第9章 西行 2
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荒野を行く4人の旅団をはるか南方にしつつ、アシュヘル高地中央部の皇都アキシュバル郊外では、岩石砂漠の街道沿いにあるオアシスで野営する軍があった。
異国の地から遥々世界の半分とも言われるシャリムの皇都アキシュバルまで略奪と破壊を尽くして進んできたその軍は、黒々とした陰を曇天の下に蠢かせて、しばしの休息を取っていた。
皇都アキシュバルを半日の距離に眺めつつ、本営付き騎士長のヴァイマンは、始終不機嫌そうに歯軋りしている同輩の騎士長フラジミルへ
「もう良いではないか。確かに女王陛下より預かった軍馬を失った事は大きな損失だが、シャリムの残党は軒並み森の中で一掃できたことだし、ひとまず喜べば良いではないか」
「わしは何もその事で不機嫌なのではない。あのような小賢しい連中がいくら束になろうとも、国が滅べば倍の馬も奴隷も土地も手に入るのだからな」
「では何が気に入らんのだ」
フラジミルは野営の中央にあるひときわ大きな天幕を憎々しげに指差した。
「あの本営直属の親衛隊を見よ。澄ましきった涼しい顔をしておるが、ここ数日、夜になると本営の天幕からいかがわしい声が聴こえてくる。わしの天幕は本営に近い。夜毎となりで
「ああ……やたらと顔が良い若い騎士ばかり揃っておるよな……。女王陛下も奔放であらせられる」
本営の天幕の前に並んで控えている若い騎士たちは、皆はたから見て州や郡に一人居るか居ないかの美丈夫ばかりで、精悍な体格の男たちばかりである。武勇においてもこの上なく屈強で冷徹、主の命であれば乳飲み子でも刺し殺すと謂われている。
しかし親衛隊のもうひとつの側面は、聞く者の顰蹙を買うようなものであった。詰まるところ、主の夜のお供という役目である。集められている隊員の外面を見れば、むしろこちらの方が主要な役目なのではないかとも噂された。
「それに、目前に落とすべき城があるというのに、馬で半日も掛かるだだっ広い平野に陣を構えて何もせぬとは。何のために征旅か」
「うむ……」
キースヴァルトの軍勢は3日の間、広野に留まり続けている。ひとつには長い行軍の疲労を回復するためであるが、もう一つは本営から、絶対に出撃してはならないとの達しがあったためである。兵たちは暇を持て余して、捕らえた奴隷同士を戦わせたり、陵辱して遊び始めていた。そして例外なく、皆、目前にある更なる
「しかし、聞くところによればシャリム諸侯らが皇都を奪ってより後、今や灰となって何も残っておらぬそうだ。ワシとしては、ここに留まるより他の無傷の城を落とした方が有意義だと思うがな」
「そうであるな。いささか不思議ではある」
2人の議論の矛先が彼らの仕える主へと向いた頃、ちょうど本営の天幕から一際目を引く長身の男が出てきた。
もとより体躯の良い親衛隊の面々を隣に並べてもその男には頭ひとつ分以上差が出来る。しかし他の親衛隊員と比べれば痩身と言える身体つきで、傭兵のような使い古された鎧身に大斧を背に纏ったやけに童顔な若い男は、ずかずかとフラジミルとヴァイマンに広い歩幅で歩み寄って、血の通わない冷ややかな琥珀色の目で2人を睥睨して言った。
「アンタら、フタリ、うるさい、と、カリンが眠レない。しずかに」
フラジミルとヴァイマンは、男に気圧されて少し後ずさった。
「デカいだけのでくの坊の分際で、忠臣面して我らに忠言か! 奴隷は奴隷らしく、泥にまみれて死体でも埋めておれ!」
「おいフラジミル! 仮にも陛下の護衛だぞ!」
ヴァイマンが咄嗟にフラジミルを押さえた。フラジミルに向いた男の視線が、より一層陰湿で剣呑なものになったからである。
「ディミトリエ、心配せずとも我らもすぐに持ち場に戻るゆえ、お前は陛下のそばに居て差し上げろ」
ディミトリエと呼ばれた童顔の大男はヴァイマンの言葉にこくりと頷くと、無言で踵を返して本営の天幕へと戻っていった。
ヴァイマンは胸を撫で下ろすと、フラジミルに向いた。
「あまり奴を刺激するな。やつは我らが何者であろうと関係なく背中の斧を振り落とす。奴の頭の中は、陛下か、陛下以外かの二者しか入っておらん。長生きしたければ、奴に突っかからない事だ」
「知ったことか! あいつがどう思おうと、奴隷であることに変わりはない。ワシに無礼を働く気なら切って捨てるまでのこと」
「しかし……」
「もうよい。どうせ気は晴れないのだ。残っている仕事をじっくり片付けて日を潰す」
フラジミルは、ため息をつくヴァイマンに見送られて自身の天幕へと帰って行った。
ヴァイマンも、捕まえた奴隷を使って趣味の悪い遊びをしている部下たちを諌めに自身の持ち場へと戻っていった。
出陣である。
。。。
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