから申し訳ないんだけど、五月二日は家まで送ってあげられないんだ。最寄りの駅までになるけどいいかな?」

 健介さんが恐縮しながら、ミラー越しにチラリと視線を向ける。

 いやいやいやいや、そんなの全然構いませんって。

 穂花から帰りの電車賃を用意しとけって言われてたから、それは想定内。

 行きも送ってくれて、しかもプライベートキャンプ場という理想のシチュエーションを貸してくれるだけでも感謝しなくちゃ。

 それよりも穂花と二人っきりというドキドキシチュエーションの方が気になっていた俺は、「問題ないっスよ」とにこやかに恐縮した。


 車はずっと高速道路を走っていた。

 次第に周囲に森林が広がっていき、トンネルもいくつかくぐるようになってくる。

 そして出発から二時間後、インターを降りた車はやがて砂利道を走り始める。いよいよRV車の本領発揮だ。しばらくすると砂利道はわだちがえぐれた山道となり、車と一緒にガタガタと荷物が左右に揺れ始めた。その激しい揺れが十分くらい続いたところで車は停車する。道は行き止まりになっていた。

 こりゃ、人里からかなり来たぞ。

 土地が安いのもうなづける。その証拠に、スマホを見ると見事に圏外だった。

 まいったなと思いながら車を降りると、そこは雑木林が広がるなだらかな丘に挟まれた谷のような場所だった。伸びをすると空気が気持ちいい。名前の知らない鳥の泣き声が木々に反射していた。

「この一帯はうちの土地だから自由に使ってもらっていい。詳細は穂花に聞いてくれ。それでは荷物を降ろすぞ」

 そう言いながら、健介さんは焦るように車から荷物を降ろし始めた。まるで次の用事が迫っているかのように。

 俺はもっと詳しくこの場所についての説明を聞いてみたかったが、せっせと荷物を降ろす健介さんを放っておくわけにもいかない。三泊もするんだから、周囲を探索する時間はたっぷりあるし、健介さんに言われたように詳しくは穂花に聞けばいい。

 俺と穂花が手伝うと、すぐに車は空になった。

 すると健介さんは慌てて車に乗り込む。

「じゃあ、五月二日に来るから。凛太朗くん、穂花のことをよろしく」

 車を切り返した健介さんは、そんな台詞を残して走り去ってしまった。


 ――なんであんなに慌てて行ってしまったんだろう?

 疑問で頭を一杯にしながら、去りゆく車のテールランプを見送る。

 その答えは、すぐに穂花が示してくれた。

「さあ、やるわよ!」

 元気な声で、何かの始動を宣言したのだ。

 振り返ると、いつの間にか穂花は皮手袋に長靴と作業上着を着用し、ゴーグルとマスク姿になっている。そしてひときわ大きな荷物のジッパーを開けると、あるものを取り出した。

「今こそ草刈り。ファイト!」

 それは、エンジン付きの草刈機。

 言われてみて初めて認識したが、行き止まりの道の先に広がっていたのは草ぼうぼうの荒地だった。



《つづく》

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