第9章 西行 6

   6


 4頭の馬の背に、買い入れた荷物をいっぱいに載せて、財布の中身もすっかり軽くなって、旅装はきっちりと揃えた。


 ファルシールとケイヴァーンは必要な旅装を買い込んだあと、あらかじめ決めてあった集合場所である隊商宿カールワーンサラーへと向かい、隊商と話をつけたイグナティオと与一と合流した。


「よっ。お疲れさん」


 隊商宿の入り口の門の前で腰掛けて待っていた与一がファルシールに手を振って迎えた。与一がケイヴァーンにも軽く「お疲れさまでした」と頭を下げると、ケイヴァーンも無言で頷いて返した。


「入り用な物はあらかた揃えた。そちらはどうなった」


 ファルシールは、与一の後ろで腕を組んで立っていたイグナティオに問うた。

「こちらも隊商と話はつけました。明日の朝に西門前に集合の後、バグダラートへ発つことになります」


 イグナティオは、微妙、と言いたげな面持ちで、いつものような商人の笑みは浮かべていない。ファルシールは不審に思って訊いた。


「何か問題でもあったか」


「ほとんどの隊商は荷駄馬の食糧が無くなる冬の前に西へと移動してしまい宿には残っていなかったのですが、ひとつだけ残っている隊商を見つけて帯同を取り付けました。しかし便乗料はかなり割高な上に、何やら私たち以外にも大勢帯同する者たちが居るようでして」


 その話をファルシールの後ろで控えて聞いていたケイヴァーンはファルシールに確かめるように訊いた。


「アルメス殿。もしかすると、武具店の老店主が去り際に言っていたあくどい儲け方をしている隊商のことでは」


「え、どうゆうこと??」


 与一が問うた。


「ああ。武具店で買い物をした時に店主のご老体が忠告してくれたのだ。西行きの隊商選びには気を付けた方が良いと」


 ファルシールが与一に説明した。


「そんなこと言われてる人たちって結構ヤバいんじゃないか?」


「そうですね。とても厄介なことになりました。私の経験上、あの隊商と同道するのは良くありません。必ず何か起こります」


 与一のあとに続いてイグナティオが続けた。ファルシールは深刻な表情を浮かべて考え込んだ。


(この隊商をのがせば、春まで次の隊商が来るかどうかは分からない。だが私は何としても出来るだけ早くメギイトへと向かわねばならない……)


 4人が無言になったあと、しばらくして与一が何か思い付いたように「あ」と溢した。


「ならさ、バグダラートまで連れてってもらわずに、適当な街で別れれば良いんじゃないの? なんか日割りの料金もバカ高いみたいだし、それなら途中の街で別の隊商に乗り換えれば安心じゃない?」


「なるほど」


 与一の提案はファルシールには良いように思えたが、イグナティオは含みのある言葉を返した。


「そういう手もありますな」


「……どういうことだ?」


「ヨイチの考えは良いと思います、が、西へと逃れたい者たちを集めて帯同し、高い便乗料を払わせるという商いを考えついた者が、そう易々と私たちを離れさせるでしょうかね」


 イグナティオは、イグナティオ自身が考え付く悪徳な方法をもとに与一の案にわざと辛辣な釘を打ち込むものだった。


「確かに……」


 しかし思いの外、与一がイラついたり腹を立てる様子もなく受け流したように見えて、イグナティオは面白くないと思った。

「それと、今さらですが実は値段交渉の際に、シャイード殿を用心棒として差し出すことを条件に帯同を取り付けたのですよ。ですからシャイード殿は隊商の用心棒として動くことになります」


 イグナティオはさらりと告げた。それを聞いて憤りを見せたのは勿論、主の元を離れる訳にはいかないケイヴァーンである。


「貴様、何のつもりだ」


 ケイヴァーンは殺気を纏った声で言うと強く一歩踏み出してイグナティオに掴み掛かろうとしたが、ファルシールが押し留めて止めた。


「落ち着けシャイード! イグナティオは最善を尽くしてくれたはずだ」


「しかし殿でん……アルメス殿、私が隊商の用心棒として行動すれば、あなた様のお側に在ってお守りできなくなります」


「わかっている! だが他に選ぶ余地はない。師匠を信じよう」


 ファルシールはイグナティオが損得で動く人間であることを理解している。ケイヴァーンを用心棒として差し出す事は、ファルシールから護衛を取り払うことであり、ひいてはファルシールのそばに居るイグナティオ自身の身の安全を取り去ることと同義である。


 イグナティオがケイヴァーンの事をいくら毛嫌いしていようとも、心情に惑わされて損得勘定を誤る人でない事は、ファルシールが身をもって知ったことである。娼館に売られた事は記憶に新しい。


「私はヨイチの案で行きたい。私たちには一刻の休みも惜しい。シャイード、頼む。納得して欲しい」


 ファルシールはケイヴァーンに頼み込んだ。さすがのケイヴァーンも主の信任を蔑ろにすることは出来ず、短く溜め息を吐くと、居ずまいを正して首を折り頭を下げた。


「私はアルメス殿の決定に従うまで。いざという時は私が命に代えても必ずお守り致します」


 ケイヴァーンの言葉で、4人の方針は決まった。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る