第13話 ストレングスの後悔①

 私には、愛という感情が分からなかった。それは、私がまだ小学校の低学年だった頃に両親が事故で死んだ事も理由の一つではあるかもしれない。しかし、仮に両親が生きていたとして、何も変わらなかったのではないかという気もする。何故なら、身寄りがなく施設に引き取られた私は、周りの少年少女とは異なり特にグレる事もなく成長した。成長出来てしまった。

 彼らと長年過ごす中で、私は違和感を覚える。何故私は、他の子供と同様に投げ槍にならないのだろう。考えていく中で私は一つの結論に達する。全うに成長できない彼らの方が普通なのだ。だってそうだろう。愛を知っているから、それが無くなった事に耐えられないのだ。逆に言えば、私はきっと両親に愛されていなかったのだと思う。虐待の記憶があった訳ではない。両親が不仲であった訳でもない。でも、学校の友達の家に招かれた際に彼らの両親を観察すると、自分の両親の接し方が義務的であったように思えた。

 

 義務的。そう。子供が出来たから。育てる事が義務だから育てる。そんな感じ。


 中学校に上がった私は柔道部に入った。私自身はそうではないが、いわゆる不良である施設の子供が頻繁に問題を起こすのを見ていて、巻き込まれる事もあったので仲裁出来る力が欲しいと思ったのだ。私は普通に勉強が出来て、お小遣いはなく、そろそろ施設の子供に対して一般家庭の子供が関わらなくなってきていたので暇だった。だから私は他の生徒が帰った後も部活の練習をしていた。その時の顧問がたまたま熱血教師で、ドラマの如く問題児の更正を夢見ていて、施設育ちの私の相手を遅くまで付き合ってくれた。

 私は考えるのが好きだった。だから、どうやれば相手に勝てるのかを自分なりに考えて練習をした。すぐに型の大切さに気付いた。いかに正しい動きを、迅速に、かつ相手の動作に合わせた最善手を取れるか。それを、どんな状況でもいつも通り行う。それにはいつでも最高のパフォーマンスを発揮できる体を維持する必要がある。この頃から日々のルーチンや食事による体造りを気にし始めた。結果はじきに付いてきた。中学二年で県内優勝。中学三年で全国優勝。インタビューされた時は困った。本当の事を言えば場が凍ると思ったから無難に納めた。私が勝てたのは、日々の鍛練や身体造りは勿論だが、プレッシャーが無かったからに他ならない。私には、本当に喜んでくれる人も、悔しがってくれる人も居なかったのだから。実の所、勝敗はどちらでも良かった。私はただ、鍛え上げた自分の身体と技が、自分の思うままに動いているかを確認していただけ。何も頼れる物のない世界において、それは私にとって重要な事だった。


 高校に入り、空手を始める。柔道はそこそこ出来るようなったから、次は打撃を学ぼうと思った。これに関しても練習した分だけ私は成長した。しかし、インターハイ優勝までは至らなかった。私は勤勉だが天才ではない。高校の三年間だけでは、それまでに地力を培ってきた天才には勝てなかったというわけだ。やはり悔しさは無かった。基礎は理解できたし、私は私を、私の思い通りに動かせた。


 高校卒業後、大学に入れるお金なんてあるはずもなく、顧問の紹介で政府警備隊に入隊することになった。異能者を取り締まる仕事。通常であれば私のような無能力者は審査が厳しいが、これまでの実績が買われて入隊できた。悪くないと思った。公務員だから食いっぱぐれる事もないし、社会に必要とされる仕事だ。これで少しは、私の人生にも意味が見出だせると思った。


 入隊して三年が経った。私は無能力者ながら異例の早さで模擬戦の中級まで上がっていた。実践における成績も悪くなかった。新米だから重い任務が与えられる事はないが、それでも異能犯罪者に逃げられるような失態を犯すことは一度も無かった。一方で職場の仲間とは中々打ち解けることが出来なかった。当時、政府警備隊における無能力者の数は今より大分少なかったし、中級の無能力者に至っては皆無だった。異能者は無能力者を見下す傾向にある。それは政府警備隊においても同じだった。要するに私は周囲から煙たがられていたのだ。

 

 その頃だったと思う。仕事で初めて人を殺した。元々、対異能犯罪者との立ち会いにおいて殺人は罪にならない。悠長な事をしていたらこちらが殺されるからだ。ただ、私の場合、それまでは自分の強さに対して異能者のレベルが低かったため、手加減しても十分に事件が解決出来た。その時も、これまでと同様に私は相手を殺すつもりは無かったのだ。

 人間誰だって、自分に何か特別な力があれば傲慢になる。同じような仲間が居れば徒党を組む事もあるだろう。気が大きくなって、世界が自分の思い通りなると勘違いする。それが若者であれば尚更で、加えて頭が悪ければ自ずと吐き出す欲望の種類は定まってくる。

 私に与えられた任務は、とある婦女暴行事件の調査。「未来サークル」という名前で活動していた大学生からなる異能者集団の拠点及び首謀者の特定が目的だった。仕事は順調に進んだ。私の年齢が丁度大学生くらいだったのもあって、簡単に潜入することが出来たからだ。サークルは複数のグループから成っており、私は入った先のリーダー格の男に気に入られた。男はかなりの野心家で、やがてサークルを乗っ取ろうと考えていたから、入会時に見せた私の演武に心を惹かれたのだろう。男は武力が欲しかったのだ。私にとってもそれは好都合だった。

 婦女暴行の話は聞いていたし、元凶のサークルに潜入していたのだから当然そういう機会が訪れる。しかし、イメージしていたよりも無理矢理という感じはなくて、なんなら相手の女のネジが緩んでいるのではないかと思った。そもそも、ドラッグに惹かれるような人間なのだ。まぁ、売ってない物は買えないし、そういう風に育ってしまう環境は本人ではどうしようもないのだから、彼女達に非があるとまでは思わないが。

 私の童貞はアリサというヤク中っぽいギャルに奪われた。少しショックだったと思う。事後、私はさっさと帰ってもう一度風呂に入りたかったが、アリサはヤク中のくせにピロートークが好きなようで中々解放されなかった。しかし、付き合わされただけの価値はあった。


「ハジメ君、凄く良かった。なんだろう。凄く、愛されてるって感じがしたの」

「そうですか?僕には良く分からないです」


 良く分からないというか全く分からなかった。だから当然私のそれは偽物で、それを本物と勘違いするくらいだからアリサも大概な人生を送ってるのだろう。


「そうやって母性本能もくすぐるんだから!アリサ、君の事とても気に入っちゃった。こんなグループにいたら勿体ないよ。ジンには私が紹介するからさ!」


 …………ジン。未来サークルの創始者と言われている男。辿り着くにはもう少し時間が掛かると思っていたが、意外と早く済みそうだ。


 その日の私は上機嫌で家に帰り、速攻でシャワーを浴びたのだった。

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