幼馴染とキャンプに行ったら今こそ〇〇だった件
つとむュー
1.今こそ〇〇キャンプ
『凛太朗、ゴールデンウィークの前半、空けといて』
そんな命令調のラインが届いたのは、四月も終盤になってからだった。
送り主は角尾穂花(すみび ほのか)。小学校から高校まで一緒の腐れ縁だ。
大学が別々になって、しばらく話す機会も無いまま「あいつ元気にやってるかな」とふと思った矢先のこと。天災は忘れた頃にやってくる。
『前半っていつだよ?』
本当は「めんどくせぇ」って返したかったんだけどさ。
大学も三年生になって、キャンパスライフを謳歌してるからそんな暇はねぇと叫びたいところだけど、コロナの影響で全く予定は入ってない。「いつだよ?」と訊いた時点で、すでに彼女に屈していたような気もする。
ていうか、ゴールデンウィークって四月二十九日からだよな。それって――
『三日後からに決まってるじゃない』
マジか。
相変わらず容赦ねえ。
俺に対しては遠慮なく物を言う穂花。
まあ、小学校から一緒なんだから当たり前なのかもしれないが。
容姿は――うん、可愛い方だ。幼馴染の俺が思いっきり下方修正して言うんだから、どんな感じかは察してくれ。
高校卒業時の背は一六〇センチくらい、髪はショートでぽっちゃり型、顔の特徴は瞳がでかいことかな。
大学デビューに成功して垢抜けたという噂も聞いているが、ホントかどうかは不明。月に一度くらい朝に見かけるが、化粧が日に日に上手くなっているから噂はホントなんだろう。
そんな穂花が俺のスケジュールを押さえようというのだから、不覚にもちょっと期待してしまう自分がいる。
『で、何すんの?』
デートのお誘いか?
はたまた勉学に関する悩みとか?
しかし穂花から返ってきたのは意外な用事だった。
『キャンプよ。キャンプ』
ええっ、キャンプ?
そういえばあいつ、地域文化なんとかってフィールド系の学科に進んだって親父さんが言ってたっけ。
それとは別に、最近女子高生が一人でキャンプするアニメが流行ってるとかどうとか聞いたことがあるけど、まさかそのブームに乗っかろうってわけじゃねえだろうな。
『なんでキャンプ?』
すると彼女は、驚きの理由を打ち明けた。
『買ったのよ。キャンプ用の山林をパパが』
ええっ、山林を? 健介さんが?
マジか!?
それっていくらするんだよ。
『一人でキャンプする芸能人の動画ってあるじゃない』
そういえば、そんな動画があるというのは聞いたことがある。
自分で山林を購入して……って、それかよ。
『その動画にパパがはまって、買っちゃったのよ』
うほっ、それは剛気なことで。
値段は一千万? まさかの二千万?
『金持ちやな』
『それが意外と安いのよ。一千坪で五十万くらいらしい。都心から車で二時間もかかるけど』
五十万!?
山林ってそんなに安いのか?
『都市計画とやらで宅地に転用できないから安いってパパが言ってた。キャンプなら問題ないけどね』
――噂に聞くプライベートキャンプ。
俺は想像する。
他のキャンパーは誰もいない、ゴールデンウィークの静かな里山。
焚き火をしても文句は言われないし、ハンモックだって吊るし放題。
夜になると木々の間から降り注ぐ星の光を浴びながら、パチパチという焚火の音とドリップコーヒーの味と香りを楽しむ。そして鳥のさえずりで目覚めるテントの朝。
それは俺が思い描いていた理想のキャンプスタイルだった。
『それってどこ? そこでキャンプするってこと? ていうか俺が行ってもいいの?』
こんなに矢継ぎ早に訊いたらめっちゃ乗り気なのがバレバレじゃんと思いながら、俺は穂花の親父さんの顔を思い浮かべる。
髭を生やしているけど、いつもニコニコしてる角尾健介(すみび けんすけ)さん。
俺がキャンプに行ってもいいかどうかは当然、山林の持ち主である健介さんの許しが必要となるだろう。
まあ、家も隣だし、子供の頃から家族同然だし、会ったらいつもちゃんと挨拶してるし、断られる要素を頭の中で数えてみたが何も見当たらない。
『さっきから車で二時間くらいのところでキャンプするって言ってるじゃん』
というと北関東か?
千葉や茨城という可能性もあるが。
『パパがね、凛太朗と行ってくればって提案してくれたの。どう? 空いてる?』
それなら安心だ。土地所有者の承諾済みってことだから。
俺の想像の中の焚き火の向こう側に、炎に照らされる穂花の顔が浮かび上がってきた。
しゃべるとうるさい幼馴染だが、静かな森で黙ってコーヒーを楽しむなら理想の相手かもしれない。
『わかった。行くよ』
『サンキュ。道具はこっちで用意するから凛太朗は着替えだけ持って来てね』
幼馴染と二人でキャンプ。
しかもゴールデンウィークなのに周囲に誰もいないスペシャルな環境。
そんな自由に満ちた土地で、自然に包まれた優雅な時間を満喫する。
――今こそプライベートキャンプ!
心の中のもう一人の自分が叫び出しそうなのを堪え、三日後に味わうであろうさわやかな空気を想像して深呼吸する。
そんな自分を殴ってやりたくなるような事態が起こるとは、この時の俺、巻羽凛太朗(まきわ りんたろう)は予想すらしていなかった。
《つづく》
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