第11話 帰りの電車での事
帰りの電車に乗って一息付いてから、私はようやく通信機の電源を入れる。何件か連絡が入っていたが、幸い、すぐさま現場に直行しなければならないような案件はなかった。そもそも、そんなレベルの事態は半年に一回あるかないかと言った所だから、ない方が自然だ。つまり。
つまり、私は別に国際異人管理館に残っても良かったのだ。あの場でこうして通信機の電源を入れ、問題が無いことを確認すれば良かっただけの事。でも、私はそれをしなかった。
……アイ。冗談なのか判断出来なかったが、彼女は運命を手繰り寄せたと言った。あるいはホテルでの朝、彼女は私にとって自分以上のパートナーはいないと言った。いずれにせよ、彼女は私に好意を持っていた可能性が高い。短い間だったが、あんな風にあからさまな好意を寄せられたら誰だって悪い気はしない。私だってそうだ。だから。
だから、私は早く帰りたかった。彼女とこれ以上親密な関係を築くことに脳が警笛を鳴らしていた。私は誰とも親密になりたくないのだ。それが弱い女なら尚更。私は神様じゃない。いつでも必ず誰かを守れる訳じゃない。ずっと側に居ることなんて、現実的に不可能なのだから。
いや。よそう。昔の話だ。ただの感傷だ。これは良い精神状態とは言えない。幸い休日だから良いようなもので、この状態から早々に抜け出す必要がある。一刻も早くコンディションを元に戻さなければ。そうでなければ、私はまた失敗するだろう。一先ずやることはない。電車の中でくらい、ゆっくり休む事にしよう。
私は通信機のアラーム機能をセットして仮眠することにした。
ヴー!ヴー!ヴー!
「…………」
速攻遮られた。休日の着信ってマジでストレス半端ないんだが。無視しようかな。
と思ったが発信先を見て思い止まる。通信機に表示される名前。ハル。我が偉大なる安全監視官様。決して機嫌を損ねて良い相手ではない。しかし、何の要件だろう。緊急事態なら連絡ルートは私の部下からのはず。
「お、繋がったようだね。いや、そろそろ大丈夫かなと思ってだね」
……彼女の言い方が引っ掛かる。どういう意味だ?
「貴女から連絡なんて珍しいな。一体どうした」
「君に電話するのに、理由がいるかい?」
メンヘラ彼女か。そして何故格好つける。
「なんてね。ボクはそんなメンヘラ気質ではないから安心したまえよ」
「……それで?」
「何から話したものか。昨日の君の話がどうも気になってね。大田区蒲田4丁目付近、2043時……。仕事が終わった後で、一応録画記録を確認してみた。目を疑ったよ。間違いなく
ボクの能力は感知していなかったのに、逃げる女性とそれを追う暴漢が映っていたんだから。まぁ、暴漢はどこぞのヒーローによって即座に鎮圧されていたけど」
「そうか……。その男はその後どうなった?」
もしかしたら、ハルは既にアイを狙った組織の尻尾を掴んでいるのかも知れない。
「溶けた」
「……は?」
「だから溶けたんだって。うーむ。いや、正確には蒸発だろうか。アスファルトには何も残っていなかったしね」
「それをやった犯人は?」
「分からない。少なくとも映像にはそれらしき人物は映っていなかった」
「そうか……」
聞いたことのない異能。話が本当ならば相当強力な能力だ。だが、そんな能力者がいながら、何故昨日は別の襲撃者を送って来たのだろう。能力の発動条件が特殊なのか?
「折角だから君に話したかったのだけど、通信機の電源を切っていただろう?しょうがないから君の足取りはカメラで追っていたのだが。一体全体、君が助けた女性は何者かね?全く、ボクという者がありながらとんだ浮気者だね!」
「すまない。理由は色々あるんだが、詳細は話せない。ハルの安全のためだ」
というか、ハルの言ってるカメラって間違いなく政府警備隊の設備の事だと思うんだけど、そんな私用で使って良いんだっけ……。あと何で怒られてるんだろう……。
「全く……。それで、君が国際異人管理館から帰る所まで確認してだね、そろそろ通信機の電源を入れたんじゃないかと思って電話した次第、と言う訳だよ」
「なるほど……。情報提供感謝する。それと、時間がある時で良いんだが、例の暴漢がどこからやって来たのか、また、昨日の夜にも黒づくめの長身の男から襲撃されたのだが、ソイツの足取りも掴めるようならお願いしたい。今の話からすれば無駄に終わる可能性が高いが……」
「嫌だよ。面倒だろう」
だよな。監視カメラをチェックするのって滅茶苦茶時間掛かるからなぁ。本当ならもう関わらない方が良いのだろうが、それだとアイは一生あの場所から出られないかもしれない。
「そこをなんとか。私も出来うる限りの礼をする」
「そうだねぇ……。ボク、再来週の金曜に有給の許可が降りたんだが、ハジメも付き合ってくれたまえよ」
「旅行か?土日じゃ駄目か?」
「ボクは人混みが苦手だから、平日の方が良いんだ。それに、有給中なら仕事の電話が掛かって来ないだろう?あくまで原則的には、だがね」
「そうか。了解した。行き先は任せて良いのか?あと、当日私は変装していくから、ハルもそうしてくれ」
「…………」
電話先で黙るハル。なんだ?行き先を任せた事に腹を立てているのか?それとも変装の件か?いやしかし、それは彼女の安全を考えれば絶対に外せない条件だ。
「どうした?」
「いや……。こんなにあっさり了承されると思ってなかったから。いやいや!約束だよ?破ることは許さないから。この電話が終わったら、上官に有給申請するのよ!分かった?」
……なんか喋り方がいつもと違う。彼女は彼女でいつものは仕事モードなんだろうか。
「再来週の金曜に特別な仕事は入っていない。まず間違いなく休める。休日に上官に電話する用件じゃないから、週明けに申請手続きをする。それで良いか?」
「あ……、ああ!勿論それで問題ないとも!そうだね、こんな事で上官に電話など、何事かと思われてしまう。ボクとしたことが、おかしな事を口走ってしまった。うむ。今のは忘れてくれ」
あ。元に戻った。
「いや、それにしてもだね。こんな事ならもっと早く誘っておけば……。いやいや。いつも誘ってたじゃないか。そうだ。それを断るハジメが悪い。いや。そもそも今回了解したのはあの女の事が絡んでるからか?それは良くないな。うむ。良くない。うん?これは……」
なにやらブツブツ呟きながら、不意に何かに気を取られた様子のハル。
「今度はなんだ?」
「いや……、国際異人管理館に、黒い影……。人か?まぁ、あそこの防衛は強固だ。それを分かっているからハジメも預けたのだろうし、特に問題はないだろうがね」
その通りだ。だが、何やら胸騒ぎがする。同時に、通信機に割り込み通話が入る。
私のプライベート携帯から。それが意味する事。アイからのヘルプ。
「……ハル、悪い。急用が出来た。電話を切る」
「と言っても、君は今電車の中だろう?馬鹿なことは……」
通信機をしまい、私は先頭車両に駆ける。
車掌に自分がヒーローであることと、有事であることを説明する。
最寄りの緊急ドアコックに手を掛ける。
車掌の制止を振り切り、私は電車から飛び降りた。
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