第10話 アイとの別れ

「……拍子抜けするくらい何もなかったな」

「そうですね。こんな事なら、もう少し道中楽しめば良かったです」


「いや、私は常に気を張っていたのだが」

「アイは楽しかったですよ?」


「……そうか」


 私達の目の前では、目的地である国際異人管理館がその存在感を露にしていた。イメージとしては某国のホワイトハウス。外から見える範囲では幼児から小学生位の子供達が仲良く遊んでいて、何も知らなければ孤児院にも見える。実際そういう役割も担っているから当然と言えば当然だ。

 さて、敵からこちらの動きが把握されている可能性が高かったとはいえ、一応通信機の電源は落としていた。従ってこの件に関して当館には事前に連絡していない。しかし入口は閉まっているしインターホンらしき物もない。どうしたものか。


「お兄ちゃん達、誰?」


 なとど考えていたら、中学年程度と思われる女の子が声を掛けてきた。


「ああ、すまない。ちょっとこのお姉さんが異能の事で困っていてな。誰か、大人の人を呼んで貰えないだろうか」

「ふーん?変な喋り方!良いよ!呼んでくるから待ってて!」


「……ありがとう。頼むよ」


 そう言うと女の子は施設の方へ走っていった。元気で素直な子だ。あの年でここに居ると言うことは、きっと良い家庭環境ではなかったろうに。


「意外ですね」

「何がだ?」


「ハジメさんってこう、子供に対してどう接したら良いか分からない系男子だと思ってました。あんな優しい顔も出来るんですね」

「……まぁな。腐ってもヒーローだからな。そういう機会もたまにある」


「ぷふ。お兄ちゃんですって。おじさんに訂正しなくて良かったんですか?」

「それは相手の感じ方の問題だ。そう見えたならそうなんだろう」


 実際、日頃のメンテナンスの甲斐もあって同年代から見ても大分若く見える方だとは思う。実際に言われるとちょっと嬉しかったりする。


「あの子も言ってましたけど、ハジメさん、見た目に反して喋り方が硬いですよね。いつもさっきみたいに話せば良いのに」

「仕事モードだからな。むしろ普段はもっとフランクだ」


 ……まぁ。ここ数年、そんな風に話したことなんてなかったが。


「ええ!?そうなんですか!?アイと会ってからずっと硬いですけど!?」

「正体不明の女と一緒にいてリラックス出来る人間は異常だ」


「アイみたいな美人の類いでも?」

「美人だと言い切らない若干の自信の無さには好感が持てるが、論点はそこじゃない。……来たぞ。なるべく大人しく、困った顔をしろ」


 先程の子供が職員を連れてきた。見たところ50は過ぎた初老の男性で、柔和な雰囲気を醸し出している一方で抜け目の無さも感じる。施設長だろうか。話が早そうで助かる。なかなか有能な子供だ。


「カレン、案内ありがとう。この方達と少し話すから、お前は遊んでおいで」

「うん!お兄ちゃん、またね!」


 そう言ってこちらに手を振ると、彼女は颯爽と広場に戻っていった。私も何となく手を振り返してそれを見送った。


「……はて。あなた方のような若者が、この館に何の用事でしょうか。孤児の引き取りという訳でもありますまい」


 彼からは警戒の色が窺える。子供を直ぐに遠ざけたのも、有事の際に動きを制限されない為。その姿勢には一切の無駄や隙がなく、ともすれば殺気すら感じられる。……この人、かなり強いな。良かった。ここまで来た甲斐があった。これなら大丈夫だ。


「お忙しい所、申し訳ありません。私はハジメ。政府警備隊で隊長をしています。折入ってご相談したい事があるのですが……」


 私は所属の名刺を渡すと共に、早速説明に入る。こう言う時に政府組織の名刺は便利だ。それだけで相手の警戒が大分薄れて話しやすくなる。

 私はこれまでの事を話す。アイの特異性。彼女を狙う組織について。政府警備隊が100%信用できない状況であること。一方で私の行動は政府とは何の関係もないこと。彼女をここで保護してほしいと要望した。


 彼は途中で質問を挟むことなく、ただ静かに私の話を聴いてくれた。


 少しの沈黙の後、彼が口を開く。


「……分かりました。そう言う事でしたら、そちらのお嬢さんは本館で預かりましょう。失礼な態度を取ったこと、謝らせてください。貴方には、感謝しなければならない所だ」

「いえ。私の事は気にしないで下さい。むしろ国際異人管理館の層の厚さに感嘆しています。これなら、安心して彼女を引き渡せる」


 巧妙に気配を消しているが、彼の周囲には彼の他にも相当な実力者が3人、こちらを窺っていた。


「……成る程。アイ君、でしたかな。君は非常に運が良い。もしも、たまたま出会ったのが彼でなければ、どうなっていたか分かりません」

「そうですね。でも一つ訂正があって、ただ運が良いんじゃなくて、これは、アイが運命を手繰り寄せた結果なのです」


 …………。何で急に電波になってんだ?どうした?


「ほっほっほ!面白い子だ。君ならすぐに馴染めるだろう。ハジメ君も疲れただろうし、今日は泊まっていってはどうだろうか。歓迎するよ」

「いえ。ありがたい話ですが……。実はここに来るまで通信機を切っていたのですが、恐らく電源を入れたら大量の連絡が入っている事と思います。その中には、もしかしたら緊急の件も含まれているかもしれない」


「そんなぁ……。ハジメさんも泊まりましょうよ。今日と明日は休みでしょ?」

「行かなくても咎められることはないが、そのせいで、誰かが死ぬかもしれない。私はヒーローで、管理職だからな。休みなんてのは、有るようでいて、無い」


 我ながら大した社畜精神だと思う。でも、私にはそれしかない。


「そうですか……。残念ですが、それではお別れですな。また時間が出来たら、彼女に会いに来て上げてください」

「毎週来てください」

「…………」


 いや、毎週は来ないだろ。ここ、家から少し遠いし。


「もし何かあればいつでも私に連絡しろ。その通信機は君にやる。元々、私には必要のない物だ。新しい機種を買うまでの繋ぎにしてくれ。いらなくなったら連絡を頼む。解約するからな」


 私はプライベート用の通信機をアイにプレゼントする。何だか肩の荷が降りた気がした。


「……毎日電話しますから!」

「緊急時だけにしろ」


「……また、会えますよね?」

「分からない。アイを狙っていた組織については私なりに調べてはみるが、そんなに早くほとぼりは冷めないだろう。それでも自由に外に出たければ、そうだな。強くなると良い。君の能力は強力だ。鍛練すれば、私よりも強くなれる」


「ハジメさんが助けて下さいよ」

「自衛も大切だ」


 その後も他愛ない会話を一言二言交わした後で、私はアイに別れを告げる。


 そしてまた、私は愛すべき日常に戻る。 


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