第14話 ストレングスの後悔②

 アリサと一晩を共にした一週間後、私はアリサに連れられて町外れの倉庫街に到着する。それはもういかにもな場所で私は思わず笑ってしまう。


「どうしたの?」

「いや、何でも。小説やドラマって、ある程度現実を元にしてるんだなって思っただけ」


「あ~。でもでも!中に入ったらきっと驚くと思うよ!」

「?」


 入口は正面の大きなシャッターではなく横にマンドアが付いていて警備らしき男が立っていた。アリサが胸元からカードのような物を見せると男は何も言わずに横に退く。チンピラの集まりにしては本格的だと思った。まぁ、アリサと一緒にいるというだけの理由で私はそのまま通された訳だからザルと言えばそれまでだが。とにかく潜入には成功した。


「おお……」

「ね?スゴいでしょ?」


 中に入った私は思わず感嘆の声を上げる。外からはどう見ても寂れた倉庫だったのに、中はとても綺麗で、一流ホテルのフロントを思わせる佇まいだった。勿論そんな所に泊まった事はないが。

 受付らしきカウンターに人の姿はなく、私はアリサに手を引かれ奥へ奥へと進む。段々と甘ったるい匂いが強くなってくる。重低音が響く。頭が揺れる。非日常。きっと標的をトリップさせるのに必要なのだろう。そうやって蛇の道に引きづりこむのだ。

 途中、クラブのホールのような所を通り過ぎる。踊っている者もいれば行為に及んでいる者もいる。誰もが恍惚とした表情を浮かべている。多分、今この瞬間だけを切り取ればこの上なく幸せなのだろう。まるで地獄だ。


「興奮しちゃった?ちょっと待ってね?まずはジンに挨拶しなきゃ。ハジメなら上手くやれるから大丈夫だよ」

「そうか」


 私は込み上げる吐き気を我慢しながら何とかアリサに返事をする。ホールを抜けて更に扉二つ開けた先に目的とする男が座っていた。男はソファーの両端に女を侍らせていて、すぐ近くには屈強な男が仁王立ちしている。男が口を開く。


「久し振りだなアリサ。お前が男を紹介したいなんて、珍しい事もあるものだ」

「でしょ?上手く言えないんだけど……、とにかく面白い子なのよ」


「それで?」

「分かってるくせに」


「まぁな。だが、お前の顔だけで幹部にすることは出来ない。組織にも面子がある。そうだな……。お前、名前は?」

「ハジメです。トオルさんのお世話になっています」


 もう首謀者の顔と場所は分かったのだから別に幹部にまでなる必要もないか?いや。突入の事まで考えれば、ある程度の地位にいた方が良いだろう。犠牲も少なくできる。


「ハジメ、何か特技はあるか?何でも良いが、そうだな、分かりやすい方が良い」

「一応、格闘技をやってます」


「ああ、それでか。トオルの下だもんな。それなりに強いわけだ。それなら、俺のボディガードを倒せるようなら考えてやっても良い」

「そんな……!?ねぇジン、やめてよ!ハジメは異能者じゃないんだよ!そんな事したら怪我しちゃう!」


 アリサ、優しいな。お陰でやり易くなった。ほら、ボディガードがにやにや笑っている。完全に私を舐めている。ここで一人潰せるならそれも悪くない。


「俺はどっちでも良いんだが……。ハジメは、どうしたい?」

「やらせてください」


「へぇ……。威勢が良いな。分かった。じゃあロクタ、相手してやれ。……程々にな」

「はい。ジンさん」


 ロクタと呼ばれたボディガードが前に出てくる。改めてデカイ。それに能力も分からない。さて、どうしたものか。


 と、思っていたら本人が勝手に手の内を晒してくる。


「俺の能力は硬化!この力の前では、例え機関銃を以てしても無意味!可哀想だからな!記念に一発殴らせてやるよ!いや、何発でも良いぜ!?」

「……どうも」


 未来サークルは暴走族ではないし、今のところ目立って暴力沙汰を起こしてはいない。ボディガードを置いているのはトオルの様な血気盛んな若者によるクーデターを防ぐためなのだろう。つまり活躍の機会が非常に少ない。ロクタにとっては周りに対して自分の価値を示せるチャンスなのだろう。


 誰だってそうだ。自分の居場所が、ここで良いんだって、確信したいのだ。分かるよ。


 ……でも。


 私は彼との距離を詰める。あからさまな金的のモーションに入る。ロクタはそれを無駄だと分かっていて、余裕を崩さない。しかし、自然と意識は下へ向く。私は右腕を蛇のようにしならせて、ロクタの側頭部を正確に狙う。右手は、拳固や掌底ではなく……。


「……ッ!」


 パァン!


 ドサッ……。


 ロクタは倒れ、意識を失う。


「……おいおい。ハジメ君よ、お前、何したの?」

「左の鼓膜を破り、脳を揺らしました。戦意を喪失させるのが目的で、気を失うとは思っていませんでしたが、硬化していたからでしょうか。思いの外、響いたみたいです」


 本気なら両鼓膜を破壊している。


「すみません。ただ、彼を倒す選択肢の中では、これが一番ダメージの少ない方法でした」「……ロクタが油断していなかったとしても、同じ結果だったか?」


「いえ」


 ……でも。


「本気で来られていたら、この程度じゃ済みません」

「そうか」


 何が起きたか分からずボーッとしてたアリサが寄ってくる。


「良かったぁ!もう!もしハジメが怪我したらどうするつもりだったのよ!」

「いや、怪我したのはロクタの方なんだが……」


「それで?ハジメは結果を出したと思うんだけど?」


 アリサが勝手に話を進めてくれる。正直助かる。


「分かってる。俺も舐めてた所はあったが、まさかやられるとは思っていなかった。気に入った。ハジメ、お前を俺の右腕にする。もちろん幹部だ」

「……ありがとうございます」


 ……でも。


 自分の居場所を守らなければならないのは、私も一緒なんだ。


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