第12話 ヒーローは間に合わない
国際異人管理館にとんぼ返りした私の目に映る光景。ホワイトハウスみたいな建物と、綺麗に整えられた芝生の大広場。少なくとも争いの後は見られない。ただし一時間前に見た景色と違う点が一つだけある。
人が、誰もいない。
私は敷地内に入る。大広場を抜けて入口の扉に手を掛ける。覚える違和感。外に物音は響いていないが私には分かる。中は交戦中だ。なら、私のやることは一つだけ
扉を蹴破る。テラスには11人。内、職員が7人で襲撃者が4人。職員はボロボロ。事切れているものもいる。襲撃者はいずれも見覚えのある黒づくめで身を覆っている。くそ。これはつまり……。
私は最も近くにいた中肉中背の男に接近する。男の動揺は一瞬で静まり、こちらに意識を集中する。他の男達は現状のまま職員に相対。プロだな。状況に一瞬で対応している。
男はその場で構えたまま動かない。飛び道具を使ってくる様子もない。なるほど。能力の候補はいくつか考えられるが、そうだな。恐らくだが、硬い。
だからなんだと言う話だが。
男は防御姿勢に入るが、遅い。遅すぎる。余程能力に自信があるのだろう。別にどこに喰らっても構わないのだ。それで壊れるのは、本来自分ではないのだから。
対象は動かない的。私は、男の心臓真上を狙って渾身の掌底を打ち込む。
パァン
気持ち悪い感触。破裂する心臓。
「ぉ、ご…………」
男は、口から大量の血を噴き出して倒れる。あと三人。
私は間髪入れず、残りの黒ずくめの内、私に近い方の男に接近。
「!?」
「!?」
仲間の異常。私の気配に気付いて二人が振り向くが、やはり遅い。そんなんじゃあ、間に合わない。駄目じゃないか。状況は、常に最悪を想定しないと。
ごぎぃ
私の上段蹴りがヒット。頸椎を破壊。あと二人。
男の内の一人は私に対する迎撃姿勢に入る。もう一人は変わらず職員を攻撃。くそ。一人殺られた。目の前の敵を、早く倒さなければ。私は一歩踏み出す。
「……!!」
体が重い。ベンド隊のユキと同じ重力操作。それも、かなりの使い手。
敵の手にはナイフ。そうだな。私がもし同じ能力が使えたなら、同じ選択をする。動けなくしてから致命傷を負わせれば良い。これなら、コウタロウがユキに対して行った対策は使えない。人間どんなに鍛えていようが、刃物で切られればどうしようもないのだから。ではどうするのが正解か。
敵はナイフを振りかぶる。一見大振りだが、能力とは相性が良い。多少避けられようが、どこかに当たりさえすれば重力が全てを断ち切ってくれるのだから。防御のしようがない。
だから、避ける。
「は?」
敵は惚けた顔をしている。現実が受け入れられないのだろう。大丈夫。お前の能力はちゃんと効いているよ。その上で、私は動いている。単純な話。いわゆる火事場の馬鹿力。それは、条件が揃えばいつでも引き出せるんだ。ただ私は日々の食事や瞑想、呼吸法といった訓練によって条件のハードルを下げているが。
ぼぐぅ
大振りを躱しながら、その勢いを利用してナイフを持っていた右腕の肘を破壊。
相手も相当訓練を積んでいるようで、重力は解けない。だから私は、敵の胸ぐらと折れた腕を掴み、頭蓋を地面に叩きつける。途中で能力は解除されたが手遅れだ。
自らの能力で加速された頭部は、石造りの床に衝突して脳漿をぶちまける。あと一人。いや、もう終わりか。
「き、貴……」
こひゅっ
言い切る前に、男の喉を何かが貫通。あれは、骨?リーダー格と思われる職員の能力。そうか。私というイリーガルが紛れ込んだのに意識を職員から離せなかったのは彼のせいなのだろう。とにかく、これで目先は片付いた。他には……。
私は骨の能力の彼に話を聞く。多分、アイを預けた時に私を見ていた一人だろう。
「すまない。アイから連絡があったから急遽戻って来たのだが、何があった?襲撃者は他にもいるか?」
「……あ、ああ。悪い。助かった。あなたがここを離れて少し経ってから、急に施設が襲われた。奴らの狙いは子供達だった。私達は即座に対応したが、中庭で遊んでいた数人の子供が拐われ、仲間の何人かが死んだ」
妙だな。先程中庭を見たときには、死体は見なかった。彼が嘘を言っているようにも思えないが……。
「なんとか残った子供を館に避難させて、ここで抵抗していた」
「政府警備隊への通報は?」
「それが……、通信機が使えないんだ。逆にあなたはどうして連絡が取れたんだ?」
「いや、私の方も連絡が来たと言っても一瞬着信があっただけで、こちらから折り返しても繋がらなかった。だからこそ駆け付けた訳だが」
……アイの予知能力だろう。敵の電波障害を受ける前に私に連絡をしようとしたのだ。
「なるほど……。とにかく館長の元に行こう。一度状況を整理する必要がある」
私達は館の奥へ進む。館には有事に備えた避難エリアがあるようで、そこは仮に空爆を受けてもびくともしない強固な作りをしているらしい。入口まで辿り着き、骨の能力の男は扉に自らの掌を当てる。生体センサーか。セキュリティも万全という訳だ。
「館長!こちら、襲撃者の鎮圧に成功しました!一先ず脅威は去ったと判断します!つきましては現状の整理、及び今後の判断についての会議が必要かと!」
「……シロウ!?あれほどの手練れをまさか撃退できたのか?」
「いえ。誇れることは何も。子供は拐われ、犠牲も出ました。それに、撃退はハジメ殿の応援があればこそ」
「ハジメ君……。そうか、アイ君の言っていた事は本当だったんだな……」
「……館長、アイは」
避難シェルター内はざっと見ていたが、念のため私は確認する。
「すまない。アイ君は……、彼女は連れ去られた。と言うより、自ら進んで敵の元へ……」
「そうですか……」
「アイ君は言っておった。これから敵が来ると。狙いは自分だから、自分が捕まれば敵の主力は撤退すると。あとはハジメ君が必ず来るから、それまで何とか耐えてくれ、と」
「……他に何か言っていなかったですか。連れ去られた先の、手掛かりを」
襲撃者を全員殺すべきではなかった。味方の情報もなければ手加減できる相手でも無かったから仕方なかったと言えばそれまでだが……。
「手掛かり……。ああ、そうだ。ハジメ君に伝えて欲しいと言われた言葉がある。自分は、ただのOLじゃない。騙していてごめん、と」
「…………」
そりゃ、どう考えてもただのOLではないが、どう意味だ?私が考えあぐねていると館長が更に続ける。
「これはあくまでワシの推察なのですが……。襲ってきたグループとアイ君には面識があったように見えました。そしてあの集団が当館を襲ってきたのは、今回が初めてではない」
「心当たりがあるんですね?」
「……アレは、国際異人管理館の前身から袂を分けた組織だ。ワシらが平等を目指したのに対して、アレらは人の上に立とうとした」
「組織の名前を伺っても?」
「すまないが教えられない。アレらの行動は年々過激化している。長きに渡る因縁にもそろそろ決着を付けねばならん。これは元々ワシらの問題なのだ。ハジメ君を巻き込む訳には行かない。アイ君に関してもワシらに任せて欲しい。国際異人管理館の全勢力を持って対応する。……先程は本当に助かった。心より感謝しているが、どうか、今日の所はお帰り頂けないだろうか」
それ以上聞いたところで答えてくれないと判断した私は再び館を後にする。
だが、手掛かりとしては十分。むしろ館長自身、私に対して何故そこまで話してしまったのか分かっていないようだった。それはつまり、アイの洗脳能力の結果と考えるのが妥当なのだろう。彼女は明確にSOSを出している。
……私には二つの選択肢がある。
彼女を助けに行くか。
国際異人管理館の行動を見守るか。
ああ。
頭が痛い。
何も考えたくない。
考えるべきじゃない。
体が重い。
原因は、リミットを外したことだけじゃない。
私は自宅に着くと、ルーチンもそこそこに、泥のように眠るのだった。
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