第15話 ストレングスの後悔③

 私は仕事が好きだ。それがどんな類いのものにせよ、仕事が発生しているという事実は、それを必要とする誰かがいるということだ。政府警備隊の場合、その対象は善意の人々であるという点で明快であった。仕事を通して、私は、私の価値を証明する。


 仕事であるから上からの命令は絶対でありそれが聞けない人間に価値はない。今回の私の任務は「未来サークル」の首謀者の顔と居場所の特定。未だ自宅の位置までは判明していないものの、ここ一ヶ月、サークル幹部としてジンの側近で活動している限りでは、ジンはその殆どを彼と初めて会った倉庫で過ごしている。週に一回、トオルを初めとした他の幹部との集会もこの場所で行っている。私も幹部であるから、次回の集会の予定も把握している。各々の異能についての情報も得られた。情報源はアリサだ。彼女は私を好いているから元々協力的だったが、先日のロクタとの件で拍車が掛かっている。多分、私がいずれはジンの立場も奪うであろう事を期待しているのだろう。一つ情報を得る度にいちいちセックスするのは骨のいる仕事であったが、我慢の甲斐はあった。


 ……つまり、仕事はこれで終わりだ。後はこれらの情報を組織に報告すれば良い。次の集会で一網打尽にする。私はこのまま何食わぬ顔で当日を迎えればいい。彼らとの関係はそれまで。私はまた、次の仕事を遂行する。


「どうしたの?いつにも増して暗い顔して」

「……いや。何でもない。いつも通り暗いだけだよ」


「嘘嘘。冗談だって!」

「…………」


 一ヶ月も活動していれば否応なく人間関係も増える。彼女の名前は。私も常にジンのボディガードをしていれば良い訳ではない。その必要がない時、私は新規顧客の勧誘を任されていた。もちろん勧誘活動のメインは彼女で、私はトラブルが起きた際にそれを収める役割だ。


「……ホントに、大丈夫?」

「……いや。そうだな。少し、悩みがある」


「へぇ、どんな?」

「人に言えないような悩みだ」


 私は、自分の仕事に誇りを持っている。私の仕事は社会の秩序を守り、結果的にそれは多くの善良な市民を守る。そのためならば、多少の犠牲は仕方ないとも思っている。未来サークルの勧誘に引掛かるような人間はどちらにせよ、ろくな人生を送ることはないのだ。彼らの活動規模が大きくなる前に潰す。より大きな被害が出る前に小さな犠牲で済ます。それが最善だ。


 だが一方で私は、このサークルが行き場のない少年少女に対しての救いの場になっている事も知っている。知ってしまった。それは例えばアリサであり、今まさに私の心配をしているアイでもある。それはタイミングだけの話かもしれないのだ。もし、出会い方が違えば……。


 駅前での勧誘活動も一時休憩。喫茶店から見える人の群れはせわしないが、その誰もが、何らかのハッキリとした目的に向かっているように思えた。私には、それが少し苦痛に感じられた。


「……なぁ」

「お? 話す気になった?」


「アイは、今の生活についてどう思っている? これからどうなって、どうすれば幸せになれると思う?」

「ふむ……」


 私は、一体何を言っているのだろう。こんな話は今すぐ止めるべきだ。業務に支障が出る可能性もゼロではない。


 そう思いながらも、私は口を挟むこともなくアイの回答を待っていた。何故今なのか。何故彼女なのかは分からない。でも私は、多分そういう話を誰かとしたかったのだ。


 時が流れる。コーヒーが空になる。彼女はなかなか答えてくれない。しかし私はそれを心地よく感じた。私のために、彼女が時間を使ってくれているという事実にだろう。


「私には難しい事は分からないけど、きっと大丈夫だよ!」

「……なるほど。あまり質問に対しての答えになっていない気もするが、なんとなく君が今時点で幸せそうな事は分かった」


「ううん。私の事じゃなくて、ハジメの事」

「一応聞いてみるが、その根拠は?」


「女の勘かもしれないし、異能かもしれない」

「それは、とても強力な能力だな。できれば私もほしい」


 まぁ、別に良いのだ。具体的なアドバイスを求めていた訳でもない。


「よく分からないけどさ。やりたくない事はしなくても良いと思うし、逃げるが勝ちって事もあるんじゃないかな」

「やりたくなくてもやるべき事はあるし、逃げられる場所がない人もいる」


 ……全く、私らしくない。何を言い返しているのだろう。


「ハジメにとって、未来サークルはそういう場所じゃないの?」

「私は……」


 何か言わねばと思ったが言葉は出ない。それを誤魔化すために、空になったコーヒーカップに口を付ける。恐らくそれは見透かされていて、私の中に答えがない事をアイに知られた事実に、私はこれまでにない焦りを感じた。


「じゃあさ」


 アイは、学校帰りにファミレスに誘うくらいの気軽さで声を挙げた。


「一回、全部投げ出してみなよ。そしたら、ハジメにとって何が幸せなのか分かるんじゃないかな」

「だからそれは……」


「大丈夫! 私も一緒に逃げてあげるから!」


 そう言って太陽みたいな笑顔で腕を引っ張られたから。


 私は為す術なく、それに従わざるを得なかった。

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ストレングスの後悔 てんこ @kon-ten

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